美しい怪物

藤間留彦

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第4話 愛を知らぬ男⑤

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 生まれた赤子は雇われた二人の乳母の手によって育てられた。彼女達は熱心に僕の世話をしたが、それは無論愛からではなく責務からである。そして乳母の立場を利用して、あわよくば大人になった僕に優遇してもらえるかもしれないと期待してのことだった。そんな彼女達は僕が五歳になる時に父によって解雇されて、以後城下町の市場で働いている。

 本来無償の愛をくれる両親からも、周囲の大人からも愛されずに、僕は育っていった。同年代の子供と遊ぶ機会も無かったので、城の中庭で土いじりをすることくらいが唯一の楽しみだった。それ以外は将来侯爵になるための教養を身に付けることだけに時間を割かれていた。

 物心がつく頃には両親の不貞を知っていたし――使用人達は噂好きなので、僕が居ることに気付かずにそこここで話をしていた――、僕が両親に愛されていないことも、これからも愛されることがないことが解っていた。だから、初めから諦めがついていたので、ただ血の繋がっている他人として生きていくことにした。

 気付くと自分の望みや感情を押し殺して、周囲の大人が期待する言動をするのが癖になっていた。そして次第に、自分の望みも感情も、何なのかよく分からなくなっていった。

 僕が十歳になった年の、あの運命の日。珍しく両親が一緒に出掛けることになった。ヴェールマン伯爵の息子の結婚祝いで、晩餐会に夫婦で呼ばれていた。流石に父だけ行くのは体裁が悪かったため、母も同行することになった。

 晩餐会で何があったのか分からないが、帰りの馬車の中で両親は口論になったそうだ。その後馬車は暴走し道を外れて、我が国の険しい崖から落ちてしまった。

 その事故は僕に配慮して直接知らされなかったが、人の口には戸が立てられない。僕の耳にもその日のうちに入ってきた。が、両親が死んだかもしれないと分かっても、僕の心は凪いだままだった。ずっと他人だと思っていた人間に対して心が動く方が不思議な話だ。

 崖下に行く手だてがなく、捜索は難航し、ようやく半年かけて道を切り開いて、両親と御者の死体が発見された。

 僕は止められたけど、棺を開けて中を見た。御者は枯葉の上に転がっていたので殆ど白骨化していたそうだが、馬車の中に入ったままだった両親は割れた窓から野犬が侵入して食い荒らされてはいたが、骨になっていなかった。そのせいで棺を開けた瞬間想像を絶するほどの腐乱臭が鼻腔に広がった。そして、両親かどうかさえ分からないほど崩れた肉の塊が横たわっていた。

 その瞬間、僕の心臓が今まで感じたことのないほど高鳴ったのを覚えている。それが何という感情だったのか分からない。喜びか悲しみか、そのいずれでもない感情なのか。しかしその情動は、僕の中に深く根差し、ただ日々を消費するように生きていた僕の、重要な要素になっていた。

 僕はその事実を、独りの『怪物』と呼ばれる美しい生き物から再び思い出させられることになる。
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