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第2話 運命の出逢い18
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シェーンはお湯で浸した布でメイド達に身体を拭かれた後、僕が指定した父のものだった部屋に運ばれベッドに寝かせられた。これだけ色々な人の手を渡っているのに、余程心身共に限界だったのか昏倒したように一度も目を覚まさなかった。
「旦那様もお疲れでしょう。おやすみになられては?」
全てが落ち着いた頃には日が暮れて、窓の外には少し欠けた月と満天の星空が広がっていた。シェーンの眠るベッドの傍らに置いた椅子に座り、じっと彼の顔を見詰める。
「心配を掛けてすみません。しかし、彼が目を覚ました時、見知った顔が傍に居なければ心細く思うでしょうから」
クラウスは気遣うようにそっとティーセットとひざ掛けを置いていって、部屋を出て行った。僕がこのように言うことを聞かなかったのは初めてだっただろうな、と苦笑する。
紅茶を口に運ぶ。温かな水分が喉を通り、少し冷えた身体を暖めてくれた。と、シェーンの瞼が震え、ゆっくりと開く。
「目が覚めたかい」
顔を覗き込むと光の無い瞳が僕を真っ直ぐに見詰める。
「……天使?」
「えっ?」
予想もしていなかった反応に思わず間の抜けた声が出てしまったが、シェーンの方も寝ぼけていたのだろう。毛布を頭まで被って顔を隠してしまった。
「よかった。元気は戻ったみたいだね」
毛布から少し顔を覗かせて、僕を見詰めた。
「ここは……どこだ?」
「僕の家だよ。正しくはオストゼンケ領ファルケンハイン家の居城、かな」
彼が身体を起こそうとするので、慌てて寝かせようとした。が、途中で止める。
いつからだろう。彼の顔の腫れはほとんど引いていて、身体中にあった打撲痕も薄くなっている。驚異の回復力だ。
――人を食べたことで身体の修復が出来る状態にある、ということだろうか。限界を超えると今度は腐敗が始まるのだろう。
「……あんたの、名前……知らない」
「ああ、言ってなかったね。僕はマティアス。よろしくね」
手を差し出したが、シェーンは握らなかった。眠っている時は手を握り締めて離さなかったのに。
「信用できない? ファルケンハイン家当主で、今は侯爵代理という肩書きで政務を執っている。次の誕生日には侯爵になる予定さ。ちなみに君の餌になった男の五倍の領地を治めている。王国内では一番広いそうだよ」
言い方が悪かったのだろうか。シェーンは俯いて毛布を握り締めた。
「……マティアスは、なんで……俺を助けた?」
「勿論君を愛しているからさ。それ以上に理由が必要?」
愛に理由など必要ない。愛しているから助ける、傍に居て欲しい、幸せになって欲しい。そう思うのは当然のことだ。――本には、そう書いてあった。
「あんたのそれは……愛じゃない」
シェーンのことを想うと胸が高鳴る。愛おしいと思う。あの「怪物」の姿の君は、何者にも及ばない。特に人間の骨を砕き肉を食む姿は、胸が張り裂けそうなほど苦しくなり、総毛立ち、全身の血が滾るほど堪らない情動があった。あれを愛でないというなら、何だというのだろう?
「……どういう意味?」
低い声が出る。シェーンがびくりと身体を震わせ視線を彷徨わせる。
拒絶された、と思った。息が詰まり、顔が引き攣る。腹の底に蠢く黒い塊が喉から這い出てくるようだった。
「じゃあ君は愛が何たるものか、知っているのか? 愛されたことがあるって?」
声が上ずる。愛されたことがないと言って欲しかったのだろう。愛を知らない、と。――僕が、終ぞ得ることのなかったもの。
「愛されたことは、ある。けど……愛のことは、よく……分からない」
勝手に期待して失望した。今まで独りきりで、「怪物」と罵られて生きてきたと、そう思っていたから。
しかし、多くの者がそうであるように、彼もまた誰かに祝福され、愛されて生まれてきたのだ。皆が羨望の眼差しを向ける「僕」という人間には、祝福も愛も与えられなかったというのに。
「……俺は、罰を受けたんだ」
「えっと……それは、君のあの姿のこと?」
シェーンはこくんと小さく首を縦に振った。
「愛を裏切った、から……神様が罰を与えたんだ」
彼が今に至るまでの話を聞かせてくれるのだと思った。僕を信用していなければ、そんなことはしないだろう。僕は椅子に深く腰を下ろし、彼が口を開くのを待った。
「旦那様もお疲れでしょう。おやすみになられては?」
全てが落ち着いた頃には日が暮れて、窓の外には少し欠けた月と満天の星空が広がっていた。シェーンの眠るベッドの傍らに置いた椅子に座り、じっと彼の顔を見詰める。
「心配を掛けてすみません。しかし、彼が目を覚ました時、見知った顔が傍に居なければ心細く思うでしょうから」
クラウスは気遣うようにそっとティーセットとひざ掛けを置いていって、部屋を出て行った。僕がこのように言うことを聞かなかったのは初めてだっただろうな、と苦笑する。
紅茶を口に運ぶ。温かな水分が喉を通り、少し冷えた身体を暖めてくれた。と、シェーンの瞼が震え、ゆっくりと開く。
「目が覚めたかい」
顔を覗き込むと光の無い瞳が僕を真っ直ぐに見詰める。
「……天使?」
「えっ?」
予想もしていなかった反応に思わず間の抜けた声が出てしまったが、シェーンの方も寝ぼけていたのだろう。毛布を頭まで被って顔を隠してしまった。
「よかった。元気は戻ったみたいだね」
毛布から少し顔を覗かせて、僕を見詰めた。
「ここは……どこだ?」
「僕の家だよ。正しくはオストゼンケ領ファルケンハイン家の居城、かな」
彼が身体を起こそうとするので、慌てて寝かせようとした。が、途中で止める。
いつからだろう。彼の顔の腫れはほとんど引いていて、身体中にあった打撲痕も薄くなっている。驚異の回復力だ。
――人を食べたことで身体の修復が出来る状態にある、ということだろうか。限界を超えると今度は腐敗が始まるのだろう。
「……あんたの、名前……知らない」
「ああ、言ってなかったね。僕はマティアス。よろしくね」
手を差し出したが、シェーンは握らなかった。眠っている時は手を握り締めて離さなかったのに。
「信用できない? ファルケンハイン家当主で、今は侯爵代理という肩書きで政務を執っている。次の誕生日には侯爵になる予定さ。ちなみに君の餌になった男の五倍の領地を治めている。王国内では一番広いそうだよ」
言い方が悪かったのだろうか。シェーンは俯いて毛布を握り締めた。
「……マティアスは、なんで……俺を助けた?」
「勿論君を愛しているからさ。それ以上に理由が必要?」
愛に理由など必要ない。愛しているから助ける、傍に居て欲しい、幸せになって欲しい。そう思うのは当然のことだ。――本には、そう書いてあった。
「あんたのそれは……愛じゃない」
シェーンのことを想うと胸が高鳴る。愛おしいと思う。あの「怪物」の姿の君は、何者にも及ばない。特に人間の骨を砕き肉を食む姿は、胸が張り裂けそうなほど苦しくなり、総毛立ち、全身の血が滾るほど堪らない情動があった。あれを愛でないというなら、何だというのだろう?
「……どういう意味?」
低い声が出る。シェーンがびくりと身体を震わせ視線を彷徨わせる。
拒絶された、と思った。息が詰まり、顔が引き攣る。腹の底に蠢く黒い塊が喉から這い出てくるようだった。
「じゃあ君は愛が何たるものか、知っているのか? 愛されたことがあるって?」
声が上ずる。愛されたことがないと言って欲しかったのだろう。愛を知らない、と。――僕が、終ぞ得ることのなかったもの。
「愛されたことは、ある。けど……愛のことは、よく……分からない」
勝手に期待して失望した。今まで独りきりで、「怪物」と罵られて生きてきたと、そう思っていたから。
しかし、多くの者がそうであるように、彼もまた誰かに祝福され、愛されて生まれてきたのだ。皆が羨望の眼差しを向ける「僕」という人間には、祝福も愛も与えられなかったというのに。
「……俺は、罰を受けたんだ」
「えっと……それは、君のあの姿のこと?」
シェーンはこくんと小さく首を縦に振った。
「愛を裏切った、から……神様が罰を与えたんだ」
彼が今に至るまでの話を聞かせてくれるのだと思った。僕を信用していなければ、そんなことはしないだろう。僕は椅子に深く腰を下ろし、彼が口を開くのを待った。
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