美しい怪物

藤間留彦

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第4話 愛を知らぬ男①

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「よく……食べ物が喉を通るな」

 マティアスは掃除婦が作ったという焼菓子を口に運び、口をナプキンで拭った。

「そういうシェーンは焼菓子五個と紅茶三杯ですね。私より召し上がっているようですが」

 俺の場合は、口の中に広がる罪過の味をどうにかしたいと思っているからだ。ついさっきまで、女の肉を食らっていたのだから。

「ルイーゼ、ありがとうございます。今日もとても美味しいです」

 と、自分の作った物が食べて貰えているか不安そうに談話室に居る俺達をドアの隙間からそっと覗いていた掃除婦のルイーゼにマティアスは優しく声を掛ける。

「お口に合ってよかったです。それに、旦那様だけでなくシェーン様にも召し上がって頂けるなんて」

 ドアを開けて顔を覗かせると、頬を赤らめてはにかむ。彼女はマティアスに恋心を抱いているようだった。敬語で話す時の、表の顔のマティアスに対して、だけど。

「またぜひ作ってください。とても心が休まります」
「は、はい! 喜んで!」

 ルイーゼはお辞儀をして部屋を出て行った。ドアが閉まって誰の気配も周囲にしなくなると、マティアスは紅茶に口を付けた。

「主人と友人の交流を覗き見するなんて、良い趣味してるよ」

 大仰に肩を竦め溜息を吐く。マティアスは俺と二人きりの時だけ本性を現した。余りに雰囲気も物言いも違い過ぎて別人のようだ。俺が「少年」の皮を被っているように、マティアスも「好青年」の皮を被っているようだった。

「……あの女の人は、どこの誰なんだ」
「あれ、掃除婦のルイーゼって、君も知っているだろう?」
「はぐらかすな。さっき……君が殺した女性のことだ」

 カップと皿をテーブルに置くと、マティアスは頬杖をついて俺を真っ直ぐに見詰めた。

「彼女はカミラ。城下の街の外れにある、あまり豊かでない人達が住んでいるところの出身でね。十五になる一人娘と暮らしている。娘の名前はアンナ。今は無職でアンナの稼ぎで生活している」

 殺した人間のことを淡々と語る男には、罪悪感など皆無のようだった。

「彼女なら、殺してもバレないと思ったのか?」
「まあ、最終的にはそうなるけど、僕は君のために最適な人間を選んだつもりだよ」

 前にマティアスは城下町の人間のことは全員知っていると言っていた。会ったことがある人も、全員の顔を覚えていると。それで俺がヴェールマン伯爵の城下町から居なくなったことに気付いたのだというから、恐ろしい記憶力だ。今回のあの女性も、例外ではない。

「彼女は元々売春婦だった。けれど、子供を授かって変わったんだ。どう変わったか? いい意味じゃない。腹を痛めて産んだ子を人買いに売って、その金で生活するようになったんだよ」

 眉を顰める俺を見て、マティアスは愉快そうに口の端を歪ませた。

「カミラは酒浸りの快楽主義者だ。色んな男との間に子供を作っては売った。けれどアンナは生まれつき目が不自由でね。売れ残ったから仕方なく育てていた。けれど、カミラの娘は彼女には全く似ず気立てのいい娘に育った。目が不自由な自分を育ててくれている母親に感謝をするようなね」
「……それで母親は娘を働かせて自分は無職か」
「そう。娘の稼ぎが存外良いから、子供を作って売る必要もなくなったんだ」
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