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文化祭編
sideミナト: 初めての失敗
しおりを挟む「ハル様、突然訪ねてしまって申し訳ありません」
明日からいよいよ後夜祭という日の放課後、どうしてもハル様に用があり部屋を訪ねた。
「いえいえっ、大丈夫ですよ。何か飲まれますか?」
「いいえ、お気遣いなく」
佐古くんは、気を利かせて自室へと入っていった。
ソファーへ座り、目の前に座るハル様を改めて見つめる。
「もう、体調はよろしいのですか?」
「はい。心配させてしまって本当にすいませんでした」
「いいえ。回復して良かったです」
(まだ、痩せてはいる…がな……)
全体的に少し体の線が細くなってしまったような気がするのは、否めない。
体重などはまだ本来の数字に戻っていないのだろう。
(でも、元気になっているようには思う)
保健室の先生と一緒にハル様の元を訪れた時に比べれば、その表情は明るい。
この短期間で一体何があったのだろうか……?
気になる、が
ーーそれは、もう私には関係のないことだ。
「ハル様、この度は本当に申し訳ありませんでした」
「? 何がですか……月森先輩?」
「私を、ハル様の親衛隊隊長から降ろしてください」
「ーーぇ?」
ハル様の目がびっくりしたかのように見開かれる。
「今回の件、私は何の役にも立てませんでした」
〝月森〟が付いていながら、主人をここまで危険な目に合わせてしまった。
月森として、あるまじき行動。
だが、何より許せなかったのはーーーー
「動けなかったのです、私」
「動けなかっ、た?」
「はい。変質者の部屋へ入った時……」
4人で変質者の部屋を突撃して、その室内の異様なまでの光景とハル様の悲惨なお姿にただただ足が竦み……動かなかった。
「梅谷先生が指示を出してくださって何とか動くことはできましたが……このような事、あってはなりません」
幼い頃からたくさんの事を学んできたが、本番でこれなのではまるで意味が無い。
だから、
「私は、貴方の月森にはふさわしく無い。もっと他に適任の者がいるでしょう。私は、月森としてもまだまだ未熟だ。
ですからハル様、どうかーー」
「嫌です」
「………ぇ」
驚いてハル様を見ると、あの真っ直ぐな目で私を見ていた。
「嫌だと言ったんです、先輩」
「……何故?」
「僕が、月森先輩を好きだからです」
「ーーっ」
フワリと笑われて、言葉に詰まった。
「ねぇ、先輩。先輩が未熟なのは当たり前ですよ?」
「当たり…前……?」
「はいっ。だって、僕らは〝学生〟ですから」
「っ、」
「学生は、たくさんの失敗から多くのことを学ぶ。大人になるとなかなか失敗できないので、こういった経験は今のうちだと思いますよ」
「っ、ですがーー」
「それにね?先輩。
たった一度の失敗で離れていかれるようじゃ、僕が困るんです」
(困る……?)
「僕、家の外に出てこうして学園に通えて、みんなと上手くやっていけるかなってとても不安で……それを助けてくれたのは月森先輩でした。
先輩が作ってくれた親衛隊は本当に凄い力を持ってて、でも優しい人たちの集まりで…2週間に1度のお茶会も凄く楽しいんですっ」
ハル様が立ち上がり、私がいるソファーへストンと座る。
そして、隣からじぃっと見られた。
「月森先輩は、何だかレイヤみたいですね」
「は? 龍ヶ、崎……?」
(一体…どういう事だ……?)
「はいっ。実はレイヤも、あんな性格だからなのかこれまで失敗した事が無かったらしいんです」
「ははっ」と何かを思い出すようにしてハル様が笑われた。
「彼の初めての失敗は、決算報告書作成の時期でした。多くの部活動の虚偽報告書に気づけなくて……
やっと気づけたのは締め切りギリギリ前でした」
(あぁ、その件は知っている)
それで、龍ヶ崎とハル様は放課後も残って業務せざるを得なくなったのだ。
「その時のレイヤももう凄く焦ってて、思わず笑っちゃって。
その時もね、僕言ったんです」
その目が優しく、私を捉える。
「何を弱気になってるんですか、先輩。
謝るなんて、貴方らしくないですよっ?」
「ーーっ」
(っ、嗚呼………)
「ふふふ、大丈夫ですよ。初めての失敗って焦りますよね、僕だってそうですしきっとみんなそうです。
ねぇ先輩。失敗をしない人なんかこの世にはいないんですよ? そんな人いたらロボットです」
ふわりと、優しく微笑まれた。
「先輩は、今回の失敗をないがしろにしない……きっと次へと繋げられる人です。だってこんなに考えているから。だから、大丈夫。
もう絶対、次は同じ失敗しませんよっ」
「ーーっ、ハル、様……」
(あぁ…もう駄目だ)
この方はどうしてこんなに強いんだろう。
ご自身があんな怖い目に遭われたのに……普通だったら怒られて当然の場なのに。
それをする事なく、大きな心で許してくれる。
ふわりとされているのに、とても芯のある真っ直ぐな方で。
(そう、私はこの方のこういった部分に心惹かれたのだ)
初めは強い興味本位だったが、気がつけばだんだんとその趣旨は変わっていた。
今では、ただただこの方の未来を支えたいと思っている。
(ははっ、私の心は……もう決まっているではないか)
ソファーから降りて、隣りに座るハル様の前に片膝を立て膝まずく。
「ぇ、先輩……?」
「ハル様。もう一度だけ、やり直させてください」
ハル様の片手を取って、頭を下げた。
「私、月森ミナトは、小鳥遊ハル様を主人と認め、以後決してお側を離れず支え続ける事を誓います」
静かに、ゆっくりと紡がれる言葉。
「ハル様。もう一度、私にチャンスを頂けませんか?」
貴方を守る、チャンスを。
「クスクスッ。一度と言わず、何度でも。
ーー僕は、先輩〝が〟いいです」
「っ、」
胸が熱くなって、もうどうしようもなくて。
(全く、この方は……)
「ハル様。一度だけ、抱きしめても?」
「?」
一瞬きょとんとした目の前の顔が、笑いながら両手を広げてくれる。
その細い体を優しく抱きしめて、次は守れるようにと、同じ過ちは絶対繰り返さぬようにと
そう、心に刻んだ。
「ぁ、そうだ先輩」
「? 何でしょうか、ハル様?」
「あの、実は手伝って欲しい事が…今イロハにも手伝って貰ってるんですが、良かったら先輩のお力も貸して頂きたくて……」
「クスクスッ、何でも仰ってください。お力添えいたします」
「っ、有難うございます!」
そうして話された内容は、とても心躍るものだったーー
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