PPP

中村なっちゃん

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第一章 ハンドリーツ編

3.ハンドリーツ(リュウサイド)

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 PPPのアジトは、砂漠地帯の地下にある。
 偶然によって発見された地下洞窟だったが、敵に見つかりにくいという利点と、冬は温かくて夏は涼しいという利点を併せ持ち、アジトとしては申し分のない場所だった。
 ただ、当然と言えば当然なのだが、どこに行くにも砂漠を通って行かねばならないため、大量の砂によって速度を阻害されてしまうのが難点だった。車であっても目的地に着くまでには、それなりの時間がかかってしまうのだ。
 実際、早朝にアジトを出たにもかかわらず、実際にハンドリーツに着いたのは午後を四時間半ほど回ってしまったあとだった。


「えー……スティマール第三都市のハンドリーツは、スティマールの中でも最も国外からの観光客が多い町で、町の半分ほどが観光業によって成り立っている、らしい。観光の目玉は美しいレンガ造りの町並みと、入ることはできないが外から見る分には美しいハロイン・ファミリーの居城、ハンドリーツ城。他には豊富な魚介類や肉などのおいしい食べ物と、独特な織り方で有名なクリケイ織りを始めとする民芸品。それらは観光に役立つと共に、国内外に輸出して確かな利益を上げている……らしい…………って、お前ら、聞いてるか⁈」
 ガイドブックを読み上げていたアサイチが、ぐわっと顔を上げて怒鳴る。
 そんな話に全く興味のなさそうなユウタが、リュウの服の裾を引っ張っていた。
「おい、リュウ、あそこにクレープ屋があるぞ。俺に一個おごれよ」
「やだよ。お前だって金ぐらい持ってるだろ? 自分の金で買えよ」
「無茶苦茶なことを言う奴だな。俺は今、一銭の金も持ってないんだぞ」
「えっ⁈ お前まさか、無一文で敵地に乗り込んで来たのか⁈」
 衝撃の事実が発覚したところで、後ろから丸めたガイドブックが振り下ろされた。
「いったぁ…………アサイチ、お前、PPPの外でも相変わらず……わっ!」
 アサイチはリュウの胸倉を掴むと、ぐっと引き寄せて怖い顔を近づけた。そしてめちゃくちゃ低い声で告げるのだった。
「リュウ…………ここはもうハンドリーツの中なんだよ。敵地だとかPPPだとか、うかつなことを口走るのはやめろよな」
「…………ごめん、なさい」
 リュウは顔を逸らしつつ、小声で謝罪する。
 ――組織のトップより態度のでかい秘書とは一体……。
「アッ、アサイチさん、それよりハンドリーツのことをもっとおさらいしておきましょうか!」
 アンナはそんな様子を見かねたのか、わざとらしいほどアサイチの注意を引き付けてくれた。 大きく両手を振って、早口にまくし立てる。
「ハンドリーツは確か、人口が三十二万三千八百六十一人で、町の中心にあるハンドリーツ城は指定歴史特区にも選ばれていて、スティマールの中でも古い建築物として有名なんですよね! お城の近くにはグリズナの森と呼ばれる場所があって、そこでは野生のウサギやリスやキツネなんかも見られるそうです! 有名な食べ物はたくさんあるんですけれど、最近はクレープやカップケーキやアイスクリームなどのスイーツ系が人気らしいですよ!」
 ほぼ息継ぎなしで言い切ったアンナを、リュウ、アサイチ、ユウタの三人はキョトンとして見つめる。
 途端、ぶわっとアンナの顔に赤みが広がった。
「すっ、すみません、何か間違ってましたか⁈」
「……いや、びっくりしただけだ。それって確か、昨日ケビンに教えてもらってた情報か?」
 目を丸くするリュウが聞くと、はい…………と弱々しい声が返ってきた。
 驚いたのは、ガイドブックを持っているアサイチとは違い、アンナが何も見ずに簡単に言ってのけてしまったことだった。
 ――町の人口とか、普通、覚えてるもんか? それも、あんなすらすらと……。
 小さな疑問は覚えたものの、これ以上追及するとアンナは泣き出してしまいそうだった。恥ずかしさなのか何なのか、小刻みに震えている。
 どうしたものかと困っていると、そこに、鈴が鳴るように美しい声が響いた。
「ねぇ、みんな。そんなに有名なら、あそこのクレープを一度食べてみようよ。みんなの分も、私がおごるよ」
 今まで黙っていたモエギが、かわいらしい笑顔を浮かべて小首を傾げている。
 それはまるで困惑で満ちた池に落とされた、一滴の清涼水のようだった。
 そして、こんなかわいいモエギを放っておく二人ではない。
「俺が! 俺が払うから、モエギ!」
「俺だよ! モエギの分は俺が払ってやるんだよ!」
「はぁ⁈ 一文無しは引っ込んでろよ! 物理的にどうやって払うんだよ⁈」
 アサイチとユウタは手を挙げて、お互いをもう片方の手で押し退け合いながら、モエギに詰め寄る。モエギもそれには少し驚いた顔をしたものの、すぐに微笑ましげに笑った。
 一方、初めてそんな姿を目にするアンナは、困惑した様子でみんなの顔を見回していた。
「えっ、えっと……」
「やったな、アンナ。……どうやら俺たちはクレープをおごってもらえるらしいぞ」
 リュウは三人のそんな姿には見慣れているので、いつものように呆れた目を向けるだけだった。


 結局、クレープはアサイチが全員分をおごるということになった。
 クレープ屋といっても、ちゃんとした建物のお店ではなく、派手なパステルカラーのキッチンカーだ。車の後ろ部分にある窓から顔を出して、三十代半ばほどの男がクレープを売っている。
 アサイチと軽く相談し、代表として、リュウがクレープを買いに行くことになった。
 些細なことでも情報収集にはなる。町中を走り回っている人間なら、なおのことだった。
「はーい、いらっしゃい。何にするー?」
 クレープ屋の前に立つと、巻き毛が特徴的な小太りの男が振り返り、ニコニコと接客をする。一人でやっているお店らしかった。
 リュウは難しい顔で、覚えてきた呪文のように複雑なクレープの種類を注文し、男もそれに上機嫌でうなずいた。男はさっそく生地を熱い鉄板の上に流し込み、形を整えていく。
 その手元を眺めながら、リュウはあくまで観光客らしく話しかけた。
「……ここって結構大きな町だよな。思ったより人も多いみたいだし」
 そう言いながら改めて、周りの風景を見渡してみる。
 道を行き交う人の数は本当に多く、そのほとんどが観光客のようだったが、中には振り売りやワゴンで荷物を運んでいるような人間もいた。ここが町の中でも繁華街に当たることもあるのだろうが、みんな忙しそうで、そしてみんな、一様に明るかった。
 笑顔で働いている。
 とても、恐怖の犯罪者集団に抑圧されているような町には見えない。
 あまりにも平穏な日常がそこにはある。
 クレープ屋の男も、手際よくクレープを返しながら、声をはずませた。
「おや、坊ちゃんはハンドリーツは初めてかい? ここはいい町だよ」
「まぁな…………………………坊ちゃんと言われるほどの年齢でもないけど。……十六だし」
 すると、おおよそ客商売の人間が出すようなものじゃないほどの声が返ってくる。
「えええええええええ――――――――――――――――――!」
 そのあまりのびっくりように、リュウの頬は急激に引きつった。
「……そんなに驚くことかよ」
「いやー、驚いた。十二、三歳くらいだと思ったよ。ちゃんと牛乳は飲んでいるのかい?」
「飲んでるよ!」
 リュウはバシンッ! と車の出窓部分を叩く。
 しかしすぐ、気を取り直してコホンッと咳払いをする。本題はここからだ。
「それより、あんたはハンドリーツ生まれのハンドリーツ育ちか?」
「あぁ、そうだよ。この町については詳しい方さ。何なら、おすすめを紹介しようか?」
 男はかわいくもないのにウインクをする。
 リュウは愛想笑いも上手くできずに、棒読みに笑った。
「ははは…………遠慮しとく。でも、一つだけ聞いてもいいか? ……この町に、ハロイン・ファミリーの幹部はよく来るのか?」
 ピクリと、わずかに男の眉の端が動いた。笑っていた顔が、一瞬だけ強張るように引きつる。
 リュウは目ざとくその様子を見ていた。
「あっ、あぁ、ハロイン・ファミリー様のことかい……。ハハハ、そうだね。たまにやって来るよ。観光客へのおもてなしと、視察というやつだね」
 男は動揺を誤魔化すように笑ったが、ぎこちなさは残った。
「…………そうか」
 それが、男にとって答え辛い質問なのだということは、なんとなくわかっていた。
 それでも、どんな反応を返してくるのか見てみたかった。
 一瞬でも、取り繕うことを忘れる瞬間があるのかどうかを。
 ――結果としては、予想通り……っていうところか……。
 クレープ屋の男はまた明るい笑みを浮かべ、作り上げた五つのクレープをクルクルと紙で巻いていき、まとめて袋に入れてくれる。
「はい、お待ちどおさま。五つで三千ルリね」
「高いな……。五つも買ったんだから、まけてくれるとかはないわけ?」
「ハハハ。それじゃ、商売上がったりだ」
 男は袋を差し出し、リュウは世界共通通貨ルリを代わりに差し出す。そのお金が微笑む男の手のひらに乗った時、男は顔をリュウの耳元に寄せ、小さな声でつぶやいた。
「あまり詮索はしない方がいいよ、少年」
 リュウが目を見張ると、クレープ屋の男は顔を離し、口角を上げてニコリと笑った。
「アドバイスだよ。この町を観光するつもりなら、あまり危険な場所には入らない方がいい」
 その顔を見つめ、遅れて、リュウは苦笑した。
「それはどうも。…………参考にはさせてもらうよ」
 クレープの袋を受け取ったリュウは、軽く手を挙げた。
「ありがとな。クレープは高かったけど、その分の価値はあったみたいだ」
 男は相変わらず、ニコニコと笑っているだけだった。
「……まいどあり」


「で、収穫はあったのか?」
 みんなのところに戻ってくると、さっそくアサイチが聞いてきた。
「……あぁ、まぁ、そうだな。少しなら。……この町の住人の本音の端っこというところか」
「はぁ?」
 アサイチが意味不明という顔で眉間のしわを深める。
「あれ? それよりユウタはどうしたんだ?」
 クレープを全員に配り終えたところで、ユウタの姿がないことに気がつく。
「あぁ、ユウタなら……」
 アサイチがそうつぶやいたところで、ちょうど、レンガの道の向こう側からユウタが戻ってきた。やたらと周囲の道路を見回しながら、歩いてくる。
「おい、ユウタ、クレープ買ってきたぞ。……道がどうかしたのかよ?」
「ん。あれだよ」
 差し出されたクレープを受け取りながら、ユウタは道の向こう側を指差す。多くの観光客が行き交うその足の隙間から、赤レンガで作られた道に、レールのような窪みがあるのが見えた。
「なんだ? あれは。……アサイチ、この町って確か、路面電車があるようなところじゃなかったよな?」
「えっ、あぁ……そうだな。そんなことはどこにも…………」
 クレープ片手に、もう片方の手で、膝に乗せたガイドブックを開くアサイチ。器用に片足立ちしていた。
「大通りの向こう側も見てきたけど、ずっと遠くまで続いてるみたいだった。……たぶん、町のいたるところに張り巡らされてるんだろうな」
 ユウタはもう、クレープにかぶりついている。口元にクリームを付けながら話した。
 リュウはそれに、首を傾げた。
「何のために?」
「レールがある以上、その上を走る乗り物があるんだろうな。それが住民の足、もしくは観光用じゃないんだとしたら、答えは一つだな」
 ぐしゃりと、あっという間に食べ終えたクレープの包み紙を握り潰す。再び問いかけようとしたところで、声を上げたのはモエギだった。
「リュウ、ユウタ、アサイチ、あれを見て!」
 モエギが指差したのは、大通りの中央付近だった。そこには大きな人だかりができていて、みんなが歓声を上げている。興奮する声と拍手の中、何かが迎え入れられているようだった。
 人々の声の隙間で、その乗り物の発する物音が聞こえた。
 ガタ、ゴト、ガタ、ゴト、ガタ、ゴト、ガタ、ゴト。
 レールの上をゆっくり進みながら現れたのは、色とりどりのライトを真昼の町に向けて発する、派手な装飾で飾り付けられた大型トロッコだった。光だけではなく、大音量の音楽も響かせており、それは若者向けのポップミュージックのようだ。若者たちはそれに合わせて、手拍子をしている。
 間もなく、トロッコから拡声器を手にした、これまた派手な女性がせり上がってきた。
『どうもみなさん、こんにちはー! ようこそ、我がハンドリーツへ! 私はハロイン・ファミリー、家族ナンバー10のキャロルでーす!』
 聴衆たちに向かって大きく、女性は手を振った。
 驚き、呆然とするリュウたちの目の前で、キャロルは愛想のいい笑顔を振りまく。
 ピンク色に染めた髪を二つにくくり、服はへそ出しのシャツと赤いジャケットに短パン。顔には派手なメイクを施している女性だった。歳はおそらく、二十代前半というところだ。
 明るく、若く、人当たりの良いその姿は、とても悪の組織の幹部には見えなかった。
「……アサイチ!」
 振り返ればアサイチも、深刻そうに顔を歪めていた。
「ハロイン・ファミリーの家族ナンバーと言えば、組織内での存在の重要度を示す数字だ。その数字は小さければ小さいほどに影響力が大きいことを表す。……五十人いる幹部の中で、その数字が10だなんて……!」
 それでも、最悪の事態ではないと、リュウは考えていた。
 ――ハロイン・ファミリーでずば抜けて戦闘能力が高いのは、与えられた数字が一桁の人間だけだと聞く。……だからあの女も、戦うことはできるのかもしれないが、少なくとも俺の脅威になり得るほど強くはないはずだ。
 キャロルは再び、拡声器を口に当てて声を発する。
『続いてー、こちらはハロイン・ファミリー、家族ナンバー9のフォレスト君でーす!』
「なっ……⁈」
 リュウは絶句した。
 キャロルは、リュウたちとそう変わらない年齢の少年の手を掴み、無理やり立ち上がらせると、無理やり観衆たちに手を振らせていた。その名の通り、まるで森のように鮮やかな緑色の髪の少年は、無表情でなすがままになっている。
 ――おいおいおいおい、聞いてないぞ! ハロイン・ファミリーの幹部はもちろんいるだろうと思っていたけど、この町にそんな強敵がいるなんて話は!
 フォレストは緑色のビー玉のような瞳で、観衆をぼんやりと見ているだけだった。外見や雰囲気からは強者であることをまるで感じないが、それが逆に不気味だとリュウは思った。
 一方で、キャロルは再び拡声器を持ち直す。
『さて、最後にご紹介しますのは、この町の町長でもあられます、ハロイン・ファミリー家族ナンバー49の、チャールズ様でーす!』
 ここで、一際大きな歓声が上がった。
 キャロルに促されて、でっぷりと腹の膨れた、五十代後半くらいの男がトロッコの中央に立つ。スーツ姿のその男は、観衆に向かってにこやかに手を振っていた。
「えらくでかい数字の男が出てきたな。ザコじゃん」
 満を持して登場したというのに、ユウタにはそんなことを言われてしまう。
 しかし、リュウはそれを笑う気にもなれなかった。
 ――ハンドリーツの町長が、ハロイン・ファミリーの幹部だったのか。それだけならまだ予想の範囲内だったけど、問題はこの支持の大きさか……。
 チャールズが前に立ったことで、拍手と歓声は最高潮に達する。
 チャールズはそれを、手を下げることで収め、キャロルから拡声器を受け取った。
『ええー、お集まりのみなさん、改めて自己紹介をさせて頂きます。ハンドリーツ町長のチャールズです。ようこそ、わが町へ! この町を存分に楽しんでいって下さい!』
 チャールズは両手を広げ、拍手をその身で受け止めた。それから、再びマイクを髭の生える口元に持ってくると、笑みを見せながら観衆の期待に応える。
 おそらくは、何が起こるのかを知っている観衆たちはずっと、それを待っていたのだ。
『こちらは、皆々様を心より歓迎する我々からの、ささやかな贈り物です。どうぞ、存分にお納め下さい!』
 その声に合わせて、後ろに付いていた青い軍服の男たちが、大きな段ボールの箱をひっくり返す。それは、観衆たちに向かって派手にばら撒かれた。
 冷たい風に煽られて、大量の札が空中を舞った。
 白銀色の紙切れが、次々に人の頭上に降り注いでいく。
 群衆は、空へと手を伸ばした。
「金だ! 俺の金だー!」
「ちょっとどいてよ! このお金は私の物よ!」
「誰だよ、今ぶつかったのは! 俺の邪魔をするな!」
 人々は先を争うようにして、道路の前へ、前へと押し寄せていった。
 あまりにも自分本位な人間たちの姿に、リュウたちはその後ろで、何も言えずに立ち尽くしていた。
 多くの人間たちが目の色を変え、地面に這いつくばってお金を拾い集める。その濁った目に映るのは紙切ればかりで、他の人間などまるで映ってはいなかった。
 あっという間に、通りはさっきまでとはまるで違う光景に変わり果てていた。
 そんな中でユウタだけが、頭の後ろで腕を組み、この状況を鼻で笑った。
「ハハハッ、随分と俗っぽい高感度の上げ方だな。単純かつ、かなりバカっぽい。……でも、まぁ、めちゃくちゃわかりやすい恩恵でもあるがな」
 モエギは手を伸ばし、風に流れるお札の一枚を、その指先でそっとつまんだ。そしてそれをしげしげと眺めると、ぽつりとつぶやいた。
「これ、偽札だよ」
「「はっ⁈ 偽札⁈」」
 リュウとアサイチは、同時にモエギの方を振り向く。
 するとモエギはうなずいた。
「世界共通通貨ルリには、もっとくっきりとしたホログラムがあるし、これだと全体的に色が薄過ぎると思う。……だからこれは、他の国ではとても使用できないほど低品質な偽物だよ」
 確信を持ったモエギの言葉と共に、渡されたお札を見つめ、リュウはゴクリと唾を飲み込んだ。
 ――独善的な組織が町を支配するって、こういうことなのか……?
 たとえ偽札を配っていたとしても、それを取り締まるような機関は存在しない。
 己だけの都合のいいように、町を動かせる。人心をも、掌握できる。
 ――これはなかなか、根の深い問題なのかもしれないな……。
 そう眉を寄せている間にも、拡声器からはかわいらしい女性の声が響く。
『えー、ちなみにこのプレゼントはハンドリーツ内のみでのご使用をお願いしておりまーす。これはこの町の経済を良くするためにと、町長のチャールズ様自らが企画されたイベントです。チャールズ様、並びにハロイン・ファミリーはいつでも、スティマール国の平和と、ハンドリーツの発展を願っておりまーす!』
 キャロルは大きく両手を広げ、雨のように降り注ぐ群衆からの拍手を、気持ち良さそうに全身で浴びていた。その口元には笑みが浮かんでいる。
「…………嘘つき」
「えっ?」
 リュウは、小さな声が聞こえた気がして隣を見る。
 隣で、アンナがうつむいていた。その手から、食べかけのクレープが落ちる。
「嘘つき」
 今度は、その声がはっきりと聞こえた。
 アンナは顔を上げ、涙で潤む瞳で、彼らを睨みつける。
 その横顔に、リュウはまずい事態が起こっていることに、ようやく気がついた。アンナの腕を掴もうと手を伸ばす。
 だがそれよりも、アンナが動いた方が先だった。リュウの手をすり抜けると、姿勢を低くして小さな体を押し込み、人の群れの中に無理やり入っていく。
 そしてそれは意外なほどに、上手くいってしまった。
「アンナ!」
 リュウは後ろから叫んだが、アンナが戻ってくることはなかった。
「チッ」
 リュウは舌打ちし、すぐにそのあとを追う。
「おっ、おい、リュウ⁈」
 だが、アサイチの声に一度振り向き、リュウはユウタの方を見た。
「ユウタ! アサイチとモエギのことを頼む! ……あと、お前は絶対に出てくるなよ!」
 二人の身の安全をお願いし、そして念のために釘も刺しておく。
「へーへー、頼まれもしねぇのに出て行くかよ」
 ユウタはめんどくさそうに頭をかいた。
 ユウタは、リュウが攻撃部隊の隊長を任せている男であり、その実力はリュウも認めている。
 だからこそ、まだ敵にその戦いの手段は隠しておきたかった。
 ――敵にマークされるのは、まだ俺だけでいい。
 リュウは姿勢を低くすると、アンナと同じように人混みに突っ込んでいった。
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