上 下
21 / 50
第1章 旅立ちと怒涛の出会いは濃い始まり?編

21.思わぬ買い物と待ち合わせ

しおりを挟む

「まあ、こんなものかな?」

出かける支度が済んだリンは、部屋の鏡の前に立つ。
紺色でハイウエストの膝丈キュロットに濃茶のショートブーツ。白の襟つきVネックの七分袖のシャツ。腰にアイテムポーチを付けて、髪はポニーテールに。
「護衛はリコラとルチアね」
街娘の格好で、ちょっと首を傾げる。
『分かったの!』
「ぐるぅ!」
そのまま、階下へ降りて、カウンターに向かうと、マーナが待っていた。
「おや。街でデートかい?」
ニコニコするマーナに、リンが苦笑する。
「違います。冒険者はお休みする(と言うことにして)ので、ちょっと街を見て回ろうかと」
「そうなのかい?お洒落してるのに勿体無いねえ。あ、そうそう。部屋なんだけどね、泊まらないにしても取っておいたほうがいいよ。戻ってきたとき、泊まれる所が確実に有ると安心だよ?」
「あ……。そうですね。じゃあ、残りの2泊分取っておきます」
「うん、その方がいい。キャンセルに関しては、問題ないからね」
「はい。有り難うございます。では、行ってきます!」

リンはカウンターのマーナへと2泊分の代金を支払い、手を振って外へと向かうのだった。



レグリアの街の中を、リコラとルチアを連れてゆっくりとした足取りで屋台に寄り道しながら歩く。旅の食糧に関しては、森で手に入れたものがまだ豊富に有るから買う必要もない。

「本当に異世界なんだなぁ……」

横を歩いているリコラの頭を撫でながら呟き、広場に着くと街並みを眺める。
石造りの家に、屋台。行き交う色んな種族。何もかも違うけれど、これから自分が生活していく世界。これからが楽しみではあるが、生き抜いていけるだろうか?……そんな不安が心を過る。

スリ……とリコラがリンへすり寄った。
「ぐるぅ?」
『リン、寂しいの?』
「大丈夫。リコラとルチアが居るから1人じゃないし。心配してくれてありがとう」
行こっか、とリコラとルチアに声を掛けて再び歩きだした。



    露店街をまた暫く歩き、端の方へ近付く。一番端の小さな屋台の看板に、チルチルの絵が描かれているのが目に入り、何となく寄ってみた。
「いらっしゃい。チルチルの今朝採ったばかりの新鮮な卵だよ。10個入り1袋で500ガルドだよ」
陳列されている台の上には、10袋並んでいるが、殆ど売れたようで他のカゴは空だ。
「『ゴーダの卵屋』?」
「ああ、それはわしの名前じゃ。ゴーダと言う。だから『ゴーダの卵屋』。皆にはゴーダ爺さんと呼ばれておる」

「成る程。私は、リン・トウヤです。宜しくお願いします。─────卵、1袋下さい」
「あいよ。毎度あり!」
リンはポーチからお金を渡してゴーダ爺さんから品物を受け取る。
視界の右側に、綺麗な卵が見えた。上部が濃紺で下に向かっていくにつれて白になっている、綺麗なグラデーションの卵と、小さな星を散りばめた艶やかな濃紺の卵が、ガラスのケースに入れられて置かれていた。
大きさを例えるなら、大体ダチョウの卵くらいのサイズだ。
リンは卵をじっと見つめる。
「綺麗…………。あの、この卵は売り物ですか?」
「ああ、そうだよ。街の外にわしの家畜場があるんだが、卵を採る巣の中に紛れておってな。綺麗だから売れると思ったんだが、さっぱりで。卵が売り切れても残ってたら、廃棄に回すつもりなんだよ」
「お値段、いくらですか?」
「いやいや、得体の知れない卵だから、リンちゃんは買わない方が良いぞ」
ゴーダ爺さんは右手を顔の前で振る。その卵に反応したのは、ルチアだった。

『リン、買うの!この卵はナイトメア・ホークの卵なの!とっても賢い種族なの!しかも、この対の卵はスッゴいレアなの!』
「えっ?でも、高いと思うわよ?」
パタパタと騒ぐルチアに驚いたゴーダ爺さん。
「ほう……!このチルチルは従魔かい?」
「ええ。ルチアって言います。この卵、ナイトメア・ホークの卵だそうです」
「フム。そんな良いものだったのか。誰も気に留めないから、大した物じゃないんだろうと思っていたんだ。賢いルチアはこの卵が欲しいのかい?」
「チル!」
「よし。気に入った!どうせ廃棄にする予定だ。1000ガルドで良いぞ!」
カッカッカと笑って卵を差し出してきた。
「いえ、そう言うわけにはいきませんっ!」
リンが焦って止めに入る。だが、ゴーダ爺さんは首を横に振った。
「廃棄にするより、役に立つなら持っていってくれる方が有難い。チルチルを飼っている同志として受け取ってくれ!」
グイグイと卵を押し付けられて苦笑しつつ、リンは受け取った。
「有り難うございます。大切にしますね」
「おう!ああ、これで包むと良いぞ。卵が割れにくい素材で出来とるんだ」
少し厚めの布を使って卵を包むと、リンに手渡した。直ぐに代金を支払う。
「産まれたナイトメア・ホークの姿を見たいのう。リンちゃん、次に会ったときの楽しみに取っておくよ」
「はい!必ずまた来ますね!」
リンはゴーダ爺さんへと微笑んで頭を下げ、リコラとルチアを連れて露店街から離れたのだった。


リン達が離れた10分後。ゴーダ爺さんの店に、息を切らせた青年が来た。
「いらっしゃい。卵10個1袋500ガルドだよ」
「はぁはぁ……お爺さん!あの、青い……いや紺色の卵2個は!?」
「あー、あれならさっき女の子が買っていったよ」
「マジか…………。近くを通ったときにすぐ分かったからギルドで急いでお金を出してきたのに……間に合わなかったぁ!ナイトメア・ホーク欲しかったぁー……。因みに値段は?」
「ああ、1万5000ガルドで出していた(リンちゃんに被害がいかんようにせんとな)んだよ。済まないねぇ。チルチルの卵買っていくかい?」
「くっ……!手持ちじゃ足りなかったか……!仕方ないです。卵下さい」
「はいよ。毎度ありー」
「今度こそ、見付けたら絶対に手に入れます!」
青年は握り拳で決意すると、そのまま離れていくのだった。




─────卵を持って冒険者ギルドに向かっているリンは、卵屋でこんなやり取りをしているなど、知るよしもない。





△▲△▲△




ところ変わって。レグリア冒険者ギルドでは─────

    アルディーが、遅い朝食を食べていた。
リンとの待ち合わせに冒険者ギルドを選んだのは、ギルドの宿舎を借りているからだ。

    アルディーの服装は、動きやすい細身の黒のパンツにオフホワイトのYシャツ。2つ目のボタンまで外して着崩し、袖を軽く捲っている。黒の3つボタンの体のラインに合わせたベストで纏め、髪型は緩くオールバックに流しており、気軽に外出する格好だ。
時間に余裕はあるが、いつになく落ち着かないアルディーは、食事が進まない。
そわそわと落ち着かないアルディーを見た食堂のマスターが、苦笑しつつスープを前に置いた。

「珍しいですね。アルが落ち着かないなんて」
「あ……いや」
「何かあったんですか?」
「ちょっとな。人と待ち合わせなんだ。もうじきギルドに来る」
「へえ……。相手は女性ですか」


「…………ああ」


    間をあけ、決まりが悪そうな顔で答えたアルディーの言葉に、驚いて少し目を見開く。
「アル!一体何があったのですか?貴方が女性を待つなんて……!ああ、そう言えば、貴方がそんな格好をしているのも初めて見ましたよ!」
「しっ!声がデカイっ」
アルディーは慌てて、マスターの口を塞ぐ。周囲の冒険者達の視線が、アルディー達に集まった。
それもその筈、アルディーが待ち合わせなんて珍しいのだ。しかも、依頼と関係の無い、冒険者ギルド内での待ち合わせ。冒険者達にアルディーの顔は知れ渡っている。

アルディーはでも有名だ。本人にとって嫌なものだが、女性が寄ってくる以上、強く否定も出来ない。
殆どは断っていても、そう見えるのが理不尽なのだが。
「頼むから、あんまり騒がないでくれ」
アルディーの言葉に、食堂のマスターが頷くと、アルディーは手を離し、小さく溜め息を吐くと、椅子に座り直した。
───周囲の視線が痛い。
小さく溜め息を吐くと、アルディーは再び食事を開始した。

「すみません。少々驚いて声を上げてしまいました。もうじき来るんですか?」
「…………ああ。そろそろな。ご馳走さん」
アルディーが食事を終えてお茶を飲んでいると、ギルドの入り口の方が騒がしくなった。可愛らしい少女の姿と従魔の姿が見え、その方向へ視線を向けたアルディーが立ち上がる。
それに気付いた少女がアルディーの傍まで近付く。

「おはよう、ルディ!」
ニコリと笑って軽く手を挙げて挨拶した少女は───リンだった。
「おう。時間通りだな」
「遅れる方がおかしいわよ?」
クスクス笑いながら、アルディーの顔を見上げるリン。うん、可愛い。とアルディーは思う。
横からの視線に気付くと、リンはそちらに顔を向けた。
「お早うございます。そちらの可愛らしいお嬢さんは、朝食はお済みですか?」
リンへ柔らかい微笑みを向ける男性に、「お早うございます」と言いながら少し首を傾げると、何かに気付いたように軽く頭を下げた。
「ああ、申し遅れました。私はこのギルドの食堂のマスターでロスと申します」
「ご丁寧にどうも。リン・トウヤです。普段は冒険者やってます。因みに、朝食は宿で済ませてきました」
ニコリと笑って返すリンに、ロスも笑う。
「そうですか。お茶でも飲んでいかれますか?」
「……そうですね。では、紅茶を1杯お願いします。───ルディ、隣良い?」
「おう。話したいこともあるしな」
カウンター席の左側の席に座ったリンを確認したロスは、紅茶を入れる準備に取り掛かった。
(アルはこんな可愛らしい女性といつ知り合ったんでしょう?しかも、アルの目が柔らかい……。今まで見てきた中でも全く違います。リンさん、でしたか?彼女も外見は少女ですが……何者なんでしょう?気になりますねぇ……)
顔に出さず、ロスは考えながら紅茶を入れ、アルディーとリンの前に、紅茶が1つずつ置かれる。
「どうぞ。聞かれたくないお話のようなので、私は席を外します」
「…………すまん」
いえいえ、とロスは笑って言い、そのままカウンターから離れていった。
直ぐに、アルディーが防音の結界を張る。


「……今回の『赤狼』件についてなんだが」
静かに口を開いたアルディーの顔を見たリンは、周囲に視線を向ける。
「私が聞いて良い話なの?」
「ああ。そこまで深く話さねえから問題ない。一応、防音の結界張ったし。────死亡したメンバーの中にアルクリア王国の貴族が入っていてな。その供述を録ることが出来た。状況証拠で犯人と断定されてはいたんだが、うまく逃げられた為に、俺が出ることになったんだ。『赤狼』は冒険者資格を剥奪、犯罪奴隷へ落とされる。俺はアルクリア王国に帰還命令が出されちまったから、暫く調査と報告に忙しくなる。和国オウラへは行くことが難しくなった。…………すまん」
アルディーはリンに頭を下げた。
ルチアがしょんぼりするのを撫でながら、リンは仕方なさそうに小さな溜め息を吐いた。
「───そう。ルディと行くの、ちょっと楽しみだったんだけど……仕方ないわね。帰還方法は?」
「あー……それなんだが、距離がかなりあるんだよな。ここから近い転移門は……」
「転移門があるの?」
「──ああ。リンは分からないか。和国オウラ以外、各国に1つ王城の中にあるんだが、手続きが面倒なんだよ。許可が出るまでの時間と魔力の充填がかかりすぎる。下手したら1ヶ月足止めを食らうことも……」
せめて、女神の森付近まで飛んででも行くことが出来れば何とかなるんだがな、とアルディーは小さく呟いた。
「それも大変そうね……。一番近い転移門はどこの国なの?」

「一番近い転移門は、ここからだと───獣国に向かう方が近いな。だが、獣国の王都まで1ヶ月かかる上に申請に1ヶ月掛かれば、そこで2ヶ月掛かることになる。レグリアから女神の森経由で帰るにしても、馬車で急いで移動して、野営村すっ飛ばしてそこまで4日だ。途中で魔物に遭遇すればそこで時間も取られるし、帰りの馬車の安全も考えて動くとなればかなり面倒な上に金もかかる。
女神の森付近まで着いても、そこから先が馬車で移動出来ない山道だ。そこをどうやったとしても1週間で切り抜けるのは難しいってのに…………。大体、1ヶ月以内に帰ってこいってのが無理な話だっつっても、帰還先の部下がダメだって言うんだよなあ……」
大きな溜め息を吐くアルディーが、項垂れる。
リンは静かに考え込んでいるが、アルディーは気付かない。

「…………女神の森に、すぐに向かうの?」
「そうなるな。明日の朝イチで動かねえと、間に合わない。これから馬車の手配と、護衛の確保に食料の調達に……。リンには、それに付き合わせちまう。すまん」
アルディーが頭を下げ、改めてリンの顔を見ると、考え込んでいる姿が視界に入った。

「───リン?」

アルディーの声でハッとしたリンが、アルディーを見る。
「ごめん。考え事」
「いや、良い。これから付き合ってもらえるか?」
済まなそうにするアルディーの顔を見て、一つ頷いたリンは、ニコリと笑う。

「良いけど……──────ねぇ、ルディ」
「ん?」
ニコニコしながらアルディーを呼ぶリンに、首を傾げる。






「女神の森に直ぐに向かえる方法があるって言ったら─────どうする?」





「………………は?」

突然の言葉に、アルディーはリンの顔をポカンと口を開けたまま見るのだった。







しおりを挟む

処理中です...