ハルとアキ

花町 シュガー

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夏休み編

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「シズマ、ちょっとあの公園に寄ってくれないかい?」

帰り道、パッと指さされた公園の駐車場に車を止めた。


「少し歩こうか」


そのままふらふらと公園の中を進み、ひとつのベンチにストンッと腰掛けた。
ポンポンと隣に座るよう指示され、静かにその場所へ腰掛ける。

「ーーねぇ、シズマ」

「はい」

「さっきの山之口の新作発表会、君はどう思った?」

「そうですね。とても山之口らしいと思いました。
あの会社は安さと使いやすさが特徴です。今回の新作も、全て値段がリーズナブルで更に使いやすい物ばかりでした」

「うん、100点満点。全くもってその通りだったね」

「でも」と龍ヶ崎が付け足す。

「安さの為には、デザインを捨てなければいけないのだろうか?」

(デザイン……?)

確かに、山之口の家具はコストをとことん抑える為か、シンプルなデザインの物が非常に多い。
色も、白か木材の色をそのまま使っている。

「多くの人は〝安くて使いやすかったらそれでいい〟と言うが、安くて使いやすい物の為には個性やデザインをも諦めなければいけないのか?」

「それは……」

「部屋のデザインはひとりひとり違う。それは個性が違うからだ。その個性を全て統一してしまうような家具は、果たして家具と呼べるのか?」

「……自分のこだわりがある人は、とことんそういった家具を探せばいいのでは…それに、こだわりがあれば多少高くともしょうがないとそういったユーザー層は思うでしょう」

「何故しょうがないと妥協しなければならない? 何故、沢山の店をいくつも回って探さなくてはいけないんだ?たかが個性ひとつで、どうしてそこまで損をしなくてはならない」

(っ、確かに)

当たり前に思っていたが、言われてみれば確かにそうだ。

「家具が好きだが、忙しくてなかなかプライベートの時間が取れない人がいるとする。年収も一般的な額だ。
そんな人でさえ、毎日毎日疲れた体で家具のある部屋へと帰っている。そんな忙しい人たちが唯一気を抜く事ができるプライベート空間を、あの家具たちで埋め尽くされてみろ。

ーーきっと何の暖かみも、得られない」


「違うのだ」と彼が弱々しくうなだれた。


「お金は無くとも家具にこだわりがある人・もっとこんな部屋にしたいと思っている人は、きっと山程いる。
だが、余りにも山之口家具と他の家具の値段が違いすぎるから他の家具を〝高い〟と認識してしまい、山之口の家具の方へと手が伸びる。
その結果、思いを我慢しなければいけなくなるのだ」

それは、あまりにも悲しすぎるとは思わないかい?


「ーー俺はね、シズマ。

〝夢〟を与える家具を作りたいんだ」


「夢……?」

「そう。例えば今話したようなユーザー層の人たちにも、ストレスなく家具を楽しんで貰えるような……
今は金額の面から消去法で仕方なく家具を選んでいる人たちにも、沢山の選択肢がありどれにしようかと悩むことが出来るような……

ーーそんな、皆んなが皆んな笑顔になって心から楽しそうに家具を選べるような未来を、私は切り開きたい」


「…………っ」


強い、強い目だった。
ただただ貪欲に、前を睨んでいる。


「ーー嗚呼、時間が足りない」

こうしたいというビジョンは既に立ってるのに、時間と労力が足りない。

「……ねぇ、シズマ」

「っ、はい」

「実はね、俺直接交渉しに行ったんだ。
〝君が欲しい〟って」

「…………は?」

「いやーなかなか君が首を縦に振らないからさ、言いに行っちゃったよ。

ーー月森の現当主さんのところまで」


「ーーーーなっ!?」


(直接大婆様と会っただと!?)

大婆様は滅多に屋敷を出ないから、会うことは難しい筈。
一体どうやって……

「この前さ、会議の為に何人かの月森と現当主が集まって有名ホテルで会食しただろ?
その時ウェイターに化けたんだ」

「ば、化けた……だと………」

「ふふふ、言ったよね?
 〝俺は欲しいものの為にはどんな事でも利用する〟って」

(本当…なんて奴だ……)

普通だったら、こんな事考えつかない。

「でもね、失敗に終わったよ」

「ぇ、」

「分家の次男坊だから顔が割れてないと思ったら、出会って直ぐにバレてしまった。流石は月森の現当主だなぁ」

「いやーあの時は焦った焦った」とはははと笑っている。


『龍ヶ崎の分家の次男坊がおるわい。ここの従業員にでもなったのかえ?』

『っ……こんにちは、当主様。流石ですね、少し侮っておりました』

『ふぉっふぉっ、素直じゃのぉ。私に何か用があるのか?』

『はい。単刀直入に申し上げます。
私は、月森シズマが欲しい。頂けませんでしょうか?』

『ほぉう本当に直球じゃの。じゃが、それは私に言ってもどうにもならぬ事だ』

『やはり、そうですか……』

『お前とシズマの問題じゃろう。私が口を出す事はできん』

『………』

『私にどうこうしてもらうと考えるのは、諦めろ』


「ーーってね、真っ向から言われてしまったよ」

「いやぁー流石だなぁ。強い目を持ってらっしゃった」と背もたれにもたれて空を見上げている。

「まぁ、ひとつ褒められたけどね」

「……ぇ」

「〝私のところまで直接交渉に来た奴は久しぶりだ。一体何十年ぶりだろうか。その心は褒めてやる〟とな」

スイッと龍ヶ崎が立ち上がった。


「ねぇ、シズマ」


両肩をベンチの背もたれに押し付けられ、屈まれるように上から見下ろされた。

「…っ、な、なんですか……」

「いい加減に、首を縦に振ってくれないかい?」

至近距離からジィ…っと、黒い瞳が覗く。


「君の強情な性格はとても好きだが、ここまで強情だと流石の俺も、焦るよ」


「ーーっ」


「はぁぁ…まぁ、無理やり頷かせるのは嫌いだからなぁ。君のペースに合わせるけどね」と解放されて

思わず詰めていた息をはぁぁ……と吐いた。

「さて、そろそろ帰ろうか」

運転よろしくね。行くよー。

先に歩き出す背中を、ぼぉっと見つめる。

(こいつは、私の為にわざわざ危険なリスクを犯してまで大婆様へ会いに行ったのか)

ギュゥっとどこかが締めつけられるような感覚がする。

(何だ、これは)

そんな危険な事を飄々とやってのける彼を
ーー私は〝守りたい〟とでも、思っているのだろうか?

その自分自身への問いかけは、驚く程ピタリと心の中にハマった。


ポソッ

「ーーっ、馬鹿な……」


「うん?何か言ったシズマ?」

「っ、いえ、何でもありません」

「んーそっかぁ……」


グラグラと揺れ動く、心。


(答えは……もう、出始めているのだろうか………)






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