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第3章 王子
第6話
しおりを挟む「階段がありますよ。お気を付けて」
「あ、はい」
マイペースなお母さんを部屋に残して、二人きりになってしまった。秋の、よく晴れた日。階段を下りると、なだらかな散歩道がしばらくあって、いつの間にか随分と高い所まで行けるつくりになっている。紅葉には早いけど、木が多くて気持ちがいい。
まあ、嫌な人ではないし……それどころか、素敵だなって思える人だし。いいんだけど、すっきりしない。
上の方から、クスッと小さな笑いが聞こえた。王子の身長は、私より二十センチくらい高い。……ああ、先生もこのくらいだったっけ。付き合ってたの、もう二年以上前なんだな。元気かな。あの窓から夕日を見てるかな。
……って、過去に浸ってる場合じゃないって!
私の横顔に何かを読み取ったのか、黙ってくれてるところがまた、紳士で王子様で。食事の時に聞いた生年月日では私と一歳違いだけど、ずっと老成している印象。
「着きましたよ。ああ、これはいい」
「わぁ……」
海が見える。輝いている。手前の山も、空も、家の屋根も空気も、キラキラしてる。
ああ、世界って綺麗だな。
「美しい。世界は広い。時には広すぎる。……が、その中から何を掴み取るかは、僕たちに委ねられている」
「王子……」
風が金糸をわずかに揺らす。遠くを見て、世界の雄大さを愛して、畏れと勇気を同時に抱いている。地に足がついている人なんだ。
私の視線に、ちょっぴり恥ずかしそうな顔をした。春の可憐な花を思わせる。彼と一緒にいたら、新しい四季が見えてくるかもしれない。
「今日のことなんですが。あなたは本来の目的をご存じなかったようで、申し訳ない」
「あ、いえ。こちらこそ……」
彼が謝ることじゃないような気がする。
「お母上には言っていないのですが、あなたのことを僕は以前、大学でお見かけしているんです。交流会で、あなたがこちらのキャンパスにいらした時にね」
「そうだったんですね」
「僕は吹き抜けの二階からあなたに気付いて、興味を惹かれました。快い笑い声が聞こえてきたのですが、どこか憂いを秘めているようで、気になりましてね。その影を取り去るのは自分でなければならない、と……勝手に思い込んでしまったんです」
「それじゃあ……」
お母さんの知り合いから紹介されて、何となく会う気になったわけじゃないんだ。引っかかっていたものが、消えていく。
「そこへ友人がやってきましてね。あなたの名前を知っていたので、根掘り葉掘り聞いてしまった。お許しください」
「何を話してたかによりますけど」
「彼が知っていたのは、あなたのフルネームと大学、それにミステリーマニアということ、この三つでした。その後、事業の関係でお母上の力をお借りすることになりましてね。ふと漏らした笑い声が、あなたとよく似ていた。それで相談を持ちかけてみたんですよ。事業の話もできる、気の置けない女性がそばにいてくれたら、とね」
そのあとの展開は聞くまでもなかった。お母さんが「うちの娘が今、こういう勉強をしているんですけど」と言って、あれよあれよという間に話が決まって、こうなったんだろう。
「事情はよく分かりました」
私は手すりを抱きしめるようにして、彼の顔を見上げた。
「怒っていませんか」
「怒っている顔に見えます?」
「いえ。僕の見間違いでなければ……希望を持ってもよいかと」
「結婚ていうのは、まだよく分からないんですけど……あなたのこと、ちゃんと知りたいな、って。私は今、自分の意志でそう思ってます。こんなお返事でもよかったら」
彼は大きな瞳を見開いた。私は手すりから体を離し、彼に向き直った。
「お付き合いしていただけたら嬉しいです。よろしくお願いします」
「衣純さん……」
お見合いの手順は知らないけど、まずはここからかなって右手を出した。王子は握手に応えてくれて、二人とも照れて笑った。
展望台からは、手を繋いで戻った。お茶を飲みながら仕事をしていたお母さんは、泣きそうな顔で私たちを迎えた。慌てて駆け寄って「すぐ結婚するわけじゃないよ、まずお付き合いしてみましょうって」と説明したら、「うん……うん」って繰り返し頷いた。高校の時、食卓で大泣きしてびっくりさせたし、真とも別れちゃったし、心配かけてたんだろうな。あまり顔を合わせることができなくても、愛情をたくさん注いでくれてるのは知ってる。
「お母さん、いつもありがと」
そっと抱きしめて囁くのを、王子も泣きそうな顔で見守っていた。
「敬語はやめましょう」
そう提案したのは私から。お見合いの場から別々に帰って、その夜の電話で。
『しかしあなたは年上だ』
「ひとつでしょ? ほとんど同じですよ」
『そうは言っても……』
「ふふ、そんなに悩まないでください」
真剣に考え込むのがかわいい。最初は私より何歳も大人に思えたのに、そのギャップがいとおしくなる。
薔薇の花は、一輪挿しに入れて部屋に飾った。花びらに見とれていると、電話の向こうから、よしっと聞こえた。
『ではまず、衣純さんからどうぞ』
「え? 私から敬語をやめるの?」
『ハハッ、その調子です』
「あ」
王子に促されると、何で素直に聞いちゃうんだろう。
「じゃあ、王子の番ね」
『う……。うん』
コホン、と咳払いの音。
『今日は楽しかった。本当にありがとう、衣純』
「うん。私も楽しかったし、嬉しかった」
今も。敬語が取れた最初の言葉が私へのお礼って。今日会ったばかりだけど、信じたり好きになったりするのは時間じゃない。私に会いたいと思ってくれたのも、会えるように一生懸命考えてくれたのも、とても嬉しい。電話を、どっちから切るか競い合って、なかなか切れなくて、胸がくすぐったいのなんて久しぶり。
恋は、もう始まってる。
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