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西円寺文乃の幸福
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気付けば前世とやらの記憶があり、乙女ゲームの世界におり、気付けば……気付いたけれど、あたくし、どなたかしら?
西円寺文乃、16歳。職業高校生、副業乙女ゲームの…世界にいる生徒Aかしら。
前世とやらであったならば間違いなく生徒指導室直行モノの長い金の髪に、透き通るようなターコイズブルーの瞳。色素だけなら美人の部類に入るだろうに、他人に言わせれば、何故か印象に残らない顔立ちだそう。キツさも華やかさもなく、ただ平凡の一言につきるとか。
そんなモブ然としたあたくしだけれど、この天聖学院に通っているのだから、れっきとしたお嬢様。
だとしても、この乙女ゲームに登場する悪役令嬢、桜丘カンナのようにプライドが高いわけでも家柄を気にするわけでもなく、もちろん、婚約者なんているわけもない。普通の、この学院では一般的な、ただの女子生徒。
そんなあたくしが、何故前世の記憶を?
ゲームは主人公が1年生、桜丘カンナが3年生の設定。
あたくしは現在2年生で、桜丘カンナは3年生。今年の入学生に1人、広居リンという特学生の女の子がいたから、彼女が主人公かしら。
彼女の攻略対象は4人いて、それぞれ個別のルートがある。あたくしと同級の2年生にも1人、対象の男子生徒がいるけれど、ライバル令嬢である桜丘カンナの婚約者は同じ3年生の皇上院司。ということは、主人公である広居リンは皇上院ルートを選んだのね。
そのルートには、あたくし達2年生が出てくることはない。
さて、もう一度。何故、あたくしにゲームの知識が?
不思議に思っていても日常は過ぎていくもので、何のイベントがあったのかわからないまま、季節は夏に差し掛かっていた。
「やだ!見て見て文乃さん」
「どうしたの、茉莉花さん」
放課後。あたくしは同級のお友達であるこちらもモブ令嬢のーー失礼、ゲームとは関係のない女子生徒の伊集院茉莉花さんと学院内のカフェテリアで迎えの車を待っていた。
空調のきいたカフェテリア内は少し肌寒く、あたくし達は陽が当たる窓際の席でお話をしていたのだけれど、突然あたくしの向かいに座っていた茉莉花さんが、窓の外を指差しながら興奮した声をあげた。
少しはしたない行動だけれど、彼女のお家はお父様が1代で成された、いわゆる成金であるので、あたくしは軽く相槌を打つだけに留めておく。
こういうとき、今の時代では女性はお淑やかに、と厳しく育てられるお家の方が少ないのかしら、と思う。
「皇上院先輩と桜丘先輩よ!手を繋いで歩いてるわ。本当、お似合いのカップルねぇあの2人!」
「まぁ。嫌だわ茉莉花さん。覗き見?」
「あの2人が堂々と歩いてるのよ。他の先輩の話だと、去年から突然あんな風に公けにイチャつきだしたんですって!幼い頃からの婚約者のハズなのに…これは何かあったな、って勘ぐってる人もいるわ」
「ええ?何か、って?」
茉莉花さんの興奮は冷める様子もなく、そんな彼女にあたくしは少し苦笑いをしてしまう。よくもまぁ、他人のことにそんなに熱くなれるわね、なんて。口に出すことはないけれど。
「嫌だわ、文乃さん。恋人が進展するといえば、1つしかないじゃない!」
「まぁ。茉莉花さんったら、興奮しすぎよ」
「そうですよ。お嬢様に変なこと吹き込まないで下さいね」
突然ーー本当に突然で思わず息を飲んでしまったけれどーー窓の向こうへばかり気をやっていたあたくし達の背後から、低い男の声が聞こえた。
その声には聞き覚えがある。というか、聞き間違うはずがない。
「綾部。驚かせないで」
「申し訳ございません。なにやら怪しい空気だったもので、つい」
令嬢らしく優雅に振り向いた先にいたのは、右目の前だけ長く伸ばした漆黒の短髪に薄い金の瞳を持つ長身の男。
綾部雪尋。あたくしの専属運転手。歳は確か、10ほど上だったかしら。運転手には似つかわしくない逞しい体躯をスーツで包み、滑り止めのついた白い手袋と運転手の帽子を片手に持って立っているだけなのに、周囲の視線を集めるほどの男前。茉莉花さんも、彼の登場に頬を赤らめるほど。
「遅くなりました、お嬢様。伊集院様、いつもお嬢様と親しくしていただき、ありがとうございます」
「い、いえ、そんな…」
「先程、伊集院様のお車とすれ違いましたから、もうすぐお迎えがいらっしゃると思いますよ」
「あ、あら。ありがとうございます綾部さん。そ、それじゃあ、文乃さん。ごごごきげんよう~うふふふふ」
「ま、茉莉花さん?ごきげんよう?」
話の途中だったというのに、茉莉花さんは鞄を抱いてそそくさとカフェテリアを出て行ってしまった。綾部はそれをにこやかに見送っている。
あたくしは頭にハテナを浮かべたまま、茉莉花さんの背中を見つめていた。
結局、皇上院司と桜丘カンナはどうだというのかしら。
あたくしの知っているゲームの知識だと桜丘カンナは最終的に主人公と皇上院司の仲を認めるのだから、浅い許嫁関係だと思うのだけれど。
でも、今の2人の様子を見ている限り、普通の恋人同士のようなーーいえ、それよりも深い関係性があるような。
「お嬢様、帰りますよ」
「あっ、綾部。ごめんなさい」
「いえ。では、お手をどうぞ」
「ええ」
綾部は持っていた手袋を素早く着用し、右手を差し出してきた。
あたくしはそれを取り、立ち上がる。
鞄を持とうとして、すでに綾部の左手にある事に気付いた。本当、出来る男ね。
「ねぇ、綾部?茉莉花さんのお話、聞いていたでしょう?」
「ええ、まぁ。女性が好みそうなお話でしたね」
カフェテリアを出てすぐ、送迎専用の駐車場にたどり着いた。
ほぼ全生徒のお家が送迎車を使用するので、ここはいつも混雑している。
あたくしがはぐれないようにか、綾部はエスコートの手に少し力を入れて歩を進めていった。
少し顔が熱いのは、初夏の日差しのせいにしておこうかしら。
「あたくし、皇上院様と桜丘様はあまり仲がおよろしくないのでは、と思っていたの」
「どうされました、珍しい」
「…笑わずに、聞いてくれる?」
車に乗り込んですぐ、あたくしは神妙な面持ちで綾部に切り出した。
前世の記憶であるゲームの知識、先輩方の関係に、主人公の存在。
包み隠さず、全てを打ち明けた。
心のもやもやが晴れない時は、いつもそうやって、綾部に甘えてきたから。大人な彼は、いつだって真剣にあたくしの話を聞いて、アドバイスをしてくれる。あたくしはそれが心地良くもあり、同時に、埋まらない溝のようなものを感じているのだけれど。
「ーーーそれはまた、荒唐無稽と言いますか…」
「…そう、よね。ごめんなさい、忘れて…」
「…いえ。失礼いたします、お嬢様」
「え?」
話し終えた後、ルームミラーに映る綾部の瞳は、あたくしを写していなかった。
他人と話をするときは相手の目を見なさい、といつも言っている彼には珍しいその仕草に、あたくしは頭の中が真っ白になってしまった。
呆れられたのかしら。馬鹿なことを言ってるって。自分でもそう思うもの。
こみ上げてくる涙を見られまいと彼から視線を外し、あたくしは努めて平静の声を出した。
はたして綾部から返ってきたのは、意図の見えない言葉。
あたくしの疑問の音に応えないまま、彼はダッシュボードから取り出した愛用のサングラスを着けると車を走らせた。
右側だけ前髪の長い彼の秘密は、彼の主人であるお父様とあたくししか知らない。
「あ、綾部?どこへ…」
「そうですね。何処がよろしいですか?」
「え?」
「いつものように、俺の家にいたしますか?ですが、そうなると俺の理性が保つかどうか…」
「あ、綾部!?」
そして、お父様が知らない、あたくしと綾部だけの秘密。
それは、あたくし達が恋仲ということ。
使用人と主人の娘なんて、決して許されるはずのない関係なのに。
「冗談ですよ。でも、気分転換に何処か静かなところへ行きましょう。そして、その心の内を全て吐き出してごらんなさい。俺でよければ、全て受け止めます」
「綾部…」
「そうですね…郊外へ出てみましょうか。星を見に行くと言えば、日付が変わっても許されますよ、きっと」
「…そうね。お父様の全幅の信頼を寄せられている綾部が一緒ですもの。お母様もきっとお叱りにならないわ」
「おや、1番危険な男だというのに。旦那様も奥様も、騙されておいでですね」
自分で言うことかしら。
可笑しくなってくすりと笑うと、運転席からも同じ音が聞こえた。
「…やはり、予定を変更してもよろしいですか?」
「え?なぁに?お父様が怖いからやっぱり帰るの?」
「いいえ。行き先変更です。俺の家にいたしましょう」
「ええっ!?」
「お嬢様の笑顔でスイッチが入ってしまいました。お許しを」
「なぜ?!」
突然の綾部の申し出に、何故そうなったの、とルームミラーを見ると。
いつの間にサングラスを外したのか、濃い赤の瞳と薄い金の瞳が欲情を映し出していた。
頬に熱が走る。以前受け入れた彼との行為を思い出し、身体も火照りだした。
「ふふ、お嬢様。いけない子ですね。瞳に情欲が溢れていますよ」
「…そういう貴方もよ」
西円寺文乃。16歳。職業高校生、副業乙女ゲームの生徒A改め、綾部雪尋の恋人。
結局、あたくしがゲームの知識を手に入れた意味があったのかはわからないけれど、今はそれでいいの。
今は、まだ。彼の腕の中にいられたら、それでーーーー
めでたし、めでたし?
「…ねぇ、司。今の車ーーー」
「どうした?カンナ」
「多分だけれど、運転手の方に見覚えがあったの」
「ええ?どこで」
「もちろん、ゲームよ」
「出た…」
「出たとは何よ。多分ね、愛蔵版で新たに攻略対象になった運転手さんなのよね」
「はぁ?愛憎…何?」
「愛蔵版。彼は赤と金のオッドアイなんだけど、それを隠してるの。何でも、この天聖学院の創設者一族の先祖返りとか何とか」
「創設者一族って、大財閥じゃねぇか」
「そうね。だけど身分を隠して運転手してるのよ。ヒロインはその事を知らないの」
「ああ、広居リン…だっけ?」
「違うわよ」
「何で!?」
「愛蔵版だからよ。ヒロインは長い金髪の2年生よ」
「…変える意味は?」
「私が知るわけないでしょ。ヒロインより10歳年上なの。またベッドシーンの時のテクがスゴイのよ~」
「…へぇ?」
皇上院司の周りの温度が2度ほど下がったことにも気付かず、桜丘カンナは綾部雪尋という大人の男の魅力を語りだした。
この後、そんな彼女を待ち受けるのはーーー語らずとも、容易に想像出来るだろう。
そして、綾部雪尋にお持ち帰りされた西円寺文乃のことも、また然りーーー
西円寺文乃、16歳。職業高校生、副業乙女ゲームの…世界にいる生徒Aかしら。
前世とやらであったならば間違いなく生徒指導室直行モノの長い金の髪に、透き通るようなターコイズブルーの瞳。色素だけなら美人の部類に入るだろうに、他人に言わせれば、何故か印象に残らない顔立ちだそう。キツさも華やかさもなく、ただ平凡の一言につきるとか。
そんなモブ然としたあたくしだけれど、この天聖学院に通っているのだから、れっきとしたお嬢様。
だとしても、この乙女ゲームに登場する悪役令嬢、桜丘カンナのようにプライドが高いわけでも家柄を気にするわけでもなく、もちろん、婚約者なんているわけもない。普通の、この学院では一般的な、ただの女子生徒。
そんなあたくしが、何故前世の記憶を?
ゲームは主人公が1年生、桜丘カンナが3年生の設定。
あたくしは現在2年生で、桜丘カンナは3年生。今年の入学生に1人、広居リンという特学生の女の子がいたから、彼女が主人公かしら。
彼女の攻略対象は4人いて、それぞれ個別のルートがある。あたくしと同級の2年生にも1人、対象の男子生徒がいるけれど、ライバル令嬢である桜丘カンナの婚約者は同じ3年生の皇上院司。ということは、主人公である広居リンは皇上院ルートを選んだのね。
そのルートには、あたくし達2年生が出てくることはない。
さて、もう一度。何故、あたくしにゲームの知識が?
不思議に思っていても日常は過ぎていくもので、何のイベントがあったのかわからないまま、季節は夏に差し掛かっていた。
「やだ!見て見て文乃さん」
「どうしたの、茉莉花さん」
放課後。あたくしは同級のお友達であるこちらもモブ令嬢のーー失礼、ゲームとは関係のない女子生徒の伊集院茉莉花さんと学院内のカフェテリアで迎えの車を待っていた。
空調のきいたカフェテリア内は少し肌寒く、あたくし達は陽が当たる窓際の席でお話をしていたのだけれど、突然あたくしの向かいに座っていた茉莉花さんが、窓の外を指差しながら興奮した声をあげた。
少しはしたない行動だけれど、彼女のお家はお父様が1代で成された、いわゆる成金であるので、あたくしは軽く相槌を打つだけに留めておく。
こういうとき、今の時代では女性はお淑やかに、と厳しく育てられるお家の方が少ないのかしら、と思う。
「皇上院先輩と桜丘先輩よ!手を繋いで歩いてるわ。本当、お似合いのカップルねぇあの2人!」
「まぁ。嫌だわ茉莉花さん。覗き見?」
「あの2人が堂々と歩いてるのよ。他の先輩の話だと、去年から突然あんな風に公けにイチャつきだしたんですって!幼い頃からの婚約者のハズなのに…これは何かあったな、って勘ぐってる人もいるわ」
「ええ?何か、って?」
茉莉花さんの興奮は冷める様子もなく、そんな彼女にあたくしは少し苦笑いをしてしまう。よくもまぁ、他人のことにそんなに熱くなれるわね、なんて。口に出すことはないけれど。
「嫌だわ、文乃さん。恋人が進展するといえば、1つしかないじゃない!」
「まぁ。茉莉花さんったら、興奮しすぎよ」
「そうですよ。お嬢様に変なこと吹き込まないで下さいね」
突然ーー本当に突然で思わず息を飲んでしまったけれどーー窓の向こうへばかり気をやっていたあたくし達の背後から、低い男の声が聞こえた。
その声には聞き覚えがある。というか、聞き間違うはずがない。
「綾部。驚かせないで」
「申し訳ございません。なにやら怪しい空気だったもので、つい」
令嬢らしく優雅に振り向いた先にいたのは、右目の前だけ長く伸ばした漆黒の短髪に薄い金の瞳を持つ長身の男。
綾部雪尋。あたくしの専属運転手。歳は確か、10ほど上だったかしら。運転手には似つかわしくない逞しい体躯をスーツで包み、滑り止めのついた白い手袋と運転手の帽子を片手に持って立っているだけなのに、周囲の視線を集めるほどの男前。茉莉花さんも、彼の登場に頬を赤らめるほど。
「遅くなりました、お嬢様。伊集院様、いつもお嬢様と親しくしていただき、ありがとうございます」
「い、いえ、そんな…」
「先程、伊集院様のお車とすれ違いましたから、もうすぐお迎えがいらっしゃると思いますよ」
「あ、あら。ありがとうございます綾部さん。そ、それじゃあ、文乃さん。ごごごきげんよう~うふふふふ」
「ま、茉莉花さん?ごきげんよう?」
話の途中だったというのに、茉莉花さんは鞄を抱いてそそくさとカフェテリアを出て行ってしまった。綾部はそれをにこやかに見送っている。
あたくしは頭にハテナを浮かべたまま、茉莉花さんの背中を見つめていた。
結局、皇上院司と桜丘カンナはどうだというのかしら。
あたくしの知っているゲームの知識だと桜丘カンナは最終的に主人公と皇上院司の仲を認めるのだから、浅い許嫁関係だと思うのだけれど。
でも、今の2人の様子を見ている限り、普通の恋人同士のようなーーいえ、それよりも深い関係性があるような。
「お嬢様、帰りますよ」
「あっ、綾部。ごめんなさい」
「いえ。では、お手をどうぞ」
「ええ」
綾部は持っていた手袋を素早く着用し、右手を差し出してきた。
あたくしはそれを取り、立ち上がる。
鞄を持とうとして、すでに綾部の左手にある事に気付いた。本当、出来る男ね。
「ねぇ、綾部?茉莉花さんのお話、聞いていたでしょう?」
「ええ、まぁ。女性が好みそうなお話でしたね」
カフェテリアを出てすぐ、送迎専用の駐車場にたどり着いた。
ほぼ全生徒のお家が送迎車を使用するので、ここはいつも混雑している。
あたくしがはぐれないようにか、綾部はエスコートの手に少し力を入れて歩を進めていった。
少し顔が熱いのは、初夏の日差しのせいにしておこうかしら。
「あたくし、皇上院様と桜丘様はあまり仲がおよろしくないのでは、と思っていたの」
「どうされました、珍しい」
「…笑わずに、聞いてくれる?」
車に乗り込んですぐ、あたくしは神妙な面持ちで綾部に切り出した。
前世の記憶であるゲームの知識、先輩方の関係に、主人公の存在。
包み隠さず、全てを打ち明けた。
心のもやもやが晴れない時は、いつもそうやって、綾部に甘えてきたから。大人な彼は、いつだって真剣にあたくしの話を聞いて、アドバイスをしてくれる。あたくしはそれが心地良くもあり、同時に、埋まらない溝のようなものを感じているのだけれど。
「ーーーそれはまた、荒唐無稽と言いますか…」
「…そう、よね。ごめんなさい、忘れて…」
「…いえ。失礼いたします、お嬢様」
「え?」
話し終えた後、ルームミラーに映る綾部の瞳は、あたくしを写していなかった。
他人と話をするときは相手の目を見なさい、といつも言っている彼には珍しいその仕草に、あたくしは頭の中が真っ白になってしまった。
呆れられたのかしら。馬鹿なことを言ってるって。自分でもそう思うもの。
こみ上げてくる涙を見られまいと彼から視線を外し、あたくしは努めて平静の声を出した。
はたして綾部から返ってきたのは、意図の見えない言葉。
あたくしの疑問の音に応えないまま、彼はダッシュボードから取り出した愛用のサングラスを着けると車を走らせた。
右側だけ前髪の長い彼の秘密は、彼の主人であるお父様とあたくししか知らない。
「あ、綾部?どこへ…」
「そうですね。何処がよろしいですか?」
「え?」
「いつものように、俺の家にいたしますか?ですが、そうなると俺の理性が保つかどうか…」
「あ、綾部!?」
そして、お父様が知らない、あたくしと綾部だけの秘密。
それは、あたくし達が恋仲ということ。
使用人と主人の娘なんて、決して許されるはずのない関係なのに。
「冗談ですよ。でも、気分転換に何処か静かなところへ行きましょう。そして、その心の内を全て吐き出してごらんなさい。俺でよければ、全て受け止めます」
「綾部…」
「そうですね…郊外へ出てみましょうか。星を見に行くと言えば、日付が変わっても許されますよ、きっと」
「…そうね。お父様の全幅の信頼を寄せられている綾部が一緒ですもの。お母様もきっとお叱りにならないわ」
「おや、1番危険な男だというのに。旦那様も奥様も、騙されておいでですね」
自分で言うことかしら。
可笑しくなってくすりと笑うと、運転席からも同じ音が聞こえた。
「…やはり、予定を変更してもよろしいですか?」
「え?なぁに?お父様が怖いからやっぱり帰るの?」
「いいえ。行き先変更です。俺の家にいたしましょう」
「ええっ!?」
「お嬢様の笑顔でスイッチが入ってしまいました。お許しを」
「なぜ?!」
突然の綾部の申し出に、何故そうなったの、とルームミラーを見ると。
いつの間にサングラスを外したのか、濃い赤の瞳と薄い金の瞳が欲情を映し出していた。
頬に熱が走る。以前受け入れた彼との行為を思い出し、身体も火照りだした。
「ふふ、お嬢様。いけない子ですね。瞳に情欲が溢れていますよ」
「…そういう貴方もよ」
西円寺文乃。16歳。職業高校生、副業乙女ゲームの生徒A改め、綾部雪尋の恋人。
結局、あたくしがゲームの知識を手に入れた意味があったのかはわからないけれど、今はそれでいいの。
今は、まだ。彼の腕の中にいられたら、それでーーーー
めでたし、めでたし?
「…ねぇ、司。今の車ーーー」
「どうした?カンナ」
「多分だけれど、運転手の方に見覚えがあったの」
「ええ?どこで」
「もちろん、ゲームよ」
「出た…」
「出たとは何よ。多分ね、愛蔵版で新たに攻略対象になった運転手さんなのよね」
「はぁ?愛憎…何?」
「愛蔵版。彼は赤と金のオッドアイなんだけど、それを隠してるの。何でも、この天聖学院の創設者一族の先祖返りとか何とか」
「創設者一族って、大財閥じゃねぇか」
「そうね。だけど身分を隠して運転手してるのよ。ヒロインはその事を知らないの」
「ああ、広居リン…だっけ?」
「違うわよ」
「何で!?」
「愛蔵版だからよ。ヒロインは長い金髪の2年生よ」
「…変える意味は?」
「私が知るわけないでしょ。ヒロインより10歳年上なの。またベッドシーンの時のテクがスゴイのよ~」
「…へぇ?」
皇上院司の周りの温度が2度ほど下がったことにも気付かず、桜丘カンナは綾部雪尋という大人の男の魅力を語りだした。
この後、そんな彼女を待ち受けるのはーーー語らずとも、容易に想像出来るだろう。
そして、綾部雪尋にお持ち帰りされた西円寺文乃のことも、また然りーーー
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