その、魔法の味は

花町 シュガー

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(今日は帰りがけにケーキ~♪)

昨日一昨日とバス代を貯めた分、ケーキが買える。

2学期も終わり肌寒くなってきた頃。
今日は何が並んでるんだろう。何が瞬なんだっけ?
まぁ、いつもみたいにオススメを聞いてーー

「わっ!」

ドアを開けると同時にドンッと出てきた人。

「ってあれ、竹田さん……ちょ!」

ケーキの箱片手にパタパタ走り去っていったしまった。
心なしか顔が赤い。体も、ぶつかられた時熱かったような。発情期……? わからないけど、相手にまだ噛まれてないのかな。どうしよう、追いかけた方がいいのだろうか。

Ωの扱い方がわからず、あわあわと店の中を見る。

けどーー


「え、堤…さん……?」


カウンター越し、苦しそうに息をしてる姿にすぐ体が動いた。

「堤さん、堤さん!大丈夫ですか!?」

「はぁ…は……柚紀…くん?」

「はい僕です、どうしたんですか…一体なにが……っ!」

支えようと伸ばした手を、パシッと拒絶される。

「ごめ、ちょっと今、待ってね…近寄らないで……」

「座ってて」と言い放ち、バックヤードへ入っていく背中。

ーーその手には、僕が飲んでいるものと似たような薬が 握られていて。


「…………ぇ?」


目の前のことが理解できず、張り付いたようにその場から動けなくなった。







「ごめん、びっくりさせたね」

「いえ、全然…その……」

暫くして、お茶とお菓子を持った堤さんが出てくる。

「さっきの子、最近よく来てくれるようになって。
柚紀くんと同じ制服だからもしかしたら知り合いかなって思ってたけど、やっぱりそうだったんだね。多分発情期が近かったのかな? 学校では普通?」

笑いながら話を振ってくれるけど、駄目だ。脳が全く働かない。
何か言わないといけないんだけど、言葉がーー

「……クスッ、なんでβの俺がΩのフェロモンに反応するのか、考えてるんでしょ」

「ぇ、いや…その……」


「実はね、俺αなんだ」


「…………ぇ」


「薬で性別を変えてる」


コトリと、目の前に置かれたカプセル。

「見たことないかな。これでαからβにしてるんだ」


ーー見たこと? あるよ。

それと逆の薬を…色違いのカプセルを、毎日飲んでる。


「…んで」

「え?」

「なんで…αからβに……?」

αからβなんて、はっきり言って損でしかない。
それなのに、何故……


「βとして生きていきたいから」


「っ、」


「βの柚紀くんには想像しにくいだろうけど、αはね、いい意味でも悪い意味でも常に注目を浴びるんだ。
どんな時でも目立って、その分周りの目も多くて恋愛なんかロクにできなかったし、期待やプレッシャーで押し潰されそうになったり。
……正直、もう、疲れてしまって」

友人はみんな、自分の外側しか見ていなかった。
恋人は、ステータスのように自分を扱った。
人間特有のドロドロしたそれが気持ち悪くて、嫌で嫌でたまらなくて、〝普通〟になりたくて。

「それで飲み始めたのがきっかけかな。
仕事もそうなんだ。元々甘いものが好きでこの道に進んだんだけど、αっていうので評価されることが多くて…俺よりずっと美味しいのにコンテストで俺の方が上だったり。本当、嫌だった。
だから誰も知り合いがいないこの街で、いちから店建ててってβとしてやってきて……って何かごめんいきなり語り出して。あんな所見られたし、もう隠しきれないなと思って」

薬を凝視したまま固まる僕に、苦笑しながら話をしてくれる。

堤さんは…堤さんは、α。
そっか、これ飲んでたから特有のオーラとかが無かったんだ。
わぁ…全然気づかなかったなぁ……そっか、成る程……


「ぁの、」


「ん?」


「運命の番とかって…どうするつもりなんですか……?」


奇跡に近い確率だけど、運命の番は確かにいる。
僕も半信半疑だったけれど間近でそれを目の当たりにした。
堤さんがαなら、きっと堤さんにもいるはすだ。

そんな相手のことを…一体どう考えているのか……

「っ、」

何故か、急に緊張してしまって顔があげれない。
冷や汗も止まらなくて、震える両手を無意識にテーブルの下へ隠してーー


「そんなの、出会えるわけないよ」


店のBGMが静かに流れる中発せられた、普段と変わらない口調。声のトーン。


「もし出会ったとしても断るかな、きっと。
ようやく手に入れたこの生活を崩したくないし、このままでいたいし」


ーーそうだよ。だってこの人は、普通になりたいんだ。

今までたくさん大変な思いをして、傷ついて、その末にβになってるんだ。
なに、当たり前のこと聞いてるの?

(ははは…は……)

ズクリと酷く胸が痛んで、慌てて思考を逸らす。

さっきの竹田さんが気づいたこの人の匂いに気づかなかったのは、僕が薬を飲んでいるからだ。
そして、あるのかもしれない僕の匂いに気がつかないのは、この人が薬を飲んでるせい。

ならば、この人の作る物にのみ僕が味を感じてしまうのは…恐らく、もしかしたら……



「ーーーーっ、」



〝それ〟には多分、気がつかない方がいい。


「つ、堤さん」

「なに?」

「いつからこの薬を? 後遺症とかないですか……?」

「飲み始めたのは社会人になってからだから、27か8くらいの頃かな。後遺症は……うーん…特別は無いと思うけど。何ともないよ」

「そうですか」

良かった。大丈夫だった。

「今日は本当にごめんね、びっくりさせちゃって。

ーーでも、元々柚紀くんには言おうと思ってたからある意味良かったのかな」


「……え? どういう意味d」


「さて!ケーキ買いにきてくれたんだよね。
迷惑かけちゃったからサービスさせて欲しいな」

「そんなの全然いいです!今日もオススメで……」

「ダメダメ、俺が許さないから。
今日は好きなのいっぱい選んで、ね?」

いつかの時のように手を引かれ、カウンター前まで連れてかれて。
それにギュッとなって泣きそうになりながら、隠すように目の前の長い横文字のケーキを指さした。





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