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5章 ダンジョン

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 ここのダンジョンはほかのものと比べて何かおかしい。そんなこと初めから感じていた。だから、と願ってしまう。今までのダンジョンはこことは違うことを。あそこにいたのは確かに魔獣であることを。

 そんなぼんやりとした考え事は階段を登り切ったときに消え去った。きっと長ではない。でも、こいつからもかなりの威圧を感じる。

 今までの兵士はすべて同じ兜をかぶっていた。だから顔は見えていなかった。だが、こいつは一人きり、兜もかぶらずその階にたたずんでいた。……どこかで見覚えがある。たぶん人、ではない。どちらかと言えば魔人に近いだろうか。肌が闇に飲まれたように黒く、表情はわかりずらい。

「魔法は使えますか?」

 眼は一切そいつから話さずに、小さい声でマリナグルースさんに確認する。これによってできることが大きく異なる。

「ああ、大丈夫」

 よし、よかった。さて、相手はどう出るか。じっと見つめるも、相手はたたずんだまま動かない。このままではらちが明かないか。

「魔法で仕掛ける?」

「いえ、ひとまず俺が先制攻撃を仕掛けます」

「わかった。
 なら、サポートしよう」

 シャリラントにサポートをかけてもらい、一気に距離を詰める。相手はその様子をじっと見つめているかと思っていたら、ガキンッと音がする。いつの間か向こうも動いていたのだ。刃が拮抗したのは一瞬、すぐに剣を流される。そのまま相手の後ろ側に入り込む。

 後ろから攻撃を仕掛けようとしたその時、敵と俺の間に高い壁が出現した。これは、一体!?

「ハール!
 大丈夫か!?」

「フェリラか!?
 俺は大丈夫だが、一体何が……」

「スーベルハーニ、そのまま上へ行くんだ!
 もう長は近い!」

 上に……。確かに視線の先にはいつものように階段が見える。壁に触れてみるも、初めからそこにあったかのようにびくともしない。これを対処するよりも確かに先に進んだ方が得策か。だが。

「俺一人で、倒せるのか……?」

 感じたことのないプレッシャー。思わず弱音が口をつく。怖い、怖い、逃げたい。

「ハール、私もいます。
 行きましょう」

 きっぱりと、シャリラントがそういう。ああ、うん、そうだね。シャリラントが一緒にいてくれるなら。

「……うん。
 上に行きます!
 また後で会いましょう!」

 迷いを振り切るように階段を駆け上がる。その先にあったのはまるで演習場のようなひろい部屋だった。ここが最上階だったら高さが合わないのでは? と多少なりとも考えていたが、なるほど。かなり天井が高い。

 そして、その部屋の中心に一人の魔人、が腰かけていた。その椅子は豪華でまるで王座のようだ。ああ、こいつだ。このダンジョンの長は。

「ようやく来たか」

 ゆっくりと立ち上がる、それ。今までに聞いたどんな声よりも、はっきりと聞こえてくる言葉。その顔を見たとき、息を忘れた。それは、先ほどいたものと同じような肌の色だった。その顔がにたりと笑う。判断が付きにくいが、あいつはわかる。

「エキストプレーン……」

「ふん、我の名を知っているか。
 しかし呼び捨てとは。
 ん? いや、まてよ。
 その顔、見たことがあるな……。
 もしやスーベルハーニ、か?」

「……そうだが」

 俺の名前を憶えていたとは。しかし、よくしゃべる。いろいろ気になることはある。あいつは死んだはずだ。それは俺も確認した。それに最後にあの広場で見たときよりもかなり若い気がする。なら、おそらくここにいるのは本物ではない、のだろう。どういう状況かはわからないが。

「ははっ!
 これはいい!
 あの時生かしておいて正解だったよ、本当に。
 なあ、お前は俺を楽しませてくれるんだろう?」

 ……楽しませる?

「とっととくたばれ」

「ははっ、いいねぇ」

 もうこれ以上話す言葉はない。何を言われてもどうでもいい。でも、一つだけこの状況に感謝したい。こいつを俺自身の手でやれることだ。本物ではないかもしれないが、限りなく近くはあるだろう。

「ハール、急いだほうがよいかと」

 相手は俺から攻撃を仕掛けてくるのを待っているようで、動く様子はない。どう行けばいいか悩んでいるとシャリラントからそんな言葉が聞こえた。もう考えていても仕方がない。一度きりかかりに行くと軽くいなされる。

 ここでも魔法を使えることは確認済みのため、次は魔法で背後から。だが、それを振り返らずに防がれる。こいつ、後ろに目でもついているのか?

 そうして様子見がてらいろいろな方向から剣でも魔法でも攻撃を仕掛けるもすべていなされる。次第に楽しそうだったエキストプレーンの顔はつまらなそうに無表情になっていった。

「なんだ、お前も弱いのか」

 そういうと今まで防戦一方だったそいつが急に動き出した。は、はやい。なんとかその刃を受け止めるがかなり重い。このままだといつか押し切られる。足に魔力で強化をかけて足元をはらおうとするもうまくいかない。

「シャリラント!」

 シャリラントが背後に回り、首をめがけて氷の剣を振りかぶる。そのタイミングに合わせて俺は後ろに飛びのいた。って、何であんな速度で反応できるんだよ!

「なんだ、まだできるじゃないか。
 ほらほら、もっと俺を楽しませろよ」

 お前を楽しませるためにやってるんじゃないんだが! そう返事をする余裕もなく切りかかってくる。とうとうやる気を出し始めたのか。

 ガキンッ、と重い金属音が絶え間なく響いていく。一度あたるごとに手がしびれていく。シャリラントも隙を見て攻撃をしかけているというのに、なかなか当たらない。たまに攻撃が通ることもあるが、あまりダメージを受けているように見えないし!

「きりがないですね!」

 言うと、シャリラントがすっと俺に重なると今までよりもずっと体が軽くなる。もうだいぶ魔力が消耗されているせいでブーストをかけることもあまりできていなかったから。なんとか体勢を整えて剣を押し返せるようになった時。背後から不意に声が聞こえた。

「ハール!」

「フェリ、ラ?」

 それは一瞬の出来事だった。突然のフェリラに視線も意識もそちらに持っていかれる。その隙に横を風がすり抜ける。

「っあ」

 距離はそれなりにあった。なのに、なぜかフェリラの小さな声が聞こえた。そして時が止まった気がした。
 フェリラがいた場所から、血があふれる。

「フェリラ!」

 叫んだ声は誰のものだったのだろうか。目の前が真っ赤に染まった感覚に、他はすべて遠のいていった。

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