48 / 58
番外編
番外編④ 血④
しおりを挟む
「ルシュディー、君は――」
「なに?」
赤銅色の瞳で見詰められ、喉から出掛かった言葉を飲み込んだ。
――君は、好きでこの仕事をしているわけじゃないんだろう?
そんなことを訊いてどうするつもりだったんだ? 同情して、それで何になる? ミーナーからこれ以上関わるなと釘を刺されたばかりだというのに。
「何か欲しい物は無いか? 全部君のおかげだから」
「えー? 欲しい物はないけど……して欲しいことならあるよ」
ルシュディーが薄く笑みを浮かべたので、思わずどきりとしてしまう。つい初めて会った日の夜のことを思い出して顔が熱くなる。
「獣化してみせてくんない?」
「……え」
「親父さん狼みたいなかっこいい感じだったんだろ? どんなか気になったんだよね!」
想像もしなかった言葉に目が点になる。と同時にいかがわしいことを考えた自分に恥ずかしくなって顔を覆った。
「え? だめ? 犬族ってあんまり獣化できる人いないらしいしさぁ」
「だ、大丈夫。だけど服を脱がないといけないから、ちょっと待ってくれないか」
ふうと息を吐き、ルシュディーに背を向けて服を脱いでいく。下着を脱いだところで、ルシュディーが煽るように口笛を吹いた。
獣化する時は、丹田に力を籠めるように意識する。そうしてそれを獣化したい場所に送り出すようなイメージでいると、今回は全身だから身体じゅうの血が滾るような感覚があって、気付くと獣の姿になっている。
「すごい! でかい! それに毛がもっふもふ!」
ルシュディーは目を輝かせて僕を見ると、飛び掛かるようにして抱き着いた。
「ちょ、ちょっと待って……!」
「やだね! もう二度と味わえねえだろ! 好きなだけ触らせろー!」
ルシュディーはそう言って胸の辺りの毛の中に顔を埋めて、僕の顔を包むように抱き締めた。その腕の力が、思いのほか力強くて驚く。
と、何かいい匂いがする、と思った瞬間だった。獣化した時と同じような全身の血が滾るような感覚が襲った。そして何かの糸が切れたような気がして、目の前が暗転する。
「……ード……!」
真っ暗だった視界が白んで見え始める。と同時に嫌な臭いと味がするのに気付いた。随分前に一度、感じたことがあるものだ。
「スウード……!」
その声に目が覚めた。ベッドに横たわるルシュディーの顔が見える。そして口の中に、何か柔らかいものの感触があって、咄嗟に口を離した。この臭いは――味は―――血だ。ルシュディーの腕から赤い血が垂れ落ちる。
「ごめん、スウード……おれが獣化してなんて無理言ったから……」
ルシュディーは気遣うように笑顔を作って、僕の顔を優しく撫でた。しかし、その指先は微かに震えている。
気付いた時には、走り出していた。後ろからルシュディーが僕の名を呼んでいたけれど、振り返らなかった。
どうして! こんなことになった!
頭の中を駆け巡るのは、自分がかつてひとを傷付けたあの日のことだった。相手が陛下の命を狙う犯罪者だったから、僕は咎められなかった。僕も傷付けたことに、罪の意識を持つことはなかった。
しかし、ルシュディーは僕にとって恩人で、そんな大切なひとを傷付けるなんて思ってもみなかった。
早く気付くべきだった。僕の血には狼の血が流れている。かつて獣人が獣だった頃、羊は狼にとって一番の御馳走だったと聞く。僕にもそんなケダモノのような感覚が残っているのだ。
ルシュディーの怯えるような眼を思い出す。
――僕はもう、彼に会うべきじゃない。いや、ルシュディーの方が、会いたくないと思うだろう。
どうやって辿り着いたか記憶にないが、僕は獣化を解いて自室のベッドに力なく横たわった。全身から力が抜けるような虚脱感だけが残る。
――ルシュディーには、もう会うことはないだろう。
閉じた瞼の裏側に、ルシュディーの歯を見せて無邪気に笑う顔が浮かんで、胸が酷く痛んだ。
「なに?」
赤銅色の瞳で見詰められ、喉から出掛かった言葉を飲み込んだ。
――君は、好きでこの仕事をしているわけじゃないんだろう?
そんなことを訊いてどうするつもりだったんだ? 同情して、それで何になる? ミーナーからこれ以上関わるなと釘を刺されたばかりだというのに。
「何か欲しい物は無いか? 全部君のおかげだから」
「えー? 欲しい物はないけど……して欲しいことならあるよ」
ルシュディーが薄く笑みを浮かべたので、思わずどきりとしてしまう。つい初めて会った日の夜のことを思い出して顔が熱くなる。
「獣化してみせてくんない?」
「……え」
「親父さん狼みたいなかっこいい感じだったんだろ? どんなか気になったんだよね!」
想像もしなかった言葉に目が点になる。と同時にいかがわしいことを考えた自分に恥ずかしくなって顔を覆った。
「え? だめ? 犬族ってあんまり獣化できる人いないらしいしさぁ」
「だ、大丈夫。だけど服を脱がないといけないから、ちょっと待ってくれないか」
ふうと息を吐き、ルシュディーに背を向けて服を脱いでいく。下着を脱いだところで、ルシュディーが煽るように口笛を吹いた。
獣化する時は、丹田に力を籠めるように意識する。そうしてそれを獣化したい場所に送り出すようなイメージでいると、今回は全身だから身体じゅうの血が滾るような感覚があって、気付くと獣の姿になっている。
「すごい! でかい! それに毛がもっふもふ!」
ルシュディーは目を輝かせて僕を見ると、飛び掛かるようにして抱き着いた。
「ちょ、ちょっと待って……!」
「やだね! もう二度と味わえねえだろ! 好きなだけ触らせろー!」
ルシュディーはそう言って胸の辺りの毛の中に顔を埋めて、僕の顔を包むように抱き締めた。その腕の力が、思いのほか力強くて驚く。
と、何かいい匂いがする、と思った瞬間だった。獣化した時と同じような全身の血が滾るような感覚が襲った。そして何かの糸が切れたような気がして、目の前が暗転する。
「……ード……!」
真っ暗だった視界が白んで見え始める。と同時に嫌な臭いと味がするのに気付いた。随分前に一度、感じたことがあるものだ。
「スウード……!」
その声に目が覚めた。ベッドに横たわるルシュディーの顔が見える。そして口の中に、何か柔らかいものの感触があって、咄嗟に口を離した。この臭いは――味は―――血だ。ルシュディーの腕から赤い血が垂れ落ちる。
「ごめん、スウード……おれが獣化してなんて無理言ったから……」
ルシュディーは気遣うように笑顔を作って、僕の顔を優しく撫でた。しかし、その指先は微かに震えている。
気付いた時には、走り出していた。後ろからルシュディーが僕の名を呼んでいたけれど、振り返らなかった。
どうして! こんなことになった!
頭の中を駆け巡るのは、自分がかつてひとを傷付けたあの日のことだった。相手が陛下の命を狙う犯罪者だったから、僕は咎められなかった。僕も傷付けたことに、罪の意識を持つことはなかった。
しかし、ルシュディーは僕にとって恩人で、そんな大切なひとを傷付けるなんて思ってもみなかった。
早く気付くべきだった。僕の血には狼の血が流れている。かつて獣人が獣だった頃、羊は狼にとって一番の御馳走だったと聞く。僕にもそんなケダモノのような感覚が残っているのだ。
ルシュディーの怯えるような眼を思い出す。
――僕はもう、彼に会うべきじゃない。いや、ルシュディーの方が、会いたくないと思うだろう。
どうやって辿り着いたか記憶にないが、僕は獣化を解いて自室のベッドに力なく横たわった。全身から力が抜けるような虚脱感だけが残る。
――ルシュディーには、もう会うことはないだろう。
閉じた瞼の裏側に、ルシュディーの歯を見せて無邪気に笑う顔が浮かんで、胸が酷く痛んだ。
0
お気に入りに追加
224
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
元ベータ後天性オメガ
桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。
ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。
主人公(受)
17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。
ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。
藤宮春樹(ふじみやはるき)
友人兼ライバル(攻)
金髪イケメン身長182cm
ベータを偽っているアルファ
名前決まりました(1月26日)
決まるまではナナシくん‥。
大上礼央(おおかみれお)
名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥
⭐︎コメント受付中
前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。
宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。
雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される
Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木)
読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!!
黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。
死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。
闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。
そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。
BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)…
連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。
拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。
Noah
その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました
海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。
しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。
偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。
御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。
これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。
【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】
【続編も8/17完結しました。】
「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785
↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
【完結】人形と皇子
かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。
戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。
性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。
第11回BL小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる