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番外編
番外編最終話 運命はただそこに①
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「スウード、聞いているのか?」
執務室で書面に目を通していた陛下が怪訝な顔で、僕の顔を見ている。
「もっ申し訳ありません! 聞き逃しておりました……!」
陛下は呆れたように溜息を吐きながら、書状を差し出す。牛の国の国王からの披露宴に関する書状だ。
「牛の国の国王も王妃も御高齢のため、何かあった時のために予定より一日早くこちらにご到着なされることになった。不自由の無いよう手配を。食事には特に気を配ってくれ」
「承知致しました」
書面を確認して、書簡入れに入れる。予定より一日早まるならば、食事の準備もそうだが、来賓用の部屋の清掃も早めて貰わなければならない。
「何か気になることでもあるのか?」
「え……」
「浮ついているというか、気が抜けているというか……お前がそのような様子でいるのは珍しいのでな」
陛下にお気遣い頂くとは、従者失格だ。
「ただの気の緩みです。陛下のお気を煩わせるような真似をしてしまい、申し訳ございません」
頭を下げると、陛下は僕を一瞥して次の書簡の封を破った。
「話したくないことなら無理は言わない。しかし、お前は時には他人に頼ることを覚えた方が良い。抱え込んでも良いことにはならぬ」
そう仰って、以降沈黙されてしまった。
長く御側に仕えてきたからだろう、陛下は僕の様子が可笑しいことをずっと分かっていて黙って見守ってくださっていた。しかし、全く改善されないのを見て、ついに言及なされたのだろう。
娼館を飛び出してからずっと、ルシュディーの別れ際に見た表情が頭を離れなかった。傷付けてしまったことの後悔の念が胸を締め付ける。
直接会って謝罪したいと思ったが、しかしルシュディーからすれば恐怖を思い起こされて苦痛でしかないだろう。何よりも、彼が僕に恐怖を抱いているという事実が辛かった。
せめて、五日後に控えた陛下とロポの披露宴が終わってから、店の誰かに謝罪の言葉と共に治療費を幾らか渡そう。その頃にはルシュディーも少し落ち着いているだろうから。
――そう自分を何度も納得させて、日々を過ごしていた。時折途方もない虚しさが、心を占めても。
「スウード!」
垂れた黒い耳の、上背があり筋肉質な身体をしているのに、人懐っこそうな黒い瞳の男が、嬉しそうに僕の方に真っ直ぐに駆けてくる。ムルシドだ。
「今日は王妃に同行して街に出るんじゃなかったか?」
「うん、そうなんだけどさ。今三人でサーラさんの親戚の宝石店に行ってて、多分大丈夫だから抜けてきた。スウードに渡すもんあるの、ちょうど思い出したんだよ」
ムルシドは自分が何のために同行しているのか自覚があるのだろうか。恐らくサーラの伯父の店に居るのだろうから、早々問題事は起こらないとは思うが、ロポは本人に自覚が無いとはいえ王妃なのだ。ロポを守るのが仕事だというのに、持ち場を離れるとは頂けない。
「これ」
眉根を寄せて、ムルシドがポケットから出したそれを見る。銀でできたシンプルなネックレスだった。
「この間ナイルが死んだんだけど、遺品整理してたやつから、スウードのだから返しとけって言われたんだ」
「僕の……?」
受け取ったものの、見慣れないネックレスだった。が、ふと両親の話を思い出した。
「スウードが連れてこられた時に身に付けてたやつだって。でもそれをナイルが気に入ってかっぱらったらしいんだ。そのことを覚えてたやつが教えてくれてさ。多分親とかの大事なもんだろうからって」
ナイルは仲間の中で一番粗暴な男で、僕は幼い頃、酒に酔ったナイルによくぶん殴られていた。身体が大きく気性が荒いので、殴り合いで敵わないこともあり、皆奴には逆らわないようにしていた。
ボスのように幅を利かせていたあの男が死んだという事実には、今や何の感慨も湧かないが、ただ僕のために母が託してくれたのだろう大切な両親の思い出の品が、手元に戻ってきたことには驚きと喜びがあった。
執務室で書面に目を通していた陛下が怪訝な顔で、僕の顔を見ている。
「もっ申し訳ありません! 聞き逃しておりました……!」
陛下は呆れたように溜息を吐きながら、書状を差し出す。牛の国の国王からの披露宴に関する書状だ。
「牛の国の国王も王妃も御高齢のため、何かあった時のために予定より一日早くこちらにご到着なされることになった。不自由の無いよう手配を。食事には特に気を配ってくれ」
「承知致しました」
書面を確認して、書簡入れに入れる。予定より一日早まるならば、食事の準備もそうだが、来賓用の部屋の清掃も早めて貰わなければならない。
「何か気になることでもあるのか?」
「え……」
「浮ついているというか、気が抜けているというか……お前がそのような様子でいるのは珍しいのでな」
陛下にお気遣い頂くとは、従者失格だ。
「ただの気の緩みです。陛下のお気を煩わせるような真似をしてしまい、申し訳ございません」
頭を下げると、陛下は僕を一瞥して次の書簡の封を破った。
「話したくないことなら無理は言わない。しかし、お前は時には他人に頼ることを覚えた方が良い。抱え込んでも良いことにはならぬ」
そう仰って、以降沈黙されてしまった。
長く御側に仕えてきたからだろう、陛下は僕の様子が可笑しいことをずっと分かっていて黙って見守ってくださっていた。しかし、全く改善されないのを見て、ついに言及なされたのだろう。
娼館を飛び出してからずっと、ルシュディーの別れ際に見た表情が頭を離れなかった。傷付けてしまったことの後悔の念が胸を締め付ける。
直接会って謝罪したいと思ったが、しかしルシュディーからすれば恐怖を思い起こされて苦痛でしかないだろう。何よりも、彼が僕に恐怖を抱いているという事実が辛かった。
せめて、五日後に控えた陛下とロポの披露宴が終わってから、店の誰かに謝罪の言葉と共に治療費を幾らか渡そう。その頃にはルシュディーも少し落ち着いているだろうから。
――そう自分を何度も納得させて、日々を過ごしていた。時折途方もない虚しさが、心を占めても。
「スウード!」
垂れた黒い耳の、上背があり筋肉質な身体をしているのに、人懐っこそうな黒い瞳の男が、嬉しそうに僕の方に真っ直ぐに駆けてくる。ムルシドだ。
「今日は王妃に同行して街に出るんじゃなかったか?」
「うん、そうなんだけどさ。今三人でサーラさんの親戚の宝石店に行ってて、多分大丈夫だから抜けてきた。スウードに渡すもんあるの、ちょうど思い出したんだよ」
ムルシドは自分が何のために同行しているのか自覚があるのだろうか。恐らくサーラの伯父の店に居るのだろうから、早々問題事は起こらないとは思うが、ロポは本人に自覚が無いとはいえ王妃なのだ。ロポを守るのが仕事だというのに、持ち場を離れるとは頂けない。
「これ」
眉根を寄せて、ムルシドがポケットから出したそれを見る。銀でできたシンプルなネックレスだった。
「この間ナイルが死んだんだけど、遺品整理してたやつから、スウードのだから返しとけって言われたんだ」
「僕の……?」
受け取ったものの、見慣れないネックレスだった。が、ふと両親の話を思い出した。
「スウードが連れてこられた時に身に付けてたやつだって。でもそれをナイルが気に入ってかっぱらったらしいんだ。そのことを覚えてたやつが教えてくれてさ。多分親とかの大事なもんだろうからって」
ナイルは仲間の中で一番粗暴な男で、僕は幼い頃、酒に酔ったナイルによくぶん殴られていた。身体が大きく気性が荒いので、殴り合いで敵わないこともあり、皆奴には逆らわないようにしていた。
ボスのように幅を利かせていたあの男が死んだという事実には、今や何の感慨も湧かないが、ただ僕のために母が託してくれたのだろう大切な両親の思い出の品が、手元に戻ってきたことには驚きと喜びがあった。
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