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中編: ハル編
sideハル: この気持ちと、その先と
しおりを挟む「……あのさ、アキ…」
「うん」
文化祭が無事終わり、後夜祭へ向けまた準備を進めてる中。
疲れて帰宅しご飯や風呂をサッと済ませ部屋に行くアキを、呼び止めた。
温かい飲み物を入れたカップ片手に、並んでソファーへ座る。
「………ぇ、と」
さっきから「あの」とか「その」しか言ってない。
それなのに、ひとつひとつちゃんと相槌をうつアキ。
きっとアキは、僕がなにを話したいか知ってる。
でも、ただそっと寄り添って待ってくれている。
大きな電気を消し、小さなランプだけのリビング。
シィ…ンとしつつも優しい雰囲気で、つい気が緩んでしまうような時間。
ふわふわしてて柔らかくて、なんだか泣きそうになってしまいながら、ポスッとアキの肩にもたれかかった。
「……僕…その、ヨウダイ先生のこと……」
「うん」
「…………す、き…かも……」
好きかも、しれない。
本当、自分にびっくり。
でも……もうごまかせない。
「文化祭一緒に回ってるとき、僕 嫉妬してて」
嫉妬した。いろんな方面に。
「カッコいいね」と言ってたクラスメイトやすれ違う人たち
普段の先生のことを知っている患者
ーー先生を見ている全ての視線に、嫉妬した。
「けど…その分、優越感もあって」
この人の中身を知ってるのは僕だけ。
この人が化けの皮を被り笑ってることを知ってるのは、僕だけ。
ーー僕だけが、本当の先生を知っている。
嫉妬心と優越感とでぐちゃぐちゃになって、よく分からないまま文化祭を終えて
後夜祭の準備をしながら自分の中で一つひとつ噛み砕いて整理して、綺麗にして
……この答えが、出た。
「きっかけは…多分、海に落ちたとき」
先生が死ぬかもと思って、でも『一緒にいるんだから先に死ぬはずないよ』と言われて。
あの時から、先生の存在がスルリと僕に入ってきた。
何も持ってない僕にできた、たったひとつのもの。
僕だけのものになってくれた人。
ただの所有物かと思ったけど、違くて
どんどん どんどんその存在が大きくなっていて
「知らないうちに……
僕の中にある黒いもの…考える時間、なくなってたんだ」
あんなにどっぷり浸かってた思考。
浮かびあがるまで随分時間がかかった、真っ黒い沼。
あれに沈むことがなくなっていた。
あれを考える暇がないくらいに先生のことを考えてしまっていた。
本当、びっくり。
罪悪感を許すじゃなく丸ごと飲み込んでしまうほどに、あの人は僕の中を浸食していて。
ーーこの気持ちは多分、簡単なものじゃない。
苦しくて、恥ずかしくて、でも嬉しくて、緊張もして。
これは一体なんだろうと思ったとき、答えが出たんだ。
「だから、先生の『好き』がfavoriteだったら…つらい……」
つらい。
同じ想いを返してくれないと、つらい。
あの人のただのお気に入りなんて嫌だ。
僕は所有物に、お気に入り以上の感情を抱いてしまってる。
だから、向こうだって
向こうだって 返してくれなきゃーー
「あぁーもう、本当に!」
「わっ、え、アキっ?」
カップを取られ自分のと一緒にテーブルに置き、むぎゅっと抱きしめられた。
「なんか寂しい、孫を嫁に出すってこういう気分なのかな」
「は? なに言ってんの?」
「ハルが遂に他の人のとこへ……くぅ…嫌だなぁ。でもちゃんと背中押してあげなきゃだよな。
まぁ先生はいい奴…なのかは考えどころだけど、ハルのこと間違いなく1番大切にしてくれる人だもんな。えげつないくらいやばいし。
ってか悩んでるハル可愛すぎ。あぁーやっぱ嫌だ、嫁に出したくないぃー!」
「ちょ、変な言い方しないで!
別にお嫁にいくわけじゃないし、そういうとこまで考えてないし」
「え、なら別れるのか?」
「いや、それはないけど……」
将来なんて、考えてもなかった。
アキとレイヤみたいに名字を重ねるとか、それともこのままなのかとか。
ーーでも、
「最期まで一緒には、いると思うよ」
どんな最期だろうと、必ず隣にはいてくれる。
最期〝は〟じゃなく最期〝まで〟。
死んでからも、ずっとーー
「……ハル」
「ん?」
「幸せに、なれそ?」
「わかんないけど…多分……」
「……そっか」
体を離したアキが、コツンとおでこを重ねた。
「ハル。
俺、ハルと過ごした17年間本当に楽しかったよ。辛いこともあったけど、でも思い返したらずっと楽しいことのほうが多い。普通さ、こんな過去持ったら辛いことばっかのはずなんだ。でも…違くて。
それは、ハルがいてくれたからだ。ハルがいっつも俺ばかりを見てくれて、一緒に遊んでくれて、泣いたり笑ったりしてくれて。だから俺はこうしてられてる。
レイヤのことも、ハルの婚約者だったのに俺の背中を押してくれた。『いいよ』って。『幸せになりなよ』って。
だから今がある。幸せでいられる。俺は俺でいられてるんだ。
俺はハルと一緒で、本当によかった。ハルの罪悪感は消えないのかもしれないけど、でも俺は本当によかったんだ。
こんなに優しくてあたたかい子と双子とか、超ラッキー。
だからさ、絶対ハルの来世は 俺もいさせて」
「ーーっ!」
死んだ後もその先も、来世でだって
自分の隣には先生がいる。アキがいる。
だから絶対…自分はひとりぼっちじゃ、ない……
「~~~~っ、ア、キ」
「あぁもう泣かない。
俺だってヨウダイ先生みたいに絶対ハルのこと離してやんないからな。ハルの兄弟は俺なんだ、意地でも輪の中に入りこんでやるから」
「ぅ、ん…うん……っ」
ぎゅうっと抱きつくとすぐ抱き返してくれる、同じ大きさの手。
この手に、どれだけ支えられてきただろう。
どんなに両親から愛されていても、体がきつくてどうしようもない日があっても、僕にはこの手だけが頼りだった。
この手があったから、ここまで生きてこれた。
同じことを言って同じことをやって、同じことを想って…
きっと僕のほうが寿命は早く尽きる。
でも、僕だってずっとずっとアキと一緒にいたい。
僕の兄弟は絶対 アキだけだ。
しばらくそのまま、互いにグズグズになりながら会話して また体を離す。
「じゃあ、ハルは先生と話さなきゃな。
『ちゃんと同じ好きをくれ』って言わないと」
「う、ん…
でも僕素直じゃないだから、言えるかどうか……」
「大丈夫」
「え?」
不安気な僕に自信満々のアキが、ニヤリと笑う。
「俺、最強のもの持ってるから」
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