485 / 536
中編: ハル編
2
しおりを挟む「っ、」
振り返ると、風になびく髪をかき上げながら笑っている先生。
「こんばんは。起こしてって言ったのに。お散歩?
僕も一緒に行きたかったなぁ」
「……」
「お腹空いてない? 冷蔵庫にハルちゃんのご飯あるから、すぐ用意できるけど」
「……」
「わぁ、裸足だ。一応ゴミとかは落ちてないけど貝殻あるからね。暗いと見えないし、刺さったら危ないよ。
また明日来るのはどうかな。みんなも心配してたし、今日のところは寝てまた明日にーー」
「ぅる、さい……っ!」
ピタリと、近づいてきてた足が止まった。
うるさい。そんなの言われなくても分かってる。
わざわざ言葉にしなくても、全部 もう。
ザァ…と静かに足へあたる波。
緩やかに吹く風が、僕らの間をゆっくり流れていく。
「……すいません、戻りまs」
「ねぇ、ハルちゃん」
冷静になって海から出ようとした僕を、甘い声が止めた。
「ハルちゃんの体のこと、
これからは僕が気にかけてあげるよ」
「……え?」
「毎日神経尖らせなくてもいいように、僕が全部見といてあげる。
呼吸も、瞬きの数も、心拍数も、内臓の動きも、全部。
だからハルちゃんは、もう自分の体のこと考えなくていいよ? みんなと同じように過ごしていい」
「? なにを…言って……」
「それに、ハルちゃんが生きたいと望むなら常に最善を尽くせるよ。僕は名医だから、ハルちゃんが望めば貪欲に治療法をかき集めてあげる。走れるようにだってしてあげられるかも。
でも、今のハルちゃんはそれを望んでないから。
ーーだから僕は、いつも検診〝しか〟しないんだ」
「っ、ぇ」
検診〝しか〟しない。
それは、この体の現状維持を貫いてきたということ。
そんなの、今までの主治医にも言われたことなかった。
これは生まれつきだから治らないと説明され、せめてこれ以上悪くならないようにと始めたもの。
それを、治療に変えることができるなんて知らなかった。
いや…この人だからできるのか……?
(というかそもそも一体…なんの話を)
「けど、本当のハルちゃんはそれを望んでないよね。現状維持すら望んでないもん。
まぁ、『高校までは形だけでも望まないと関わってるみんなが悲しむから』って感じで受けてるみたいだけど。
そういうのやだなぁ、失礼だよ。折角の2人きりの時間なのに、僕以外のことを考えてる。
ハルちゃんの目の前にいるのは、僕なのに」
「………ぇ?」
ゆらりと、また先生の足が動きだした。
「ハルちゃん、別に高校卒業まで待たなくていいじゃん。
死にたいと思うなら死のうよ、僕が殺してあげる。
そしたらみんなの非難の目は僕に向くから、ハルちゃんが思ってる心配は無くなるよ? だってハルちゃんのせいじゃなく僕のせいで死ぬんだから。
あぁ、僕のことも心配ない。警察に捕まることもないし。
ハルちゃん殺したあとは、僕も自殺するからさ」
「へ? な、ん」
「あははっ、ハルちゃんっていつも僕のこと警戒してたよね。
そういうの見てるの、すごく楽しかったんだ。なんか家猫なのに人に馴れてないような感じ。
でも、そろそろ馴れてもらわないと嫌だからちゃんと話をしよっか」
「は、なしって……
ーーっ!」
海の中で固まる僕の 前
ちょうど境界線の砂の上に立ち止まった先生の、月明かりに照らされた顔は
いつも僕が気持ち悪いと感じていた……あの笑顔だった。
「ハルちゃん。
ハルちゃんの自己肯定感が低いのは、自分だけのものが何ひとつないからだよね?」
自己肯定感
「あの学園での〝ハル〟という人格も、過ごしてきた思い出も、着ている制服も友だちも学校関係者も。
今いる立場だって全部自分だけのものじゃない。
そもそも自分だけのものなんて、これまでに無かったんじゃない?」
「っ、」
そう、だ。
幼い頃のお菓子もおもちゃも、本当はアキと半分こするために貰っていたもの。
学園のものも、すべてアキが頑張って作り上げてきたもの。
「要するにさ、ハルちゃんはただのお人形。
小鳥遊の人形はアキくんのはずだったのにね。いつの間にか入れ替わっちゃった」
昔はあの屋敷では母さんと父さん、そして僕が人間。アキは操り人形だった。
でも今は? アキは人間で、僕は人形として用意された場所に座っている。
立場は、いつの間にか逆転していて……
(ぼく、は)
僕だけのものって、何なんだろう。
アキは、レイヤのものになった。
両親からの愛は、愛ではなく義務のようなものだった。
みんなから貰ったクリスマスプレゼントは、僕1人じゃ貰えてなかった。
友だちとの会話も、親衛隊も、学園で過ごす日常も全部、僕1人では無かったもので。
あの月森さんから渡されたクマのぬいぐるみでさえも、アキのため僕らに渡してくれたもの……で
ーーあぁ、僕は
(僕は何も持ってない、空っぽだった のk)
「だからさ、僕をハルちゃんのものにしていいよ」
「…………ぇ」
スルリと聞こえてきた言葉が意味不明で
目の前を凝視したまま、思考が止まってしまう。
「僕が常に体のこと管理して、身の回りのことも全部してあげる。そしたらハルちゃんは1人じゃないし、空っぽでもない。寧ろ僕がいたら百人力、最強になれるよ。
だからハルちゃんは、もっと僕に寄りかかっていい。
依存していい。
ーーそのかわり、」
パシャンと、先生が海へ一歩 踏み出した。
「僕も、ハルちゃんに依存させてくれない?」
0
お気に入りに追加
353
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる