4 / 58
第一話 孤高の王④
しおりを挟む
「……ん? いや、ちょっと待って……?」
難しい話にはとうについていけていないのだが、さっきから番と同時に聞き逃せない話が混ざっていることに気づいた。
「子を生むとか残すとか言ってるけど、番ってそもそも何……?」
スウードは俺が本当に何も理解していないことに、呆れたのか哀れに思ったのか、溜息を吐き、
「君は王の妻になり、子を生むんだ」
と静かに呟くように言った。耳が後ろに倒れている。俺の境遇を気遣ってくれているのだろう。
「……気に入られなかったら、スウードの部下にしてよ」
そうなればいいと願いを込めて言ったのが分かったのだろう。スウードは「分かった」とただ一言そう言って、真っ直ぐに塔に向かって進んだ。
「スウード……! やっと帰って来た!」
塔の下に辿り着くと、灯りを持った犬族の男が慌てた様子で一匹駆け寄ってきた。
「どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも、お前がいない間の陛下のお相手をしていたんだぞッ! お食事はほとんどお召し上がりにならないし、今朝なんてテーブルの上の皿を床に全部ひっくり返されて……! この数日生きた心地がしなかったんだッ!」
男は急くように荷車の錠を開けると、「早く来い!」と俺の腕を掴んで、引き摺り下ろした。腕を捻り上げられて、痛くてその場に膝をつく。
「乱暴な真似をするな! 僕が連れて行く!」
男の手を払い除け、「大丈夫か」と俺の肩を抱えて立ち上がらせた。
「あとは頼んだぞ! 俺はもう行くからなっ!」
逃げるように灯りを渡して去って行く男にスウードは苦々しげに舌打ちして、塔の扉を開いた。そして俺を掴んで引き入れたりはせず、「ついてきてくれ」と先に中に入る。
これが逃げられる最後のタイミングだと思った。スウードもその選択肢を残してくれたのかもしれない。
しかし、ここまできて逃げることができるとは思わなかった。例え逃げても、俺は故郷の森に戻ることはできないのだ。俺はスウードの後ろから、塔に足を踏み入れた。
そこには広い空間が広がっていた。天井を見上げると、随分遠くに見えた。階段がぐるぐると円を描きながら、上へ上へ続いている。
「……もしかしなくても、この上まで行くのか?」
「ああ、背負って連れて行っても構わないが」
流石にそんなみっともないのは御免だ。「大丈夫」とスウードに先を行くように促し、長い長い階段を上った。
息を切らしながら、どれくらい上ったのだろう。下から見えていた天井だと思っていた場所まで辿り着いた。それは天井ではなく、床だったのだと、階段を上り切って気付く。
真っ暗な空間に、灯りが一つ点っていて、そこに目を遣ると、窓際にぼんやりと月の光に照らされて真っ白な誰かの姿が浮かび上がっていた。
「陛下、申し訳ありません……! すぐに灯りをお点け致します」
スウードが慌てて手に持つ灯りから火を取り、部屋の灯りに点していく。
「わぁ……」
暗闇から段々と部屋の様子が見えてくると、白を基調として金の装飾や鮮やかな青を散りばめた美しい部屋で、思わず感嘆の声が漏れた。
「陛下、番の候補としてお連れ致しました。ええと……」
スウードはしまったという顔をする。そういえば聞かれなかったから名前を名乗っていなかった。
「俺はロポ。犬族の森に住むヤブイヌだ」
窓辺に腰を下ろしていたその白い男の背後に立つと、男は立ち上がり俺を真っ直ぐに見下ろした。
瞬間、ビリビリと全身に電気が走った。金色の瞳、真っ白の髪、真っ白の肌──そして、頭の頂点から左右に二重の弧を描くように巨大な角が生えていた。
その荘厳で、余りに美しく神々しい姿に、全身が凍り付いたように動かない。
「お前が……私の番となると?」
目を細め俺を見据えると、白い羽織りを翻し無表情のまま奥にある更に上に続く階段を上り始める。
「私はもう寝る。あとはスウード、お前に任せる」
「はっ、陛下」
そう言うと、羊族の王は居なくなってしまった。しかし良かったかもしれない。俺は息をするのを忘れていて、気付いた瞬間息苦しくなって、咳き込んでいたからだ。
「ロポ様、この奥の部屋が寝所です。お休みになられますか」
「様だなんて、ロポでいいよ。さっきまでただの犬コロだったんだから」
さっき王様が見ていた窓に近づく。そこからは壁の中の様子がよく見えた。点にしか見えないが、街のあちこちに灯りを点し、ひとびとの楽しげな声が聞こえる。
「ねえ、スウード」
「なんだ?」
世界が遠く見える。どんなに煌びやかな部屋でも、ここはまるで、天空の牢獄のように思えた。
「俺はあの王様の番になれるとは思えないな」
ふと溢れた言葉は、自分とあの男の冷たい眼差しを思い出させた。窓から吹き込む風に、身体を震わせながら、遠くなった世界に想いを馳せた。
難しい話にはとうについていけていないのだが、さっきから番と同時に聞き逃せない話が混ざっていることに気づいた。
「子を生むとか残すとか言ってるけど、番ってそもそも何……?」
スウードは俺が本当に何も理解していないことに、呆れたのか哀れに思ったのか、溜息を吐き、
「君は王の妻になり、子を生むんだ」
と静かに呟くように言った。耳が後ろに倒れている。俺の境遇を気遣ってくれているのだろう。
「……気に入られなかったら、スウードの部下にしてよ」
そうなればいいと願いを込めて言ったのが分かったのだろう。スウードは「分かった」とただ一言そう言って、真っ直ぐに塔に向かって進んだ。
「スウード……! やっと帰って来た!」
塔の下に辿り着くと、灯りを持った犬族の男が慌てた様子で一匹駆け寄ってきた。
「どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも、お前がいない間の陛下のお相手をしていたんだぞッ! お食事はほとんどお召し上がりにならないし、今朝なんてテーブルの上の皿を床に全部ひっくり返されて……! この数日生きた心地がしなかったんだッ!」
男は急くように荷車の錠を開けると、「早く来い!」と俺の腕を掴んで、引き摺り下ろした。腕を捻り上げられて、痛くてその場に膝をつく。
「乱暴な真似をするな! 僕が連れて行く!」
男の手を払い除け、「大丈夫か」と俺の肩を抱えて立ち上がらせた。
「あとは頼んだぞ! 俺はもう行くからなっ!」
逃げるように灯りを渡して去って行く男にスウードは苦々しげに舌打ちして、塔の扉を開いた。そして俺を掴んで引き入れたりはせず、「ついてきてくれ」と先に中に入る。
これが逃げられる最後のタイミングだと思った。スウードもその選択肢を残してくれたのかもしれない。
しかし、ここまできて逃げることができるとは思わなかった。例え逃げても、俺は故郷の森に戻ることはできないのだ。俺はスウードの後ろから、塔に足を踏み入れた。
そこには広い空間が広がっていた。天井を見上げると、随分遠くに見えた。階段がぐるぐると円を描きながら、上へ上へ続いている。
「……もしかしなくても、この上まで行くのか?」
「ああ、背負って連れて行っても構わないが」
流石にそんなみっともないのは御免だ。「大丈夫」とスウードに先を行くように促し、長い長い階段を上った。
息を切らしながら、どれくらい上ったのだろう。下から見えていた天井だと思っていた場所まで辿り着いた。それは天井ではなく、床だったのだと、階段を上り切って気付く。
真っ暗な空間に、灯りが一つ点っていて、そこに目を遣ると、窓際にぼんやりと月の光に照らされて真っ白な誰かの姿が浮かび上がっていた。
「陛下、申し訳ありません……! すぐに灯りをお点け致します」
スウードが慌てて手に持つ灯りから火を取り、部屋の灯りに点していく。
「わぁ……」
暗闇から段々と部屋の様子が見えてくると、白を基調として金の装飾や鮮やかな青を散りばめた美しい部屋で、思わず感嘆の声が漏れた。
「陛下、番の候補としてお連れ致しました。ええと……」
スウードはしまったという顔をする。そういえば聞かれなかったから名前を名乗っていなかった。
「俺はロポ。犬族の森に住むヤブイヌだ」
窓辺に腰を下ろしていたその白い男の背後に立つと、男は立ち上がり俺を真っ直ぐに見下ろした。
瞬間、ビリビリと全身に電気が走った。金色の瞳、真っ白の髪、真っ白の肌──そして、頭の頂点から左右に二重の弧を描くように巨大な角が生えていた。
その荘厳で、余りに美しく神々しい姿に、全身が凍り付いたように動かない。
「お前が……私の番となると?」
目を細め俺を見据えると、白い羽織りを翻し無表情のまま奥にある更に上に続く階段を上り始める。
「私はもう寝る。あとはスウード、お前に任せる」
「はっ、陛下」
そう言うと、羊族の王は居なくなってしまった。しかし良かったかもしれない。俺は息をするのを忘れていて、気付いた瞬間息苦しくなって、咳き込んでいたからだ。
「ロポ様、この奥の部屋が寝所です。お休みになられますか」
「様だなんて、ロポでいいよ。さっきまでただの犬コロだったんだから」
さっき王様が見ていた窓に近づく。そこからは壁の中の様子がよく見えた。点にしか見えないが、街のあちこちに灯りを点し、ひとびとの楽しげな声が聞こえる。
「ねえ、スウード」
「なんだ?」
世界が遠く見える。どんなに煌びやかな部屋でも、ここはまるで、天空の牢獄のように思えた。
「俺はあの王様の番になれるとは思えないな」
ふと溢れた言葉は、自分とあの男の冷たい眼差しを思い出させた。窓から吹き込む風に、身体を震わせながら、遠くなった世界に想いを馳せた。
0
お気に入りに追加
227
あなたにおすすめの小説
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
完結・虐げられオメガ妃なので敵国に売られたら、激甘ボイスのイケメン王に溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
獣人王と番の寵妃
沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる