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風岡一温編
第一話 放課後の秘め事
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薬品の匂いが仄かに香る室内。夕陽が差し込み、白衣が、肌が赤く染まっている。
「……ふぁ……」
僕は机の下に潜り込んで、椅子に座っている彼の脚の間から頭を出すような格好で、彼の腿の付け根に顔を埋め、屹立するそれを口に含んでいた。
顔を上げるとチェーンを付けた眼鏡を首から下げている彼が、笑みを浮かべて僕を見下ろしていた。色素の薄い瞳とほんのり波打つ髪が橙色に染まっている。その姿が、とても綺麗だった。
彼の手が、僕の頭を優しく撫でる。彼が僕を撫でてくれるのは、フェラチオをしている時だけだ。だから、僕は愛されていると錯覚できるこの行為が好きだった。
「先生、居ますか」
ノックも無しに引き戸が音を立てて開けられる。と、同時に彼の手に力が篭り、頭を押さえつけられた。喉の奥深くまで茎を咥え込んでしまい、胃液が上ってきて吐きそうになるのを必死に耐える。
金属音がする。彼が首から下げていた眼鏡を掛けたのだと分かった。
「加藤さん、どうしました?」
優しい柔らかな、穏やかな声。机の下で生徒に陰茎を咥えさせている状態だとは誰も思わない。
「今日締め切りの課題、出してもいいですか?」
「一応昼休みまでなんですけどね。まあ今回は見逃してあげますよ」
「やったー! ありがとうございます!」
女子生徒の声が聞こえ、部屋に入ってくる気配がして心臓が高鳴る。
「そこの束の上に置いておいてください」
そう言うと彼女の足音は机の手前で止まって、そして出入口に引き返していく。
「今週末の吹奏楽部の大会、絶対来て下さいね!」
「ええ、永田先生と行きますよ。一応副顧問ですから」
「楽しみにしてます」と女子生徒の嬉しそうな声が響いた後、引き戸ががらがらと音を立てて閉まった。
室内が静かになったのを確認し、僕は苦しくて顔を上げようとした。が、彼は手に込めた力を弱めてはくれなかった。
小さな金属音。チェーンが擦れて鳴る音だ。
「こっちも我慢してたんだ。そのままにしてろ」
さっきまでとはワントーン低い、冷たい声が降ってくる。この部屋――化学準備室には先生が二人居て、さっきまで女子生徒と話していたのは目の前に居る人とは別人だったと言われたら信じてしまうほどの変貌ぶりだった。
「くッ……」
くぐもった短い声の後、喉の奥に飛沫が放たれる。僕は息が出来ない苦しさで半分溺れているような状態になり慌てて顔を離した。
「はは、全部飲み込んだな」
口の中に胃液と精液の混ざった苦い味が広がる。見上げた彼の笑顔が歪んで見えたのは、きっと生理的に溢れ目尻に溜まった涙のせいだ。
「……先生」
強請るように彼――観月先生を見詰める。頬を夕陽色に染めた先生は呆れたように溜息を吐いてチャックを上げて席を立った。
「お前な、ここどこだと思ってんだよ」
「学校の、化学準備室です」
床に座り込んでいた僕は、口を手の甲で拭いながらゆっくりと立ち上がる。女子生徒が置いていったのだろう課題を含めた紙束を先生は紙袋に詰めた。
「馬鹿か。流石に本番は無理だって。さっきのだって危なかったじゃねえか」
呆れ顔で俺を見上げる先生の顔をじっと見詰める。日が傾き暗くなっても、先生の瞳と髪の色は金色に近い薄茶で、綺麗だった。
「……好きです、先生」
僕の台詞に、先生の瞳が微かに揺らぐ。しかしそれは一瞬で、眉間に皺を寄せて不機嫌そうに「あっそ」と呟いた。
「そんなに欲求不満なら塾の後にいつものバーに来いよ。相手してやるから」
面倒くさそうに紙袋に入れた課題の用紙を取り出すと、机の上に投げ出して再び椅子に重い腰を下ろす。
「家でテレビ見ながらダラダラやろうと思ってたのに、お前のせいで帰れねえじゃねえか」
「ごめんなさい……でも、嬉しいです」
自然と笑みが零れる。先生と、今日はまだ一緒に居られる時間がある、そう思うと。先生は俺を見上げ、舌打ちして課題に視線を落とした。
「お前そんな顔してもでかいから可愛くねえぞ」
どういう顔をしたのか分からないが、僕の気持ち悪い感情が表に出ていたのだろう。
「……背高くて、すみません」
「はいはい、嫌味」
先生が首から下げていた眼鏡を掛ける。レンズに茶の色が付いているので、目元が暗くなり表情が分かりづらくなる。
「風岡くん、私服に着替えるの、忘れずにね」
引き戸を開けて外に出ると、先生はそう僕に声を掛けた。柔らかな声色。だがそこに感情がないことを僕は知っている。「はい」と答えて、化学準備室を出た。彼が眼鏡を掛けている時のやり取りは、ただの先生と生徒のものになる。
学校を出て、僕は電車で三駅先にある自宅に帰った。高級住宅街の真ん中にある、誰も居ない家。玄関の鍵を開けて、ローファーを脱いでフローリングの床を踏みしめる。冷蔵庫の音が聞こえてきそうなくらい、しんと静まり返っている。
二階に上がって角にある自分の部屋に入ると、クローゼットから適当にシャツとスキニーパンツを取って、ボストンバッグに詰めた。そしてそのまま玄関に戻り、靴箱から取り出したスニーカーに履き替え、鍵を掛けて家を出る。
また電車に乗って学校の最寄り駅前にある塾に着いたのは、授業が始まる数分前だった。
塾が終わったのは、いつもと同じ九時。僕は塾の近くにあるインターネットカフェに入り、シャワー室を借りて身体を洗う。特に下半身を丁寧に。
私服に着替え、制服を皺にならないように畳んでバッグに入れる。そして最寄り駅のロッカーに荷物を預けて、電車に乗り、繁華街のある駅に向かった。
電車に揺られて、線路沿いに等間隔に並んでいる電灯をぼんやりと眺める。窓の外に広がる景色は、もう何度も見たはずだけれど、少しも馴染めなかった。
今まで先生に「愛されている」なんて思ったことは無かった。彼は初めから僕の我儘に付き合ってくれているだけなのだから。
遠く流れていく景色に、先生と僕の関係が始まった頃のことに思いを馳せた。
「……ふぁ……」
僕は机の下に潜り込んで、椅子に座っている彼の脚の間から頭を出すような格好で、彼の腿の付け根に顔を埋め、屹立するそれを口に含んでいた。
顔を上げるとチェーンを付けた眼鏡を首から下げている彼が、笑みを浮かべて僕を見下ろしていた。色素の薄い瞳とほんのり波打つ髪が橙色に染まっている。その姿が、とても綺麗だった。
彼の手が、僕の頭を優しく撫でる。彼が僕を撫でてくれるのは、フェラチオをしている時だけだ。だから、僕は愛されていると錯覚できるこの行為が好きだった。
「先生、居ますか」
ノックも無しに引き戸が音を立てて開けられる。と、同時に彼の手に力が篭り、頭を押さえつけられた。喉の奥深くまで茎を咥え込んでしまい、胃液が上ってきて吐きそうになるのを必死に耐える。
金属音がする。彼が首から下げていた眼鏡を掛けたのだと分かった。
「加藤さん、どうしました?」
優しい柔らかな、穏やかな声。机の下で生徒に陰茎を咥えさせている状態だとは誰も思わない。
「今日締め切りの課題、出してもいいですか?」
「一応昼休みまでなんですけどね。まあ今回は見逃してあげますよ」
「やったー! ありがとうございます!」
女子生徒の声が聞こえ、部屋に入ってくる気配がして心臓が高鳴る。
「そこの束の上に置いておいてください」
そう言うと彼女の足音は机の手前で止まって、そして出入口に引き返していく。
「今週末の吹奏楽部の大会、絶対来て下さいね!」
「ええ、永田先生と行きますよ。一応副顧問ですから」
「楽しみにしてます」と女子生徒の嬉しそうな声が響いた後、引き戸ががらがらと音を立てて閉まった。
室内が静かになったのを確認し、僕は苦しくて顔を上げようとした。が、彼は手に込めた力を弱めてはくれなかった。
小さな金属音。チェーンが擦れて鳴る音だ。
「こっちも我慢してたんだ。そのままにしてろ」
さっきまでとはワントーン低い、冷たい声が降ってくる。この部屋――化学準備室には先生が二人居て、さっきまで女子生徒と話していたのは目の前に居る人とは別人だったと言われたら信じてしまうほどの変貌ぶりだった。
「くッ……」
くぐもった短い声の後、喉の奥に飛沫が放たれる。僕は息が出来ない苦しさで半分溺れているような状態になり慌てて顔を離した。
「はは、全部飲み込んだな」
口の中に胃液と精液の混ざった苦い味が広がる。見上げた彼の笑顔が歪んで見えたのは、きっと生理的に溢れ目尻に溜まった涙のせいだ。
「……先生」
強請るように彼――観月先生を見詰める。頬を夕陽色に染めた先生は呆れたように溜息を吐いてチャックを上げて席を立った。
「お前な、ここどこだと思ってんだよ」
「学校の、化学準備室です」
床に座り込んでいた僕は、口を手の甲で拭いながらゆっくりと立ち上がる。女子生徒が置いていったのだろう課題を含めた紙束を先生は紙袋に詰めた。
「馬鹿か。流石に本番は無理だって。さっきのだって危なかったじゃねえか」
呆れ顔で俺を見上げる先生の顔をじっと見詰める。日が傾き暗くなっても、先生の瞳と髪の色は金色に近い薄茶で、綺麗だった。
「……好きです、先生」
僕の台詞に、先生の瞳が微かに揺らぐ。しかしそれは一瞬で、眉間に皺を寄せて不機嫌そうに「あっそ」と呟いた。
「そんなに欲求不満なら塾の後にいつものバーに来いよ。相手してやるから」
面倒くさそうに紙袋に入れた課題の用紙を取り出すと、机の上に投げ出して再び椅子に重い腰を下ろす。
「家でテレビ見ながらダラダラやろうと思ってたのに、お前のせいで帰れねえじゃねえか」
「ごめんなさい……でも、嬉しいです」
自然と笑みが零れる。先生と、今日はまだ一緒に居られる時間がある、そう思うと。先生は俺を見上げ、舌打ちして課題に視線を落とした。
「お前そんな顔してもでかいから可愛くねえぞ」
どういう顔をしたのか分からないが、僕の気持ち悪い感情が表に出ていたのだろう。
「……背高くて、すみません」
「はいはい、嫌味」
先生が首から下げていた眼鏡を掛ける。レンズに茶の色が付いているので、目元が暗くなり表情が分かりづらくなる。
「風岡くん、私服に着替えるの、忘れずにね」
引き戸を開けて外に出ると、先生はそう僕に声を掛けた。柔らかな声色。だがそこに感情がないことを僕は知っている。「はい」と答えて、化学準備室を出た。彼が眼鏡を掛けている時のやり取りは、ただの先生と生徒のものになる。
学校を出て、僕は電車で三駅先にある自宅に帰った。高級住宅街の真ん中にある、誰も居ない家。玄関の鍵を開けて、ローファーを脱いでフローリングの床を踏みしめる。冷蔵庫の音が聞こえてきそうなくらい、しんと静まり返っている。
二階に上がって角にある自分の部屋に入ると、クローゼットから適当にシャツとスキニーパンツを取って、ボストンバッグに詰めた。そしてそのまま玄関に戻り、靴箱から取り出したスニーカーに履き替え、鍵を掛けて家を出る。
また電車に乗って学校の最寄り駅前にある塾に着いたのは、授業が始まる数分前だった。
塾が終わったのは、いつもと同じ九時。僕は塾の近くにあるインターネットカフェに入り、シャワー室を借りて身体を洗う。特に下半身を丁寧に。
私服に着替え、制服を皺にならないように畳んでバッグに入れる。そして最寄り駅のロッカーに荷物を預けて、電車に乗り、繁華街のある駅に向かった。
電車に揺られて、線路沿いに等間隔に並んでいる電灯をぼんやりと眺める。窓の外に広がる景色は、もう何度も見たはずだけれど、少しも馴染めなかった。
今まで先生に「愛されている」なんて思ったことは無かった。彼は初めから僕の我儘に付き合ってくれているだけなのだから。
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