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第二章 ゴーストケット編
2.ユウタと第三攻撃部隊(リュウサイド)
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椅子に座って足を組み、そこに携帯ゲーム機を乗せて遊んでいたユウタは、ふと顔を上げた。
目の前のベッドには美しい少女が眠っており、静かな寝息を立てている。
数秒間、その寝顔を見つめ、顔色が良くなっていることを確認すると、ユウタはあっさりと席を立った。
サイレントモードにしていたゲームの電源を切りながら、病室のカーテンを開ける。
だがそこで、見知った顔の人間が二人、息を切らして立っているのを見つけると、ユウタは鬱陶しそうに首を傾げた。
「……お前ら、そんなところで何やってるんだ?」
「何って……」
リュウは顔を歪め、その前にいるアサイチは肩で息をしながら叫んだ。
「お前っ! 何、勝手に一人で抜け駆けしてんだよ! 自分だけ、モエギのお見舞いなんかしやがって!」
「はぁ?」
アサイチに胸倉を掴まれたことで、ユウタも険しい顔付きに変わる。
「何、言ってんだ、お前。……お前がくだらねぇことにかまけてたから、モエギの体調不良に気づかなかっただけだろ? ……それで俺に八つ当たりとか、頭わいてんじゃねぇのか?」
「なっ…………俺は仕事が忙しかったんだから、仕方ないだろ⁈ ……遊んでばっかいるお前とは違うんだよ!」
「へぇー、言い訳に必死だな。俺と違って要領悪いのを理由にすれば、視野が狭いのも正当化できるってわけだ」
「言いやがったな! この野郎!」
「お前ら、いい加減にしろよ! ここは一応、病し……」
そう言いかけたところで、リュウは背後の気配に気づき、ハッとして後ろを振り返った。
するとそこには、怖い笑みを浮かべるヴィンセントが立っていた。
リュウは急激に顔を引きつらせる。
「ヴィンセント…………あっ、いや、えっと、これは……」
「ここは病室です」
ヴィンセントは端正な顔をぐっとリュウに近づけ、そして――。
バタンッ、と病室のドアは堅く閉ざされた。
つまみ出されたリュウとユウタが、仲良く廊下に並んだ形で。
「……は? なんで、俺が?」
ユウタが不愉快そうにつぶやく。
「……お前はアサイチと一緒になって騒いでたけど、むしろ…………なんで俺が?」
この場合、一番うるさかったアサイチがなぜ免除されたのか、の方が謎かもしれなかった。
――まぁ、アサイチはユウタとさえいなければ割と常識的な人間ではあるけれど……。
しかし、ユウタは納得いかなかったのか、すぐさま病室のドアノブを掴んだ。
「こうなったら、文句言ってきてやる」
「それはやめとけ!」
ヴィンセントは普段は温厚な青年だが、患者のこととモエギのことになると、その冷静さを若干欠如する一面がある。今回はそのダブルコンボであり、これ以上、逆鱗に触れるのは危険な行いだった。医療班の要である彼の不興を買うことは、色んな意味で恐ろしいことなのである。
だからユウタの肩を掴んだリュウは、慌てて話題を逸らした。
「それよりもユウタ、ちょうどお前に話があったんだよ」
「はぁ? 話?」
ユウタは不機嫌さを隠そうともしなかったが、リュウの話に耳を傾けるぐらいの冷静さは持ち合わせていた。
廊下を並んで歩きながら、リュウはさっきアサイチやマホと話し合って決めたことを、ユウタに聞かせていた。
「つまり俺に、その制御施設を壊してきて欲しいってことか」
「……それは、ちょっと違うかな」
壊されても困るのだ。
「目的は制御施設の掌握だ。ゴーストケット村を囲っている電磁波を止め、そのうえで、できることなら…………それがハロイン・ファミリーの連中には伝わらないようにして欲しい」
ユウタはそれに、目を細めた。
「……ふーん。つまり、落としたあとも平常通り運転しているように見せかけて欲しいんだな? 別にいいけど…………随分と弱腰だな」
「は?」
リュウはアサイチほど、いちいちユウタの言うことにつっかかったりはしない。けれど、今の言葉にはリュウでも引っかかりを覚えた。
「今は村の人や一部隊の安全が最優先なんだから、戦いを避けるのは当たり前のことだろ?」
ユウタは、人の心を見透かすような目をリュウに向けていたが、結局は何も言わなかった。
リュウは内心それにイライラとしながらも、口をつぐんだ。
――言いたいことがあるのなら、はっきり言えばいいだろ……。
それなりに長い間、幼馴染をやっていれば、ユウタが本当に話そうとしないことは、いくら言っても話さないことはわかってくる。
リュウはゆっくりと息を吐いた。一度クールダウンをし、自分の方が大人にならなければと思う。それはユウタを相手にする際、多くの場合で自分に言い聞かせなければならない言葉だった。
しかし、ユウタに話を断るつもりはなかったらしく、いきなり話は本題に戻った。
「じゃあ、少数精鋭で行くのがいいな。……三人でいいか?」
「えっ、いや、いいけど…………いいのか?」
話が戻ったこと以上に、その人数に驚く。
だが、ユウタはあっさりとうなずいた。
「問題ねぇよ。そんな施設一つ落とすことぐらい、本当なら俺一人でも十分なくらいだ。……でもまぁ、念のためにあと二人だけは連れて行ってやる」
なぜか偉そうにそう言った。
少ないとは思うが、ユウタがそう言うのなら、それで事足りるのだろう。
「そうか、わかった。…………あっ、そういえばユウタ、シェリーはどうしてる?」
リュウは自然な話の流れで、その名前を出したつもりだった。
けれどユウタは訝しむような顔をする。
「シェリー? ……は最近、見てないな。……あいつはライオンの亜人種だから、生肉に囲まれて生活してると、たまに食べたくてたまらなくなるらしい。だから、最近は部屋に閉じこもってたはずだ。で、それがどうしたんだ?」
「いや、元気にしてるならそれでいいんだけど……。ってか、人間を生肉って言うなよ。何気に怖い話だな」
「ごくたまにだよ」
ユウタはあっさりとそう言う。
亜人種であるシェリーの個性を、何でもないことのように受け止めていた。
――そこが…………ユウタのすごいところでもあるんだよな……。
世界中で迫害を受けてきた亜人種の人々。
そんな彼らが普通の人間に警戒心を持つのは当然のことであり、心を開くことさえ難しいはずだった。けれど、ユウタのこの気質もあってか、PPPにいる三人の亜人種のうちの一人、シェリーは三部隊で上手くやっているようだ。
ユウタは話題に出たのでついでに、という風に口にする。
「何なら、シェリーも連れてくか?」
だが、リュウはすぐに首を横に振った。
「いや、まさか。……リッキーと約束したんだよ。シェリーを亜人種関係で危険な場所にはやらないって」
そう言うと、ユウタもすぐに合点がいったようだった。
「あぁ、暗号班にいるシェリーの父親か」
人間以外の姿へと変身してしまう亜人種の血は、確実に遺伝する。そのため、父親か母親のどちらかが亜人種であれば、その子どもも必ず亜人種として生まれてくる。だから、リッキーが普通の人間であるところを見ると、どうやら亡くなった母親の方が亜人種であったらしい。
それでももちろん、父親であれば子どもを取り巻く世界がどういうものかは見えているはずだ。だからなのかはわからないが、リッキーは過保護というのか、少し親バカなところがあった。
その度合いが大きいのは、シェリーが事あるごとに口げんかをしていることからもわかる。
シェリーもその親バカぶりには手を焼いているようだった。
リュウが苦笑する一方、ユウタは頭の後ろで腕を組み、隊長として当然とも言えそうなことをつぶやいた。
「でも、もったいない話だな。……あいつはうちの部隊の中でも五本の指に入る実力者なのに、活躍する機会が制限されるっていうのも」
ユウタの言い分がある意味では正しいことも、リュウにはわかっていた。
シェリーは、自分の身も守れないほど弱くはない。それはリュウも認めている。
――けれど…………でも……。
亜人種であるというその事実が、リッキーの心配を刺激することもよくわかっていた。シェリーの意思に反して、自由を制限してしまっていることも。
「……まぁ、その話はまた、リッキーとシェリーを交えてでもしてみるよ」
「そうかよ。じゃあ、とりあえずその施設には俺を含めた、三部隊のトップスリーが行くってことでいいな?」
ユウタはシェリーの話にさっさと興味を失くし、さっそく作戦の話に移る。
「えっ、トップスリーってまさか……」
しかし、リュウの顔は計らずも引きつった。
「俺とリンリンとドミニクの三人だ」
「…………ドミニクかぁ」
そう思ってしまう。三部隊の中で三番目に強いリンリンはともかく、ドミニクは何というのか、会話のまるで成立しない男だった。
「……あいつを連れて行って大丈夫なのか? ……その、トラブルになったりしないのか?」
「トラブル? なんで?」
ユウタは心の底から不思議そうな顔をしている。
この、どんな人間でも嫌な顔一つせず、ありのままに受け入れることのできる器のでかさには脱帽してしまうが、ユウタの周りの人間がみんな、ユウタのような考え方ができるとは思えない。変わり者の多い三部隊の中でさえ浮いた存在であるドミニクのことが、リュウは以前から少し気がかりだった。
「あいつが入れる攻撃部隊はおそらく三部隊だけなんだろうけど…………でも、本当に上手くやれてるのか? あいつが入った時、リンリンともだいぶ揉めたんだろ?」
ドミニクがPPPに入ったのは、まだたった一月ほど前のことになる。
だがリュウの心配をよそに、ユウタは首を横に振った。
「あれは別に揉めてたわけじゃねぇよ。うちでは俺以外の中で一番強い人間が副隊長をやるって決めてたから、その決定戦でリンリンがドミニクに負けた時、リンリンの弟子連中が色々ドミニクに文句を言ってただけだ。……実際、リンリンはドミニクに一言の文句も言ってねぇよ」
リンリンは男女比率がほぼ半々の三部隊において、その女性陣のほとんどを弟子にしているほどの強者だ。本人の強さもさることながら、戦闘術を教えるのがとても上手いのだ。
よって、三部隊では絶大な人気を誇っている。それに比べてドミニクは一人でいるか、ユウタと二人でいるかのどちらかだった。性格的なものだとしても、エリー辺りが文句の一つも言いたくなる気持ちはわからなくもない。
そして、あんなディスコミュニケーションの見本みたいな奴が本当に、この部隊の副隊長を勤めることになったのだった。
――まぁ、実際に隊をまとめているのはユウタでもドミニクでもなく、ほとんどリンリンなんだけどな……。
「……そのリンリンにしても、今回の作戦には協力してくれるもんなのかな」
「何か問題でもあったか?」
「いや、その…………ほら、今回の作戦は言わば、シルバを助けるためのものだから……」
あまり大きな声では言えないが、リンリンと第一攻撃部隊隊長を務めるシルバとの不仲説は、PPP内では割と有名な話だった。廊下ですれ違うような時でさえ、お互いに目一つ合わせないのだ。
「あー…………まぁ、でも問題はないだろう。あいつも、別にシルバが嫌いなわけじゃないだろうしな」
「えっ⁈」
「……何だよ?」
「いや、何でもないんだけど……」
ユウタに睨まれたので口をつぐんだが、その発言にリュウは驚いた。失礼な話ではあるが、ユウタにそんな、他人の心の機微を察する能力があるとは思っていなかった。
「まっ、行くかどうかなんて本人に直接聞けばいいだろ」
ユウタはそう言うと、もう目の前まで来ていた三部隊の部室のドアを開いた。
五つの攻撃部隊にはそれぞれ、アジトの中に訓練場と武器庫と部室が与えられている。訓練場と武器庫はともかく、部室はそれぞれの隊によってその使い方が大きく異なっていた。男しかいない一部隊は更衣室として使い、二部隊は潜入調査をした際の資料置き場として使い、四部隊は訓練の合間におやつを食べたり休んだりする休憩所に使い、五部隊は武器庫に納まりきらない武器のための、二つ目の武器庫として使っている。
そして三部隊では主に、ユウタの遊び場として使われていた。
まるで子ども部屋のような明るい色のカラーマットが敷かれ、両脇に並ぶ棚にはこれでもかという量の様々なゲームが入れられている。テレビゲームや携帯ゲームの他に、ボードゲームやカードゲームなどもあり、もちろんユウタ以外の三部隊の人間もよく遊んでいる。そして三部隊以外の人間が遊びに来ることも多々あり、趣味一つなく働いているアサイチの手前、大っぴらに言うことはできないが、リュウもよく仕事の息抜きとしてここを訪れていた。
靴を脱いで入っていくユウタに続いて部屋に上がったリュウは、しかしすぐに不可解なものを発見する。
「……なんだ、これ」
部屋の中央に居座っているのは、大きな布団だった。人間の頭も足も見えないが、丸く膨らんでいる。
リュウが指を差すと、ユウタは平然と答えた。
「それはリンリンだ」
「えっ、リンリン? ……リンリンが、中で寝てるのか?」
言われてみれば、布団が上下に動き、呼吸をしているようだった。
「でも、なんで、こんなところで……」
言いかけたところで、奥の部屋からとある少女が現れた。
「あー! 隊長様、リーダーさん、待って下さい! 今、準備をしますから!」
黒髪を肩のところまで伸ばした背の低い少女は、その手になぜかティーポットを持っていた。
「えっ? 準備って……」
状況がいまいち読めていないリュウに一切説明することなく、黒髪の少女エリー(スティマール人、十五歳)は後ろを振り返った。
「リペラさん、やっちゃって下さい」
「は~い!」
エリーの背後にいた人物が、元気よく手を上げる。その少女は、金髪のツインテールを振り乱し、エリーの前に躍り出た。
その瞳を輝かせたかと思うと、リュウに向かって両腕を広げてくる。
「リュウちゃ~ん!」
瞬時に防衛本能が働いたリュウは、抱きつこうとしてきた少女の体をひらりとかわした。
簡単な動きではあったが、きれいに避けると少女は何もない方向へ突っ込んでいき、そのまま転がるようにしてこけてしまった。
「あ~ん。ひど~い」
リペラはころんだまま不平を口にするが、その顔は笑っていた。
リュウは呆れつつ、ユウタに顔を向ける。
「何なんだよ。これは……」
「気にすんな。いつものことだ」
「……いつものことだとしても、すごく疲れるんだけど」
リペラがリュウに抱きついてくるのは、確かにいつも通りのことだった。けれど、初めて見る現象が一つ起こっている。
エリーは部屋を二分するような位置にあるカーテンを引いていた。ちょうど、リュウたちとあの布団を分けるような形となる。
「全く、リペラさんはこういう時、全然役に立たないんですから」
ひどい言葉を吐いてから、きっちりとカーテンを閉め、エリーはカーテンの向こう側に消えてしまった。
それを眺めながら、なぜカーテンが引かれたのか、その理由をリュウは考える。一応、少しなら思い当たることがあったのだが、それをのんきに考えている場合ではないことをすっかり忘れていた。
リュウは後ろから抱きつかれる。
「うわっ……!」
「えへへへへ~、捕まえたよ~」
振り向けば、すぐそこに顔があった。エリーと同じく、三部隊所属のリペラ(スティマール人、十六歳)だ。
リペラは嬉しそうな笑顔だった。
「リュウちゃん、久しぶり~。……も~、最近は全然、会いに来てくれないから、寂しかったよ~」
「……なんで、俺がお前に会いに来るんだよ」
「も~、そんなこと言って、つれないんだから~。……でも、そんなところがかわいいんだけどね」
なぜか、そう言って頬っぺをつつかれる。
話の全く通じないリペラを無視して、リュウは助け船を期待するようにユウタを見るが、見るだけ無駄だった。
すでに話に飽きたユウタは、携帯ゲームをやり始めている。
――……本当に頼りにならない奴だな。お前は。
リュウが仕方なくリペラに抱きつかれたまま、一方的に話しかけられる言葉を聞き流すこと、約十分。
ようやく準備は整ったようだった。
そういったことに疎いリュウであっても、この頃にはいい加減、察しがついていた。
いくら攻撃部隊に所属していようとも、女の子は女の子だ。
さすがに寝起きの姿を異性に見られることには抵抗があるのだろう。
カーテンが開けられた時、そこには布団の代わりにちゃぶ台が登場していた。そしてそこに頬杖をついて座っていたのは、寝起きだからなのか、不機嫌そうな顔をしたリンリンだった。
身支度もすっかり整い、髪もいつも通り、頭の上で二つのお団子が作られている。おそらくそれはエリーが手伝ったのだろうが、それだけではなく、この短時間で準備を整え、人数分のお茶までちゃぶ台に並べている辺り、エリーは確かにリペラに比べて有能だった。
もっとも、リュウが部屋の奥に来ないように足止めすることが目的だったのだとすれば、リペラも見事、仕事を達成させていると言えなくもなかったが。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
エリーはちゃぶ台の前に全員を案内し、ユウタもようやくゲームをする手を止めた。
「リンリン、しばらくここで特訓してたんだろ? で、その成果は?」
ユウタはそんな風に切り出した。
リンリンに話しかけながら、エリーの用意した座布団にさっさと腰を据える。
おそらく、この中の他の誰が話しかけても、リンリンは素っ気なく返しただろう。けれど相手がユウタであれば、やはりその態度は違っていた。
リンリンは首の後ろに手を置き、気だるげではあったが、微かに笑っていた。
「……ぼちぼち、というところにゃ。……最近は人の面倒ばかり見てたから、すっかり体がなまってしまってる感は、どうにも否めないにゃ」
独特のにゃ言葉で、リンリンはそうつぶやく。
やはり、決闘でドミニクに負けて副隊長を下ろされたことは、本人もそれなりに気にしているようだった。部室で寝泊まりをしながら特訓しようと思うほどには。
リュウもユウタの隣に座り、淹れてもらったばかりの温かいほうじ茶を口にする。
ちなみに、リュウによって引っぺがされたリペラは、今は大人しくリンリンの隣に座っている。ユウタとリュウの正面に、エリーとリペラに囲まれたリンリンが座っている形だ。
そして意外にも、話の本題に入ったのはリンリンからだった。
リンリンはちらりとリュウの方を見る。
「それで、リュウまで連れてきて、今日は何の用にゃ?」
普段通りにしているつもりだったが、リンリンは何かを感じ取っていたらしい。
リュウも、それならば話が早いと思う。
「あぁ、実はな……」
リンリンは、リュウがする話を黙って聞いていた。後半部分に入ると、その表情はやはり歪んでいってしまったが。
「つまり…………あのクソ親父を助けに行くということにゃ?」
作戦の概要を聞き終えると、リンリンはその部分を強調した。
リンリンは攻撃部隊に所属する女性陣の中でも、おそらく最も優れた身体能力を有している。
リンリンは否定するかもしれないが、それは間違いなく、父親である第一攻撃部隊隊長、化け物とも称されるシルバの血がその体に流れているが故だった。
しかしやはり、噂通りにリンリンとシルバの親子仲は良くないようだ。
「嫌か?」
ユウタはちゃぶ台の上に携帯ゲーム機を置き、話半分に片手でゲームをしていた。
けれどユウタがそう聞くと、リンリンの表情は緩む。口元に小さな笑みすら浮かべ、ゆっくりと首を横に振った。
「……いや、別にいいのにゃ。……隊長とドミニクと私がいれば、これくらいの作戦、うーにゃらほいほいにゃ」
「は? 何て?」
リュウは聞き慣れない言葉に眉を寄せる。
代わりにユウタが通訳をした。
「お茶の子さいさいだとさ」
「そういう意味なのか……⁈」
リンリンの謎の言葉はさておき、話はこれで片付いた。――と思った、矢先のことだった。
「はい! はい! それなら私も一緒に行きたい!」
リペラが勢いよく手を挙げた。
「えっ……」
リュウはちょっと驚く。だが、それ以上に目を見開いて驚いたのは、リペラの相棒のエリーだった。
「ちょっ、ちょっとリペラさん! これは遊びじゃないんですよ⁈」
「わかってるよ! だからこそだもん! 危険ならなおさら、一緒に行ってリュウちゃんやししょーの力になるんだもん!」
「そっ、それなら私だって、お師匠様の力になりたいとは思いますけど……」
エリーはちらりとリンリンの様子をうかがう。
リンリンは興味なさげにぼんやりとしており、弟子たちの言うことに我関せずという様子だった。
それを目にしたエリーは、すかさず自分も手を挙げた。
「そっ、それなら私も行きたいです! 行って、お師匠様の力になります!」
「えー……」
止めるはずのエリーがリペラの提案に乗ってしまったことで、話はおかしな方向に転がり出していた。
リュウは困惑し、ユウタの方に顔を向ける。
「どうするんだよ、これ……」
「別に、邪魔にならないなら俺はついて来ても構わないけどな。……どうだ、リンリン」
ユウタに話を振られ、リンリンは肩を竦めた。そして、気だるげに一言だけつぶやく。
「邪魔だからついて来たらダメにゃ」
「うぐっ……」
エリーは痛むらしい胸をおさえた。
「え~~~~…………そんな、ししょ~~~~」
リペラはリンリンの腕に抱きつくが、リンリンはその頭を掴んですぐに押しのけてしまう。
ともかく、師匠に一刀両断されたことで、二人は揃って落胆していた。二人とも不満ありありという顔をしていたが、リンリンに拒否されてしまっては仕方なく、きちんと引き下がった。
こうしてとりあえず、ゴーストケット村に行くメンバーが決定したのだった。
目の前のベッドには美しい少女が眠っており、静かな寝息を立てている。
数秒間、その寝顔を見つめ、顔色が良くなっていることを確認すると、ユウタはあっさりと席を立った。
サイレントモードにしていたゲームの電源を切りながら、病室のカーテンを開ける。
だがそこで、見知った顔の人間が二人、息を切らして立っているのを見つけると、ユウタは鬱陶しそうに首を傾げた。
「……お前ら、そんなところで何やってるんだ?」
「何って……」
リュウは顔を歪め、その前にいるアサイチは肩で息をしながら叫んだ。
「お前っ! 何、勝手に一人で抜け駆けしてんだよ! 自分だけ、モエギのお見舞いなんかしやがって!」
「はぁ?」
アサイチに胸倉を掴まれたことで、ユウタも険しい顔付きに変わる。
「何、言ってんだ、お前。……お前がくだらねぇことにかまけてたから、モエギの体調不良に気づかなかっただけだろ? ……それで俺に八つ当たりとか、頭わいてんじゃねぇのか?」
「なっ…………俺は仕事が忙しかったんだから、仕方ないだろ⁈ ……遊んでばっかいるお前とは違うんだよ!」
「へぇー、言い訳に必死だな。俺と違って要領悪いのを理由にすれば、視野が狭いのも正当化できるってわけだ」
「言いやがったな! この野郎!」
「お前ら、いい加減にしろよ! ここは一応、病し……」
そう言いかけたところで、リュウは背後の気配に気づき、ハッとして後ろを振り返った。
するとそこには、怖い笑みを浮かべるヴィンセントが立っていた。
リュウは急激に顔を引きつらせる。
「ヴィンセント…………あっ、いや、えっと、これは……」
「ここは病室です」
ヴィンセントは端正な顔をぐっとリュウに近づけ、そして――。
バタンッ、と病室のドアは堅く閉ざされた。
つまみ出されたリュウとユウタが、仲良く廊下に並んだ形で。
「……は? なんで、俺が?」
ユウタが不愉快そうにつぶやく。
「……お前はアサイチと一緒になって騒いでたけど、むしろ…………なんで俺が?」
この場合、一番うるさかったアサイチがなぜ免除されたのか、の方が謎かもしれなかった。
――まぁ、アサイチはユウタとさえいなければ割と常識的な人間ではあるけれど……。
しかし、ユウタは納得いかなかったのか、すぐさま病室のドアノブを掴んだ。
「こうなったら、文句言ってきてやる」
「それはやめとけ!」
ヴィンセントは普段は温厚な青年だが、患者のこととモエギのことになると、その冷静さを若干欠如する一面がある。今回はそのダブルコンボであり、これ以上、逆鱗に触れるのは危険な行いだった。医療班の要である彼の不興を買うことは、色んな意味で恐ろしいことなのである。
だからユウタの肩を掴んだリュウは、慌てて話題を逸らした。
「それよりもユウタ、ちょうどお前に話があったんだよ」
「はぁ? 話?」
ユウタは不機嫌さを隠そうともしなかったが、リュウの話に耳を傾けるぐらいの冷静さは持ち合わせていた。
廊下を並んで歩きながら、リュウはさっきアサイチやマホと話し合って決めたことを、ユウタに聞かせていた。
「つまり俺に、その制御施設を壊してきて欲しいってことか」
「……それは、ちょっと違うかな」
壊されても困るのだ。
「目的は制御施設の掌握だ。ゴーストケット村を囲っている電磁波を止め、そのうえで、できることなら…………それがハロイン・ファミリーの連中には伝わらないようにして欲しい」
ユウタはそれに、目を細めた。
「……ふーん。つまり、落としたあとも平常通り運転しているように見せかけて欲しいんだな? 別にいいけど…………随分と弱腰だな」
「は?」
リュウはアサイチほど、いちいちユウタの言うことにつっかかったりはしない。けれど、今の言葉にはリュウでも引っかかりを覚えた。
「今は村の人や一部隊の安全が最優先なんだから、戦いを避けるのは当たり前のことだろ?」
ユウタは、人の心を見透かすような目をリュウに向けていたが、結局は何も言わなかった。
リュウは内心それにイライラとしながらも、口をつぐんだ。
――言いたいことがあるのなら、はっきり言えばいいだろ……。
それなりに長い間、幼馴染をやっていれば、ユウタが本当に話そうとしないことは、いくら言っても話さないことはわかってくる。
リュウはゆっくりと息を吐いた。一度クールダウンをし、自分の方が大人にならなければと思う。それはユウタを相手にする際、多くの場合で自分に言い聞かせなければならない言葉だった。
しかし、ユウタに話を断るつもりはなかったらしく、いきなり話は本題に戻った。
「じゃあ、少数精鋭で行くのがいいな。……三人でいいか?」
「えっ、いや、いいけど…………いいのか?」
話が戻ったこと以上に、その人数に驚く。
だが、ユウタはあっさりとうなずいた。
「問題ねぇよ。そんな施設一つ落とすことぐらい、本当なら俺一人でも十分なくらいだ。……でもまぁ、念のためにあと二人だけは連れて行ってやる」
なぜか偉そうにそう言った。
少ないとは思うが、ユウタがそう言うのなら、それで事足りるのだろう。
「そうか、わかった。…………あっ、そういえばユウタ、シェリーはどうしてる?」
リュウは自然な話の流れで、その名前を出したつもりだった。
けれどユウタは訝しむような顔をする。
「シェリー? ……は最近、見てないな。……あいつはライオンの亜人種だから、生肉に囲まれて生活してると、たまに食べたくてたまらなくなるらしい。だから、最近は部屋に閉じこもってたはずだ。で、それがどうしたんだ?」
「いや、元気にしてるならそれでいいんだけど……。ってか、人間を生肉って言うなよ。何気に怖い話だな」
「ごくたまにだよ」
ユウタはあっさりとそう言う。
亜人種であるシェリーの個性を、何でもないことのように受け止めていた。
――そこが…………ユウタのすごいところでもあるんだよな……。
世界中で迫害を受けてきた亜人種の人々。
そんな彼らが普通の人間に警戒心を持つのは当然のことであり、心を開くことさえ難しいはずだった。けれど、ユウタのこの気質もあってか、PPPにいる三人の亜人種のうちの一人、シェリーは三部隊で上手くやっているようだ。
ユウタは話題に出たのでついでに、という風に口にする。
「何なら、シェリーも連れてくか?」
だが、リュウはすぐに首を横に振った。
「いや、まさか。……リッキーと約束したんだよ。シェリーを亜人種関係で危険な場所にはやらないって」
そう言うと、ユウタもすぐに合点がいったようだった。
「あぁ、暗号班にいるシェリーの父親か」
人間以外の姿へと変身してしまう亜人種の血は、確実に遺伝する。そのため、父親か母親のどちらかが亜人種であれば、その子どもも必ず亜人種として生まれてくる。だから、リッキーが普通の人間であるところを見ると、どうやら亡くなった母親の方が亜人種であったらしい。
それでももちろん、父親であれば子どもを取り巻く世界がどういうものかは見えているはずだ。だからなのかはわからないが、リッキーは過保護というのか、少し親バカなところがあった。
その度合いが大きいのは、シェリーが事あるごとに口げんかをしていることからもわかる。
シェリーもその親バカぶりには手を焼いているようだった。
リュウが苦笑する一方、ユウタは頭の後ろで腕を組み、隊長として当然とも言えそうなことをつぶやいた。
「でも、もったいない話だな。……あいつはうちの部隊の中でも五本の指に入る実力者なのに、活躍する機会が制限されるっていうのも」
ユウタの言い分がある意味では正しいことも、リュウにはわかっていた。
シェリーは、自分の身も守れないほど弱くはない。それはリュウも認めている。
――けれど…………でも……。
亜人種であるというその事実が、リッキーの心配を刺激することもよくわかっていた。シェリーの意思に反して、自由を制限してしまっていることも。
「……まぁ、その話はまた、リッキーとシェリーを交えてでもしてみるよ」
「そうかよ。じゃあ、とりあえずその施設には俺を含めた、三部隊のトップスリーが行くってことでいいな?」
ユウタはシェリーの話にさっさと興味を失くし、さっそく作戦の話に移る。
「えっ、トップスリーってまさか……」
しかし、リュウの顔は計らずも引きつった。
「俺とリンリンとドミニクの三人だ」
「…………ドミニクかぁ」
そう思ってしまう。三部隊の中で三番目に強いリンリンはともかく、ドミニクは何というのか、会話のまるで成立しない男だった。
「……あいつを連れて行って大丈夫なのか? ……その、トラブルになったりしないのか?」
「トラブル? なんで?」
ユウタは心の底から不思議そうな顔をしている。
この、どんな人間でも嫌な顔一つせず、ありのままに受け入れることのできる器のでかさには脱帽してしまうが、ユウタの周りの人間がみんな、ユウタのような考え方ができるとは思えない。変わり者の多い三部隊の中でさえ浮いた存在であるドミニクのことが、リュウは以前から少し気がかりだった。
「あいつが入れる攻撃部隊はおそらく三部隊だけなんだろうけど…………でも、本当に上手くやれてるのか? あいつが入った時、リンリンともだいぶ揉めたんだろ?」
ドミニクがPPPに入ったのは、まだたった一月ほど前のことになる。
だがリュウの心配をよそに、ユウタは首を横に振った。
「あれは別に揉めてたわけじゃねぇよ。うちでは俺以外の中で一番強い人間が副隊長をやるって決めてたから、その決定戦でリンリンがドミニクに負けた時、リンリンの弟子連中が色々ドミニクに文句を言ってただけだ。……実際、リンリンはドミニクに一言の文句も言ってねぇよ」
リンリンは男女比率がほぼ半々の三部隊において、その女性陣のほとんどを弟子にしているほどの強者だ。本人の強さもさることながら、戦闘術を教えるのがとても上手いのだ。
よって、三部隊では絶大な人気を誇っている。それに比べてドミニクは一人でいるか、ユウタと二人でいるかのどちらかだった。性格的なものだとしても、エリー辺りが文句の一つも言いたくなる気持ちはわからなくもない。
そして、あんなディスコミュニケーションの見本みたいな奴が本当に、この部隊の副隊長を勤めることになったのだった。
――まぁ、実際に隊をまとめているのはユウタでもドミニクでもなく、ほとんどリンリンなんだけどな……。
「……そのリンリンにしても、今回の作戦には協力してくれるもんなのかな」
「何か問題でもあったか?」
「いや、その…………ほら、今回の作戦は言わば、シルバを助けるためのものだから……」
あまり大きな声では言えないが、リンリンと第一攻撃部隊隊長を務めるシルバとの不仲説は、PPP内では割と有名な話だった。廊下ですれ違うような時でさえ、お互いに目一つ合わせないのだ。
「あー…………まぁ、でも問題はないだろう。あいつも、別にシルバが嫌いなわけじゃないだろうしな」
「えっ⁈」
「……何だよ?」
「いや、何でもないんだけど……」
ユウタに睨まれたので口をつぐんだが、その発言にリュウは驚いた。失礼な話ではあるが、ユウタにそんな、他人の心の機微を察する能力があるとは思っていなかった。
「まっ、行くかどうかなんて本人に直接聞けばいいだろ」
ユウタはそう言うと、もう目の前まで来ていた三部隊の部室のドアを開いた。
五つの攻撃部隊にはそれぞれ、アジトの中に訓練場と武器庫と部室が与えられている。訓練場と武器庫はともかく、部室はそれぞれの隊によってその使い方が大きく異なっていた。男しかいない一部隊は更衣室として使い、二部隊は潜入調査をした際の資料置き場として使い、四部隊は訓練の合間におやつを食べたり休んだりする休憩所に使い、五部隊は武器庫に納まりきらない武器のための、二つ目の武器庫として使っている。
そして三部隊では主に、ユウタの遊び場として使われていた。
まるで子ども部屋のような明るい色のカラーマットが敷かれ、両脇に並ぶ棚にはこれでもかという量の様々なゲームが入れられている。テレビゲームや携帯ゲームの他に、ボードゲームやカードゲームなどもあり、もちろんユウタ以外の三部隊の人間もよく遊んでいる。そして三部隊以外の人間が遊びに来ることも多々あり、趣味一つなく働いているアサイチの手前、大っぴらに言うことはできないが、リュウもよく仕事の息抜きとしてここを訪れていた。
靴を脱いで入っていくユウタに続いて部屋に上がったリュウは、しかしすぐに不可解なものを発見する。
「……なんだ、これ」
部屋の中央に居座っているのは、大きな布団だった。人間の頭も足も見えないが、丸く膨らんでいる。
リュウが指を差すと、ユウタは平然と答えた。
「それはリンリンだ」
「えっ、リンリン? ……リンリンが、中で寝てるのか?」
言われてみれば、布団が上下に動き、呼吸をしているようだった。
「でも、なんで、こんなところで……」
言いかけたところで、奥の部屋からとある少女が現れた。
「あー! 隊長様、リーダーさん、待って下さい! 今、準備をしますから!」
黒髪を肩のところまで伸ばした背の低い少女は、その手になぜかティーポットを持っていた。
「えっ? 準備って……」
状況がいまいち読めていないリュウに一切説明することなく、黒髪の少女エリー(スティマール人、十五歳)は後ろを振り返った。
「リペラさん、やっちゃって下さい」
「は~い!」
エリーの背後にいた人物が、元気よく手を上げる。その少女は、金髪のツインテールを振り乱し、エリーの前に躍り出た。
その瞳を輝かせたかと思うと、リュウに向かって両腕を広げてくる。
「リュウちゃ~ん!」
瞬時に防衛本能が働いたリュウは、抱きつこうとしてきた少女の体をひらりとかわした。
簡単な動きではあったが、きれいに避けると少女は何もない方向へ突っ込んでいき、そのまま転がるようにしてこけてしまった。
「あ~ん。ひど~い」
リペラはころんだまま不平を口にするが、その顔は笑っていた。
リュウは呆れつつ、ユウタに顔を向ける。
「何なんだよ。これは……」
「気にすんな。いつものことだ」
「……いつものことだとしても、すごく疲れるんだけど」
リペラがリュウに抱きついてくるのは、確かにいつも通りのことだった。けれど、初めて見る現象が一つ起こっている。
エリーは部屋を二分するような位置にあるカーテンを引いていた。ちょうど、リュウたちとあの布団を分けるような形となる。
「全く、リペラさんはこういう時、全然役に立たないんですから」
ひどい言葉を吐いてから、きっちりとカーテンを閉め、エリーはカーテンの向こう側に消えてしまった。
それを眺めながら、なぜカーテンが引かれたのか、その理由をリュウは考える。一応、少しなら思い当たることがあったのだが、それをのんきに考えている場合ではないことをすっかり忘れていた。
リュウは後ろから抱きつかれる。
「うわっ……!」
「えへへへへ~、捕まえたよ~」
振り向けば、すぐそこに顔があった。エリーと同じく、三部隊所属のリペラ(スティマール人、十六歳)だ。
リペラは嬉しそうな笑顔だった。
「リュウちゃん、久しぶり~。……も~、最近は全然、会いに来てくれないから、寂しかったよ~」
「……なんで、俺がお前に会いに来るんだよ」
「も~、そんなこと言って、つれないんだから~。……でも、そんなところがかわいいんだけどね」
なぜか、そう言って頬っぺをつつかれる。
話の全く通じないリペラを無視して、リュウは助け船を期待するようにユウタを見るが、見るだけ無駄だった。
すでに話に飽きたユウタは、携帯ゲームをやり始めている。
――……本当に頼りにならない奴だな。お前は。
リュウが仕方なくリペラに抱きつかれたまま、一方的に話しかけられる言葉を聞き流すこと、約十分。
ようやく準備は整ったようだった。
そういったことに疎いリュウであっても、この頃にはいい加減、察しがついていた。
いくら攻撃部隊に所属していようとも、女の子は女の子だ。
さすがに寝起きの姿を異性に見られることには抵抗があるのだろう。
カーテンが開けられた時、そこには布団の代わりにちゃぶ台が登場していた。そしてそこに頬杖をついて座っていたのは、寝起きだからなのか、不機嫌そうな顔をしたリンリンだった。
身支度もすっかり整い、髪もいつも通り、頭の上で二つのお団子が作られている。おそらくそれはエリーが手伝ったのだろうが、それだけではなく、この短時間で準備を整え、人数分のお茶までちゃぶ台に並べている辺り、エリーは確かにリペラに比べて有能だった。
もっとも、リュウが部屋の奥に来ないように足止めすることが目的だったのだとすれば、リペラも見事、仕事を達成させていると言えなくもなかったが。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
エリーはちゃぶ台の前に全員を案内し、ユウタもようやくゲームをする手を止めた。
「リンリン、しばらくここで特訓してたんだろ? で、その成果は?」
ユウタはそんな風に切り出した。
リンリンに話しかけながら、エリーの用意した座布団にさっさと腰を据える。
おそらく、この中の他の誰が話しかけても、リンリンは素っ気なく返しただろう。けれど相手がユウタであれば、やはりその態度は違っていた。
リンリンは首の後ろに手を置き、気だるげではあったが、微かに笑っていた。
「……ぼちぼち、というところにゃ。……最近は人の面倒ばかり見てたから、すっかり体がなまってしまってる感は、どうにも否めないにゃ」
独特のにゃ言葉で、リンリンはそうつぶやく。
やはり、決闘でドミニクに負けて副隊長を下ろされたことは、本人もそれなりに気にしているようだった。部室で寝泊まりをしながら特訓しようと思うほどには。
リュウもユウタの隣に座り、淹れてもらったばかりの温かいほうじ茶を口にする。
ちなみに、リュウによって引っぺがされたリペラは、今は大人しくリンリンの隣に座っている。ユウタとリュウの正面に、エリーとリペラに囲まれたリンリンが座っている形だ。
そして意外にも、話の本題に入ったのはリンリンからだった。
リンリンはちらりとリュウの方を見る。
「それで、リュウまで連れてきて、今日は何の用にゃ?」
普段通りにしているつもりだったが、リンリンは何かを感じ取っていたらしい。
リュウも、それならば話が早いと思う。
「あぁ、実はな……」
リンリンは、リュウがする話を黙って聞いていた。後半部分に入ると、その表情はやはり歪んでいってしまったが。
「つまり…………あのクソ親父を助けに行くということにゃ?」
作戦の概要を聞き終えると、リンリンはその部分を強調した。
リンリンは攻撃部隊に所属する女性陣の中でも、おそらく最も優れた身体能力を有している。
リンリンは否定するかもしれないが、それは間違いなく、父親である第一攻撃部隊隊長、化け物とも称されるシルバの血がその体に流れているが故だった。
しかしやはり、噂通りにリンリンとシルバの親子仲は良くないようだ。
「嫌か?」
ユウタはちゃぶ台の上に携帯ゲーム機を置き、話半分に片手でゲームをしていた。
けれどユウタがそう聞くと、リンリンの表情は緩む。口元に小さな笑みすら浮かべ、ゆっくりと首を横に振った。
「……いや、別にいいのにゃ。……隊長とドミニクと私がいれば、これくらいの作戦、うーにゃらほいほいにゃ」
「は? 何て?」
リュウは聞き慣れない言葉に眉を寄せる。
代わりにユウタが通訳をした。
「お茶の子さいさいだとさ」
「そういう意味なのか……⁈」
リンリンの謎の言葉はさておき、話はこれで片付いた。――と思った、矢先のことだった。
「はい! はい! それなら私も一緒に行きたい!」
リペラが勢いよく手を挙げた。
「えっ……」
リュウはちょっと驚く。だが、それ以上に目を見開いて驚いたのは、リペラの相棒のエリーだった。
「ちょっ、ちょっとリペラさん! これは遊びじゃないんですよ⁈」
「わかってるよ! だからこそだもん! 危険ならなおさら、一緒に行ってリュウちゃんやししょーの力になるんだもん!」
「そっ、それなら私だって、お師匠様の力になりたいとは思いますけど……」
エリーはちらりとリンリンの様子をうかがう。
リンリンは興味なさげにぼんやりとしており、弟子たちの言うことに我関せずという様子だった。
それを目にしたエリーは、すかさず自分も手を挙げた。
「そっ、それなら私も行きたいです! 行って、お師匠様の力になります!」
「えー……」
止めるはずのエリーがリペラの提案に乗ってしまったことで、話はおかしな方向に転がり出していた。
リュウは困惑し、ユウタの方に顔を向ける。
「どうするんだよ、これ……」
「別に、邪魔にならないなら俺はついて来ても構わないけどな。……どうだ、リンリン」
ユウタに話を振られ、リンリンは肩を竦めた。そして、気だるげに一言だけつぶやく。
「邪魔だからついて来たらダメにゃ」
「うぐっ……」
エリーは痛むらしい胸をおさえた。
「え~~~~…………そんな、ししょ~~~~」
リペラはリンリンの腕に抱きつくが、リンリンはその頭を掴んですぐに押しのけてしまう。
ともかく、師匠に一刀両断されたことで、二人は揃って落胆していた。二人とも不満ありありという顔をしていたが、リンリンに拒否されてしまっては仕方なく、きちんと引き下がった。
こうしてとりあえず、ゴーストケット村に行くメンバーが決定したのだった。
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