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第一章 ハンドリーツ編
6.ハンドリーツの住人(リュウサイド)
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ハンドリーツに来て、早一週間ほどが経とうとしていた。
そんなある日のことである。
曇天の空の下、いつもより冷たい風が吹きすさぶハンドリーツの外れで、リュウとアンナはコートをおさえながら歩いていた。町の中心部で一仕事終えてきた帰り道でのことだった。
その道の途中で、もはや見慣れてしまった派手なクレープ屋のキッチンカーが停まっているのを見つける。
店から顔を出した男は、リュウを見ると頭にかぶっていた帽子を上げた。
「やぁ少年、こんなところでデートかい?」
「そういうあんたは暇そうだな。こんなところで売ってたって、買ってくれる相手もいないだろうに」
辺りに人影はなかった。大通りから遠く離れたこんな場所では観光客も歩いておらず、加えてこの寒々しい天気だ。大概の人間が建物の中で過ごしているようだった。
しかし、男は陽気に笑う。
「ハハハッ。買う相手なら今、僕の目の前にいるじゃないか」
この数日ほどで、リュウもアンナもこの男とは随分親しくなっていた。
それでも、男がクレープ生地のボウルを取り出すと、リュウは顔をしかめる。
「おい、そんなものを用意したってもう買わないぞ。ここのクレープはこの数日で、飽きるほど食べてるんだからな」
実際、この人には色々なことを教わっていた。ハンドリーツのことについてはもちろん、ハロイン・ファミリーについての情報もだ。ハロイン・ファミリー専用のレールがどこからどこまで続いているのかも、教えてくれたのはこの人だった。
ただ、感謝はしているものの、もうだいたいの情報を聞き出し終えてしまった以上、クレープをわざわざ買う理由もない。
リュウはもうしばらく、生クリームもチョコレートも見たくない気分だった。
しかし、クレープ屋の男は余裕の笑みを崩さないまま、受け取り口のカウンターの上にドカッと大きな白いバケツを置いた。
「ハハハッ、心配はいらないよ。アイスクリームも始めたからね」
「この寒い国で⁈」
狂気の沙汰とも言える所行に、リュウはドン引きする。
だが男はニコニコと、リュウを手招きしていた。
その様子に、何かを感じた。
リュウは後退ろうとするのをやめ、じっと男のことを見る。
「いいもの、売ってるよ」
リュウとアンナは案内されるままに、クレープ屋のキッチンカーに入った。
男は相変わらず商売熱心で、たまに通りがかる人を見つけては、クレープとアイスクリームを売りつけようとしていた。
「あっ、そこのお兄さーん。クレープ食べないかーい? 今日は新鮮なラズベリーが手に入ったから、ベリーミックスがおすすめ! アイスクリームも始めたよー………あぁ、ダメかー」
車の中、そんな接客をする男の足下で、リュウとアンナはしゃがみ込み、コーンアイスを食べていた。リュウは鮮やかな水色のミントアイスを一口舐め、ブルブルと体を震わせる。
「う~、寒っ! やっぱりアイスクリームは寒い場所で食うもんじゃねぇな」
暖房は一応ついているのだろうが、すぐ後ろの窓が全開になっているので、体感温度はほぼ外と変わらなかった。
「でも甘酸っぱくて、とってもおいしいです!」
アンナは真っ赤なラズベリーアイスを笑顔で頬張る。
外気の寒さも、床からくる冷たさも、さほど気になってはいないようだ。
「ハハハッ、そうだろう。これはうちの自家製でね。元々妻が趣味で作っていたものなんだ。あんまりおいしいものだから、僕もついさっきつまみ食いをしたところだよ」
男はどこか誇らしげにそう言った。
「マジか。さすがに二人とも寒い国の出身なだけはあるなー。俺はユイニー生まれだから、そういう感じは無理だな」
リュウはぶつくさ文句を言いながらも、アイスにかぶりつく。
「……ところで少年、そこのダストボックスの中を見てごらん」
クレープ売りの男は、華麗な手つきでクレープを薄く広げ、焼き上げては皿に移しながら、足下のリュウに向かって話しかけた。
「ダストボックス? これか?」
リュウは手を伸ばし、食材や食器の入った棚の一番下に収められている、大きな黒い箱を引っ張り出す。その中にはお菓子の包み紙や、丸めたティッシュや、破れたビニールなんかが入っていた。リュウはちょっと嫌そうな顔をしながら、その中でも、きれいに四つ折りにされている白い紙を手に取った。
ダストボックスを元の位置に戻してから、リュウは壁に寄りかかってそれを広げる。
横からアンナも覗き込み、声を上げた。
「そっ、それって……!」
リュウも眉間にしわを寄せる。
そこには、栗色の髪をした三つ編みの少女の絵があった。それもかなり上手に、リアルなタッチで描かれており、その下にははっきりと、探していると書かれている。
隣を見ると、アンナは顔を青ざめていた。
それも仕方のないことで、それは明らかに、アンナをモデルとして描かれた絵だったのだ。
「とりあえず、これをかぶってろ。髪も解けよ」
「はっ、はい」
リュウは自分がかぶっていたキャップ帽をアンナの頭の上に乗せる。アンナも三つ編みにしていた髪を解いた。
クレープ売りの男はさらに、朗らかにつぶやいた。
「ちなみに、フードをかぶった背の低い少年も探しているそうだよ」
「へぇー、そうかい。俺がもしその少年だったら、いつまでも同じ格好をしているようなバカな真似はしないけどね」
リュウが皮肉たっぷりに言うと、男は楽しそうに声を上げて笑った。
リュウはけれどと、目を細める。
――この男も、心から信頼していいのかは迷うところだな。俺たちに協力的なのは疑いようのない事実だとしても、裏がないとも限らない。
リュウは試しに、質問をしてみることにした。
「この紙、まさか町中に貼られているのか?」
「まさか。チャールズ様は観光客の目を大変気にしておられる。そんな外観の悪くなるものを、そこら中にベタベタ貼ったりはしないさ。……これは、ハンドリーツ住民の郵便ポストに入っていたものだよ。おそらく、全ての家に配られているんだろうね」
――ということは、それなりに血眼になって探してるってことか。厄介だな。そうすると、俺たちの家の隣にも、その隣の隣にもこれが届いてるっていうことだ。……ん? そうすると、うちにも届いてるのか? …………あぁ、うちに届いた紙類は全て、ユウタのカマキリロボットがシュレッダーのごとく細かく、試し斬りに使ったんだっけ。じゃあ、何も残っているはずがないな……。
「で、あんたはハロイン・ファミリーに俺たちを突き出すつもりか?」
リュウはその紙から顔を上げると、突っ立っている男を見上げる。
隣で、アンナが息を呑む気配がした。
それでも構わずに言葉を続ける。威圧するように男を睨んだ。
「ちょうど、簡単に鍵のかけられる車に乗ってることだしな。……上手くやれば、大手柄を立てられるんじゃないのか?」
――まぁ、上手くやらせる気なんて微塵もないけどな。こんな体も鍛えてなさそうなおっさん一人、こんなボロボロの車一つ、俺一人でどうにでもできる。
そんな算段があったからこそ、振った話だった。
クレープ売りの男はけれど、ニコニコと張り付いたような笑みをまだ浮かべている。
「…………君は、この町の人間が毎月徴収されている、ハロイン・ファミリーからの税金がいくらか知っているかい?」
「は?」
リュウは間の抜けた声を上げる。
――そんな話、一体、何の関係が……。
けれど、そう思いかけたところで、男の目が全く笑っていないことに気がついた。
何もふざけてなどいないことが、ようやくわかった。
――笑うことは、こいつがハロイン・ファミリーから怪しまれないための常套手段なのか。
そんな答えに辿り着いても、投げかけられた問いの答えはわからないままだ。
「いや、知らないけど……」
「十万ルリだよ」
「えっ、十万⁈」
リュウは目を白黒させる。
――十万ルリだと? スティマールの平均的な月収は確か、二十万ルリ程度だったはずだ。それよりずっと少ない稼ぎの人間もいるだろうし、そんな大金、誰もが払えるとは思えない。そんなに取られてしまったら、まともに生活していくことさえできないんじゃないのか……?
リュウは何と言っていいのかわからず、押し黙った。
「うちは、僕以上に妻が稼いでくれているから、何とか生活していける。……けれど、どこの家もそんな風に成り立っているとは、言い難いだろうね。……ハロイン・ファミリーは観光客を喜ばせるために金を配るが、僕たちはその恩恵にあずかれない。それどころか、金の価値が下がってしまっても、僕らは商品の値上げをすることが許されていないんだ。そんなの、生活が苦しくなって当たり前だ。……この町は見かけが美しいだけの、濁った町なんだ」
男の声は低かった。
「……昔は、こんなこともなかった。五年前からだ。町のシンボルでもあるハンドリーツ城にあの男、チャールズが来てから、何もかもおかしくなった。こんなはずじゃなかったんだ……」
そう言った男の横顔は一瞬、笑っていなかった。鋭い目付きで、ハンドリーツ城の方を見つめていた。そこには愛着心よりも先に、憎しみがあるように思える。
けれどリュウの、下からの視線に気がついて、男は取り繕うようにまた笑った。
「それが…………俺たちに協力する理由か?」
リュウの隙を突くような質問にも、もう笑みをかき消すことはなかった。
「……僕の古くからの友だちが、二年前にこの町を出たんだ。税金を払えなくなってね。生まれた病院まで一緒の親友で、幼い頃にはちょうどこの道を通って、一緒に学校に通っていた」
男は懐かしむように目を細め、前の通りを眺めた。
「ずっと、一緒に生きてきて、この町のために尽くしてきたのに、どうして追い出されなくちゃならなかったんだろう………………なんて……こんな文句はハロイン・ファミリーの奴らの目の前では、絶対に言えるはずもないことだけどね」
口調が少し変わっていることに、リュウは気づいていた。
さっきまでの、まるで尊敬するかのような丁寧な物言いはどこかに行ってしまっている。
「…………だから、そういうことを思っている人間がいるから……簡単には誰も、君たちをハロイン・ファミリーに突き出したりはしないと思うよ」
リュウは隣の家に住む、親切で優しいお婆さんの姿を思い出していた。
「君たちは、誰かのためなんていう臭いセリフは嫌いかい?」
リュウはその言葉に一瞬だけ驚いたように目を丸くしたが、すぐに笑みを浮かべた。
「いいや、嫌いじゃないよ」
それからアンナの手配書を自分の懐にしまい、代わりにその男に、とあるショーの開催を知らせるチラシを見せた。
「明日の夜七時、とびきり面白いエンターテイメントショーがこの町で行われるんだ。もし良かったら、そのショーに協力してくれ」
そんなある日のことである。
曇天の空の下、いつもより冷たい風が吹きすさぶハンドリーツの外れで、リュウとアンナはコートをおさえながら歩いていた。町の中心部で一仕事終えてきた帰り道でのことだった。
その道の途中で、もはや見慣れてしまった派手なクレープ屋のキッチンカーが停まっているのを見つける。
店から顔を出した男は、リュウを見ると頭にかぶっていた帽子を上げた。
「やぁ少年、こんなところでデートかい?」
「そういうあんたは暇そうだな。こんなところで売ってたって、買ってくれる相手もいないだろうに」
辺りに人影はなかった。大通りから遠く離れたこんな場所では観光客も歩いておらず、加えてこの寒々しい天気だ。大概の人間が建物の中で過ごしているようだった。
しかし、男は陽気に笑う。
「ハハハッ。買う相手なら今、僕の目の前にいるじゃないか」
この数日ほどで、リュウもアンナもこの男とは随分親しくなっていた。
それでも、男がクレープ生地のボウルを取り出すと、リュウは顔をしかめる。
「おい、そんなものを用意したってもう買わないぞ。ここのクレープはこの数日で、飽きるほど食べてるんだからな」
実際、この人には色々なことを教わっていた。ハンドリーツのことについてはもちろん、ハロイン・ファミリーについての情報もだ。ハロイン・ファミリー専用のレールがどこからどこまで続いているのかも、教えてくれたのはこの人だった。
ただ、感謝はしているものの、もうだいたいの情報を聞き出し終えてしまった以上、クレープをわざわざ買う理由もない。
リュウはもうしばらく、生クリームもチョコレートも見たくない気分だった。
しかし、クレープ屋の男は余裕の笑みを崩さないまま、受け取り口のカウンターの上にドカッと大きな白いバケツを置いた。
「ハハハッ、心配はいらないよ。アイスクリームも始めたからね」
「この寒い国で⁈」
狂気の沙汰とも言える所行に、リュウはドン引きする。
だが男はニコニコと、リュウを手招きしていた。
その様子に、何かを感じた。
リュウは後退ろうとするのをやめ、じっと男のことを見る。
「いいもの、売ってるよ」
リュウとアンナは案内されるままに、クレープ屋のキッチンカーに入った。
男は相変わらず商売熱心で、たまに通りがかる人を見つけては、クレープとアイスクリームを売りつけようとしていた。
「あっ、そこのお兄さーん。クレープ食べないかーい? 今日は新鮮なラズベリーが手に入ったから、ベリーミックスがおすすめ! アイスクリームも始めたよー………あぁ、ダメかー」
車の中、そんな接客をする男の足下で、リュウとアンナはしゃがみ込み、コーンアイスを食べていた。リュウは鮮やかな水色のミントアイスを一口舐め、ブルブルと体を震わせる。
「う~、寒っ! やっぱりアイスクリームは寒い場所で食うもんじゃねぇな」
暖房は一応ついているのだろうが、すぐ後ろの窓が全開になっているので、体感温度はほぼ外と変わらなかった。
「でも甘酸っぱくて、とってもおいしいです!」
アンナは真っ赤なラズベリーアイスを笑顔で頬張る。
外気の寒さも、床からくる冷たさも、さほど気になってはいないようだ。
「ハハハッ、そうだろう。これはうちの自家製でね。元々妻が趣味で作っていたものなんだ。あんまりおいしいものだから、僕もついさっきつまみ食いをしたところだよ」
男はどこか誇らしげにそう言った。
「マジか。さすがに二人とも寒い国の出身なだけはあるなー。俺はユイニー生まれだから、そういう感じは無理だな」
リュウはぶつくさ文句を言いながらも、アイスにかぶりつく。
「……ところで少年、そこのダストボックスの中を見てごらん」
クレープ売りの男は、華麗な手つきでクレープを薄く広げ、焼き上げては皿に移しながら、足下のリュウに向かって話しかけた。
「ダストボックス? これか?」
リュウは手を伸ばし、食材や食器の入った棚の一番下に収められている、大きな黒い箱を引っ張り出す。その中にはお菓子の包み紙や、丸めたティッシュや、破れたビニールなんかが入っていた。リュウはちょっと嫌そうな顔をしながら、その中でも、きれいに四つ折りにされている白い紙を手に取った。
ダストボックスを元の位置に戻してから、リュウは壁に寄りかかってそれを広げる。
横からアンナも覗き込み、声を上げた。
「そっ、それって……!」
リュウも眉間にしわを寄せる。
そこには、栗色の髪をした三つ編みの少女の絵があった。それもかなり上手に、リアルなタッチで描かれており、その下にははっきりと、探していると書かれている。
隣を見ると、アンナは顔を青ざめていた。
それも仕方のないことで、それは明らかに、アンナをモデルとして描かれた絵だったのだ。
「とりあえず、これをかぶってろ。髪も解けよ」
「はっ、はい」
リュウは自分がかぶっていたキャップ帽をアンナの頭の上に乗せる。アンナも三つ編みにしていた髪を解いた。
クレープ売りの男はさらに、朗らかにつぶやいた。
「ちなみに、フードをかぶった背の低い少年も探しているそうだよ」
「へぇー、そうかい。俺がもしその少年だったら、いつまでも同じ格好をしているようなバカな真似はしないけどね」
リュウが皮肉たっぷりに言うと、男は楽しそうに声を上げて笑った。
リュウはけれどと、目を細める。
――この男も、心から信頼していいのかは迷うところだな。俺たちに協力的なのは疑いようのない事実だとしても、裏がないとも限らない。
リュウは試しに、質問をしてみることにした。
「この紙、まさか町中に貼られているのか?」
「まさか。チャールズ様は観光客の目を大変気にしておられる。そんな外観の悪くなるものを、そこら中にベタベタ貼ったりはしないさ。……これは、ハンドリーツ住民の郵便ポストに入っていたものだよ。おそらく、全ての家に配られているんだろうね」
――ということは、それなりに血眼になって探してるってことか。厄介だな。そうすると、俺たちの家の隣にも、その隣の隣にもこれが届いてるっていうことだ。……ん? そうすると、うちにも届いてるのか? …………あぁ、うちに届いた紙類は全て、ユウタのカマキリロボットがシュレッダーのごとく細かく、試し斬りに使ったんだっけ。じゃあ、何も残っているはずがないな……。
「で、あんたはハロイン・ファミリーに俺たちを突き出すつもりか?」
リュウはその紙から顔を上げると、突っ立っている男を見上げる。
隣で、アンナが息を呑む気配がした。
それでも構わずに言葉を続ける。威圧するように男を睨んだ。
「ちょうど、簡単に鍵のかけられる車に乗ってることだしな。……上手くやれば、大手柄を立てられるんじゃないのか?」
――まぁ、上手くやらせる気なんて微塵もないけどな。こんな体も鍛えてなさそうなおっさん一人、こんなボロボロの車一つ、俺一人でどうにでもできる。
そんな算段があったからこそ、振った話だった。
クレープ売りの男はけれど、ニコニコと張り付いたような笑みをまだ浮かべている。
「…………君は、この町の人間が毎月徴収されている、ハロイン・ファミリーからの税金がいくらか知っているかい?」
「は?」
リュウは間の抜けた声を上げる。
――そんな話、一体、何の関係が……。
けれど、そう思いかけたところで、男の目が全く笑っていないことに気がついた。
何もふざけてなどいないことが、ようやくわかった。
――笑うことは、こいつがハロイン・ファミリーから怪しまれないための常套手段なのか。
そんな答えに辿り着いても、投げかけられた問いの答えはわからないままだ。
「いや、知らないけど……」
「十万ルリだよ」
「えっ、十万⁈」
リュウは目を白黒させる。
――十万ルリだと? スティマールの平均的な月収は確か、二十万ルリ程度だったはずだ。それよりずっと少ない稼ぎの人間もいるだろうし、そんな大金、誰もが払えるとは思えない。そんなに取られてしまったら、まともに生活していくことさえできないんじゃないのか……?
リュウは何と言っていいのかわからず、押し黙った。
「うちは、僕以上に妻が稼いでくれているから、何とか生活していける。……けれど、どこの家もそんな風に成り立っているとは、言い難いだろうね。……ハロイン・ファミリーは観光客を喜ばせるために金を配るが、僕たちはその恩恵にあずかれない。それどころか、金の価値が下がってしまっても、僕らは商品の値上げをすることが許されていないんだ。そんなの、生活が苦しくなって当たり前だ。……この町は見かけが美しいだけの、濁った町なんだ」
男の声は低かった。
「……昔は、こんなこともなかった。五年前からだ。町のシンボルでもあるハンドリーツ城にあの男、チャールズが来てから、何もかもおかしくなった。こんなはずじゃなかったんだ……」
そう言った男の横顔は一瞬、笑っていなかった。鋭い目付きで、ハンドリーツ城の方を見つめていた。そこには愛着心よりも先に、憎しみがあるように思える。
けれどリュウの、下からの視線に気がついて、男は取り繕うようにまた笑った。
「それが…………俺たちに協力する理由か?」
リュウの隙を突くような質問にも、もう笑みをかき消すことはなかった。
「……僕の古くからの友だちが、二年前にこの町を出たんだ。税金を払えなくなってね。生まれた病院まで一緒の親友で、幼い頃にはちょうどこの道を通って、一緒に学校に通っていた」
男は懐かしむように目を細め、前の通りを眺めた。
「ずっと、一緒に生きてきて、この町のために尽くしてきたのに、どうして追い出されなくちゃならなかったんだろう………………なんて……こんな文句はハロイン・ファミリーの奴らの目の前では、絶対に言えるはずもないことだけどね」
口調が少し変わっていることに、リュウは気づいていた。
さっきまでの、まるで尊敬するかのような丁寧な物言いはどこかに行ってしまっている。
「…………だから、そういうことを思っている人間がいるから……簡単には誰も、君たちをハロイン・ファミリーに突き出したりはしないと思うよ」
リュウは隣の家に住む、親切で優しいお婆さんの姿を思い出していた。
「君たちは、誰かのためなんていう臭いセリフは嫌いかい?」
リュウはその言葉に一瞬だけ驚いたように目を丸くしたが、すぐに笑みを浮かべた。
「いいや、嫌いじゃないよ」
それからアンナの手配書を自分の懐にしまい、代わりにその男に、とあるショーの開催を知らせるチラシを見せた。
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