PPP

中村なっちゃん

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第一章 ハンドリーツ編

エピローグ 新たな始まり

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 短いようで長かった戦いが終わり、ハンドリーツの町にも、ようやく夜明けが訪れようとしていた。
 東の空が白み、眩しい太陽が頭の先を覗かせる。
 リュウはハンドリーツ城の城壁の上から、その様子を眺めていた。
 下では今も、PPPの仲間たちが傷ついた者の手当てや、ボール人間にされてしまった人たちの処置や、町の住人たちへの説明に追われている。本来であれば、それにはリュウも加わるべきなのだろうが、怪我人は一旦、全員が休憩を取ることになったのだ。
 リュウは脱力し、城壁に寄りかかる。
 今は休めていても、仕事は山積みだった。これから、この町の自治について話し合い、ハロイン・ファミリーに再び侵略されないよう、何かしらの防衛システムを築かねばならない。
 そして何よりも、これからPPPがハロイン・ファミリーとどう戦っていくのかを、決めなくてはならなかった。
「一難去ってまた一難、というか…………これからも戦いは続いていくんだから、仕方のない話なんだけどな……」
 眉間に寄るしわを、リュウは指でおさえた。
 ハンドリーツの攻略は、まだ始まりに過ぎない。ハンドリーツのように、強大な力によって押さえ付けられている町は、今も世界中にあるのだ。
 その全てを解放することこそが、PPPの存在理由だった。
「まだまだ、気合い入れなきゃだな」
 リュウは体を起こし、空に向かって大きく伸びをした。
「うっ……」
 しかし、それだけの動きであっても、リュウの体には地味に痛みが走った。動きが、腕を上げたままの状態で固まる。
 リュウが負った傷も決して、浅いものではなかった。今頃、組み立て式簡易ベッドを抜け出したことがバレて、仲間の誰かが探しているかもしれない。
 それでも今回、この争いによって怪我をした者は多くいても、味方と町の人間に一人の死者も出なかったことは、リュウが何よりもほっとした事実だった。
 ボール人間にされてしまった人たちも、後遺症などの心配もなく、元の人間の姿に戻れるそうだ。
 ――今回の戦いには功労者がいっぱいだな。特効薬を完成させてくれたモエギもそうだし、モエギを守ってくれたアサイチ、敵を引き付けてくれたユウタと三部隊、危険な城の正面での戦いを引き受けてくれたクリアと四部隊、ハンドリーツ城を調べ上げてくれたテツと二部隊、チャールズを倒したソングと五部隊、ケビンにも助けられたし、それに……。
「リュウさん」
 考え事をしていると、後ろからそう声をかけられた。
 自分が入ってきた場所でもある、レンガ造りの入口へ視線を向け、リュウは目を丸くした。
「アンナ? ……こんなところで何やってんだよ。まだ、ベッドで寝てた方がいいぞ」
「それはリュウさんも同じだと思いますけど……。でも、すみません。私は何だか眠れなくて」
 アンナは力なく笑った。
 髪も服もすっかり乾いたようだったが、ワンピースだけでは寒いのか、薄い毛布を肩にかけていた。
 そして止める間もなく、アンナは小走りでリュウの隣までやって来ると、そこから朝日に染まるハンドリーツの町を眺める。その瞳が輝いた。
「うわぁー、きれいですね」
「えっ、あぁ、まぁ……」
 一人で考え事がしたかっただけで、別にきれいな景色を見るためにここに立っていたわけではない。なので、アンナの純粋な反応に、どう返したらいいのかわからなかった。
 アンナは目を細め、愛おしむように微笑んでいる。
「私…………良かったです。みんなを救うことができて。……助けたかったのは村のみんなだけだったはずなのに、結果的にはもっとたくさんの人を助けることができて、本当に良かったって、そう思うんです」
 リュウはアンナの横顔を見つめた。
 以前とは、初めてアンナと言葉を交わしたあの時とは、全く別人のように変わっている。
 ――いつから、こんな強さを秘めた横顔をするようになったのだろう。…………変わったのだろうか。ボール人間になってしまった人たちを救ったことによって。
 じっと見つめていると、その視線に気づいたアンナが頬を赤く染め、リュウを上目遣いに見返してきた。
「なっ、何ですか?」
「いや、何でもないけど…………でも確かに、今回はアンナに結構助けられたな」
 同時に、ピンチに追い込まれてもいるのだが、それは言わないでおいてあげることにした。
 ――どっちにしろ、女の子一人に戦況を左右される組織ってヤバイよな……。これからの課題にしないと……。
 重いため息を吐き出しそうになったところで、しかし、アンナが赤い顔のまま、リュウの服の袖をギュッと掴んだ。
「あっ、あの、リュウさん! ……じゃあ私を、PPPの仲間にしてくれますか⁈」
「えっ?」
 リュウの目が点になり、アンナはそれを目にすると急激に、さらに顔を真っ赤にした。
 顔を覆って、その場にしゃがみ込む。
「えっ⁈ おっ、おい、アンナ⁈」
「うわぁぁぁ―――――――! 忘れて下さい! 忘れて下さい! ……ちょっと、浮かれ過ぎていたんです! リュウさんがそんな言葉、覚えているはずもないのに!」
「いっ、いや、覚えてるよ! あの、カルチェ・アービンに入る前に、アンナが言ってたことだろ⁈」
 リュウは慌てて言い連ねる。
 アンナの言ったことを、忘れていたわけではない。ただ、あれからあとのことがあまりにも目まぐるしかったために、少し、頭の隅に追いやってはいた。
 もちろん、そんなことをアンナ本人にはとても言えないが。
 リュウは顔を引きつらせ、必死に弁明した。
「おっ、覚えてはいたけど、その、あんな状況だったし、アンナもその、その場のノリというか、空気感で、ああ言っただけだったかもしれないし……」
 PPPには色んな人間がいる。攻撃部隊の隊長や頭脳班の班長は全員、リュウが直々にスカウトした人間だが、その脇を固める者の中には、その隊長や班長に惹かれてやって来たという者も多い。そしてアンナのように、自分の村や町が四大国家からの被害を受け、少しでもリュウたちに協力したいという思いで、PPPに入ってくれた者も少なくはない。
 けれどそれは、自ら危険の中に身を置くということでもあった。
 PPPの中には、頭脳労働を主とする頭脳班や、組織内で全員分の家事を担っている家事班というところに所属する戦えない人たちが、確かに存在する。だが彼ら彼女らも、この組織にいることで危険な目に遭う可能性があることは、重々承知している。
 だからこそ、組織に入ることをおいそれとは勧められなかった。
 特に、アンナのように何の力も持っていない少女には。
「…………違います」
 けれどそうつぶやいて、アンナはようやく、少しだけ顔を上げる。
 その顔はまだ赤く、若干涙目になっていたけれど、声はしっかりとしていた。
「……ノリとか、そういうのじゃないです。……私はただ、リュウさんの力になりたいんです」
 アンナは立ち上がり、恥ずかしそうにしながらもリュウを見上げた。
 それは強さを抱いた瞳だった。
 敵と戦う力を何も持っていなくても、戦おうという意志を感じられた。
 何かのために、誰かのために戦おうという、強い意志を。
 ――誰かのために………………ん?
「…………俺のために?」
 ふと、我に返って聞き返すと、聞いた瞬間、アンナはわなわなと口元を震わせて、再び顔を覆い、ダンゴムシのように丸まってしまった。
「すっ、すみませんっ! 言い間違えました‼ ……そのっ、皆さんの力になりたいって、そっ、そういう意味です!」
「いや、別にいいんだけどさ…………なんで、そこまで全力で恥ずかしがるんだ?」
 しかもなぜか、そのままの状態でしゃべり出してしまう。
「あっ、あの、私、その、戦ったりとかは全然できませんし……頭も、全然良くないんです。でも、家事ならそれなりにできますから…………えっと、だから、その、役に立ちたいんです! こんな私でも皆さんのように、この世界を変えたいって、そう思ったんです! だっ、だから、もし、お邪魔でなければ……ですけど…………」
 アンナは顔を覆い隠したまま、チラリと指の隙間からリュウの反応をうかがう。
 アンナの言動は正直、よくわからないことも多かった。けれどそれが、精一杯勇気を振り絞って発せられた言葉であることはわかる。
 ――それでも簡単に、ОKとか出さない方がいいんだろうけどな……。
 リュウはそう思いながらも、口元では小さく笑っていた。
 答えはもう、リュウの中で出てしまっていた。
「……未成年の加入は、大人連中があまりいい顔をしないんだ。こんな世界と戦うのは、自分たち大人の役割であるべきだって、思ってるみたいだから。……でも俺は、俺自身がまだ子どもと呼ばれるような年齢だからっていうのもあるんだろうけど、そういうことにはあまりこだわってないんだ」
 アンナが顔を上げる。
 そのまん丸な瞳に向かって、リュウは告げた。
「俺は、自分の仲間は命がけで守る。仲間のためなら、平気で盾になることだってできる。……まぁ、それは今までとそんなに変わらないかもしれないけど、つまり、お前のことは俺が守るよ。だから、この世界を変えるために協力してくれるか? アンナ」
 アンナの瞳は大きく見開かれ、そして、涙ぐんだ。
 リュウからアンナに、手が差し伸べられる。けれどその手はふいに丸まって、拳の形に変わった。
 それにアンナは一瞬驚き、それから、笑みが顔いっぱいに広がった。
 拳と拳が、軽くぶつかり合う。
「はい……よろしくお願いします! リュウさん!」
 こうして、PPPには新たな仲間が一人加わった。
 そしてハンドリーツには、その後も長く続く平和が訪れたのだった。
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