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第5章 家族

第8話

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 イレミオを真ん中にして、三人で手を繋いで帰った。お散歩したい!というものだから、馬車は先に帰してしまった。でも案の定、途中で「疲れたー」と座り込んでしまい、僕がおんぶすることになった。
「寝ちゃいましたね」
 重みが増したけど、それもまたいとおしい。
「力を随分と使ったからな」
 この三人で町を歩くと人々を驚かせてしまうから、森の道を行く。まだ時間は早い。木漏れ日の気持ちいい午後。
「綺麗だなあ」
 キラキラと、木々も空も輝いている。いたずら者のドラゴンは、僕がしーっと指を立てるのを見ておとなしくなった。恥ずかしがりやの妖精たちは、草の陰からこっちを見ていて、目が合うと隠れてしまう。四季も時間の流れも、元いた世界とそっくりなのに、幻想的で不思議なところ。僕が生きていく場所。
「あ……ここ」
 僕が踏み抜いて、壊れた橋。とっさに手を掴んでくれたこの人と、不可抗力でキスしちゃって……あれが始まりだった。壊れたところを避けて、そっと渡る。
「あまり人が通らないからよかったけど、いい加減直した方がいいですよね。明日にでも……ラトゥリオ様?」
 彼は橋を渡らず、立ち止まっている。
「どうかしましたか?」
「レオ。愛している」
 突然の愛の告白。
「え……と、はい。僕もです」
 イレミオはぐっすり眠っているけど、恥ずかしい。その上、彼は大股で橋を渡ってきて僕を抱き寄せ、口づけた。
「ン、んっ」
 イレミオが起きちゃいますよっ。見られたらどうするんですか! ほっぺたなら目撃されたことあるけどっ。……長い。うっとりと、角度を変えて繰り返される。両手が塞がっている僕は、なすすべもない。
「はぁっ。……ふふ、どうしたんですか」
 解放されたと思ったら、イレミオごと抱きしめられた。三年前の出会いの場所を通って、父さんのこともあって、感情が高まったんだろう。僕もときめいているから、お互い様だ。
「重いだろう。代わろう」
 彼は僕の背中からイレミオを引きはがし、腕に抱えた。
「助かりますけど、また焼きもちですか」
「分かっていればよい」
「何が『よい』なんだか」
 駄目だ。ラトゥリオ様がかわいすぎて顔がにやける。並んで歩きながら、左手の薬指を眺めた。約束の印。赤い石が煌めいている。
「最初の朝、この指にキスされた時。嬉しかったけど、まさか、って思いました」
「俺の気持ちを伝えたのはその次の晩だったが、聞こえていなかったのだと後になって気付いた」
「え? 三日目の晩ですか。いつ」
「最後の方だな」
 頭が真っ白になっていた時か?
『お前を――』
 満ち足りた声がよみがえる。頬に落ちてきた涙も。あの時か!
「肝心の部分が聞こえてなかった。悔しい」
 口下手なラトゥリオ様の、最初の告白を聞き逃していたなんて。
「聞こえていなくてよかったかもしれぬと……一度は思った」
「……今は?」
「言葉だけでは伝えきれぬものがある。だが、言葉にするのを諦めることもしない。時間はたっぷりある」
「ふふ、そうですね」
 ここの平均寿命は日本と大体同じで、八十歳くらい。ラトゥリオ様は今年三十六歳だから、四十年から五十年は一緒にいられる。
 彼の腕の中の王子様が、もぞもぞと動いた。
「おうち、まだぁ……」
「おうちは、もうすぐそこだよ。いい子だね」
「うん……」
 再び、くーっと眠りに落ちていく。アストゥラの未来。この子を守り育て、ラトゥリオ様を支えていく。僕が見つけて、選び取った人生だ。父さんたちと交信できたことで、より強くそう思える。
「あの玉は、どういう原理なんでしょうね」
「文献にも記録がない。突然変異というところか。ひと月に一度程度ならば、影響はないだろう」
「この子の……」
 かわいい寝顔に、思わず出かけた言葉を引っ込めた。ラトゥリオ様は、空いている左手で僕の髪を梳き、耳の後ろをくすぐった。
「宝箱のようなもの、か?」
「はい」
 心の奥の大切な思い出。僕がそこに触れることを許してくれる。
「想いは、魔力を超えることがあるのだな」
「はい。どんなに時間がかかっても」
 僕の言葉に、彼は優しく微笑み、唇をつついてきた。
「時間をかけなくても、という場合もある」
「一瞬でしたね」
 アストゥラを愛する父さんの想いが、時空を繋いでくれた。
 ほかのところでも、想いは作用していた。イレミオの六歳の誕生日に訪れたアントス様が、「そろそろ話してもいいかと思ってね」と、ラトゥリオ様と僕に聞かせてくれた出来事だ。
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