ハルとアキ

花町 シュガー

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真実編

sideアキ: そして、〝今〟に繋がる 1

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「その後、私が屋敷を訪れる事は無くなりました。
その間社長から話を聞いておりました。お2人が大きくなられていく様子を、それは楽しそうに話して下さっていた。だが現状はかわらず……
そんな時舞い込んで来たハル様の婚約者の話。社長はその中に龍ヶ崎の名を見つけました」

『ねぇ、これはもしかして〝そういう事〟と取ってもいいのだろうか? この機を逃すのは勿体ないな。私たちも動こうか』と話す父さんの心は、もう決まっているようだったという。

「そしてそれは見事にあたり、今に至る、と」

「はい。 

ーー以上となります」


全てを話し終え、月森さんは静かに目を閉じた。


「要するに、ハルの婚約者に龍ヶ崎が選ばれアキがハルの代わりにこの学園へ来た時からずっと、俺たちは小鳥遊社長の手の中で転がされていたわけか」

「あぁ、そう言えば親父もそんなこと言ってました。〝転がされているのはこちらかもしれない〟って」

「あの龍ヶ崎社長が? 流石だなぁ……」

「互いに腹の探り合いみたいな状況だったんでしょうね」

「ふぅん……天才の考えてることはわからねぇな」

梅谷先生とレイヤがポツリポツリと話す中、隣でハルが小さく震えてるのを感じた。


「ハル?」


「……ねぇ、アキ。

要するに母さんはさ、僕が体が弱かったから壊れたって事でしょう?」


「ぇ…?」

「だってそうじゃん。僕が元気に生まれてたら、きっと母さんはこんなに悩む事はなかった。僕が何度も生死を彷徨ったから…僕がこんなだから、アキは…これまで……」

「っ、ハル!」

「ハル様、それは違います」

「ぁ……」

さっきまで話していた月森さんが、片膝をついてハルの手を取る。

「もしハル様が元気に生まれていたとしても、奥様は変わらず悩まれていたでしょう。どんなに似ていてもあなた方は違う人なのです。どちらの母親にもなろうと必死になった結果、きっと同じ未来が来ておりました」

「っ、でも」

「ねぇハル。 俺さ、今が好きだよ」

「ぇ……?」

呆然とするハルに、ふわりと笑いかけた。

「確かに、幼い頃はそりゃ辛かった。母さんに怒られすぎて雷が怖くなるくらいに。
でも、その分たくさんハルが側にいてくれた。自分の体がきついのに、いつも一緒にいてくれて……俺、多分こうじゃなかったらきっとハルのことこんなに大切になんて思えてなかったと思うんだ。
それに、こんな未来が待っていたのなら、もう昔の事なんて…いいやっ」

「ーーっ、アキ」

「それにね、俺知ってたんだ。
ちゃんと母さんは俺の事を愛してくれてたって」

「……ぇ?」

「夜寝てたら、母さんが俺の枕元で泣いてたんだ」

気を失った時に見た、あの幼い頃の様な夢。
あれは、きっと想像なんかじゃない…現実のはず。

「そうでしょう? 月森さん」

「っ、左様でございます。私が屋敷へ行っていた時、奥様はよくアキ様の寝静まった顔を見られて泣いておられました。アキ様は寝ておられたので、知られていないのかとばかり……」

「クスッ、やっぱり。体が何となく覚えてたみたいだ。

ーーねぇ、ハル」


真っ直ぐに、目の前の同じ顔を見つめる。


「俺さ、ハルと双子で…この家に生まれて本当に良かった。ハルのこと、本当に大好きで大切なんだ。だから、もうそんな事言わないで?

ーーーー俺は、今のハルが好きだよ」


「ーーっ、アキ…アキぃ!」


ガバッと抱きついてきた体を受け止めた。

なんてヘンテコで、なんて入り組んだ家族なんだろうと思うけど…でも、それでも俺はやっぱりここが好きで。

(もしもう一回人生やり直しできたとしても、俺は同じ未来を選ぶと思う)

〝死〟というものは、本当に怖く、恐ろしい。
だって死んでしまったらもう会えないから。
そんな生死の境を、まだ抱けてもいない我が子が行ったり来たりを何度も繰り返したのならば……人の心など、簡単に壊れてしまうのだろう。
誰にだってあり得ること、母さんに限ってだけじゃない。

それに、母さんは孤児だった。
きっと人一倍〝家族〟というものに憧れ、〝母親〟になろうと必死だったんだろう。

(その分、沢山の責任を感じてしまったんだろうな……)

「アキ様。あの時奥様が投げられた『貴方なんて産まなければ良かったのに』という言葉……あれは恐らくアキ様の胸の中に未だ刺さっていると思います。
口から出てしまった言葉は、もう取り戻すことができません。ですから、私たちが今更このような言葉を言ってももう遅い……ですが、どうか言わせてください。

あの言葉は、決して奥様の本心ではありません。龍ヶ崎様がいらっしゃるあの場にあなた方が揃っていたことにパニックを起こし出てしまった言葉なのです。本当に…本当に申し訳ありませんでした」

「い、え…そんな、顔を上げてください」

まるで土下座するようにこうべを垂れる月森さんの肩に、慌てて手を当てる。

「もし今回龍ヶ崎様との件が失敗に終わった時には、我々小鳥遊は海外へ行くつもりでした」

「「えっ」」

「それって、あの場で佐古くんが言ってた…?」

「左様です丸雛様。奥様やアキ様をもうこれ以上隠し通すことは難しく、また社長としても小鳥遊にやれる事は全てやってきた。
龍ヶ崎様と関わりそこから影響が何も生まれなかった場合は、父親としても社長としても海外に行こうと思われておりました」

その時はハルと母さんは日本に残り、俺と父さんで海外へ行くという計画だったらしい。
月森さんは日本に残って本社や母さん・ハルのサポートに徹し、海外にいる父さんと連携していくという流れ。

「奥様とアキ様を離す事と、小鳥遊の海外展開を一緒に進めるべくの選択です。苦渋の決断でしたが、現状が変わらなければ我々からも行動を起こすつもりでした。それは、結果的にハル様とアキ様離れ離れにしてしまうものでしたが……」

「そう、だったんですね……」

「はい。ですが、その計画も白紙になりました。全て皆様のおかげです。本当にありがとうございます」

みんなの方を向いた月森さんは、綺麗に一礼した。

「ということは、小鳥遊は今後も日本で活躍を?」

「その通りです龍ヶ崎様。会社としても大きくなっていた小鳥遊ですが、やはり元は内向的な一族。海外までは皆に反対されていたのです。
ですが、社長は家族のため海外展開を無理強いするおつもりでした。しかし現状が変わった今、その必要性は無くなった。

小鳥遊は、これからも日本を代表する企業として日本で活躍してまいります」

(そ、なんだ……)

父さんが海外に行かなくて、良かった…離れてしまうのはやっぱり寂しい。
ハルとも離れ離れにならなくて良かったなぁ……

チラリと隣を見るとハルも同じようにこちらを見てて、ふふふと笑い合った。


(………そう言えば)


「あの、月森さん。
どうしてこのタイミングでぬいぐるみを渡してくれたんですか…?」

まだ、家族はバラバラなままなのに。
さっきの話だと渡してくれるのはまだ先だったはず……

「クスッ。これは、奥様からなのです」

「「ぇ?」」

「伝言を預かっております。

〝今まで本当にごめんなさい。私に、時間をください〟と」


「「時間……?」」


「はい。社長からも、指示を頂いています。


ーー〝暫くは、屋敷に帰ってこないように〟と」


「「ぇ…………?」」






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