異世界娼館救世譚

九森隆弘

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スライムと泣き虫

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 質屋からオセロットへの帰路の途中で、スライムを見つけた。
 思わず、「うおっ」と大声をあげてしまった。それほどの衝撃だ。
 街の路地裏で子供達に棒で突つかれている姿は、まさしく粘液生物といった様子だ。
 「この世界では、スライムなんているのかい?」
 「名前まで知ってるのに、なに言ってるんですか、先生。珍しくもないでしょう。」
 あ、こっちでもスライムって言うんだ。と言うか、私は本当に何語を喋っているんだ?私をなにがこの世界に引き込み、どうしてこの世界の言葉を喋れているんだ?
 「神」がいるのだろうか?本当に。
 いや、ともかくスライムだ。子供達に棒で突つかれている。スライムは目に見えて、弱っている。
 だが、この世界でどのような存在なのだろう?害獣のような存在ならば、子供達の行為に口出しするつもりはない。
 「スライムですか、街の下水道に住んでいて、水だけ飲むみたいですよ。なにも食わないで生きて行けるのは不思議だけど、まぁ、誰も気に止めませんね。」
 もしかすると、この世界のスライムは光合成を行う植物に近い、存在なのかもしれない。
 人畜無害といったスライムに、私は興味を持った。そもそも、私はマリモなどに癒されるタイプなのだ。
 しかし、浦島太郎のように優しく諭すつもりはない。日も暮れてきたし、手早く済ませてしまおう。
  「おいおい、先生どうするつもりだい?」
 「すぐ、終わるよ。」
 私は路地裏に足を向ける。少年は3人、年は12、3だろうか体格も大分しっかりしてくる年頃だ。加えて、棒まで持っている。
 だが、そんなことは関係ない。
 「おい、君達!!」
 私が少年達に声をかけると、睨むような視線が帰ってきた。私達の存在に少し前から気付いており、警戒していたのだろう。だが、問題ない。
 「金をやるから、そのスライムを私に譲ってくれ」
 ・・・別に戦わなくても、目的は達成出来るのである。
 1オジ銅貨を一人づつに渡す。ありがとう、などと素直に少年達が言うので、頭を撫でてやった。もう、悪戯なんてするなよ、みたいな感じで。
 スライムを近くで改めて見る。青色の半透明、触るとプニプニと弾力がある。間違いなく、スライムだ。
 近寄って来た私から、弱りながらもズルズルよ逃げようとするスライムに向かって、分かる訳ないのに形式上「大丈夫、うちに来るかい?」的な事を話し掛ける。
 すると、スライムは立ち止まり、私の手に擦りよって来てくれた。
 こいつぅ、ヌルヌルだな。一通りスキンシップを楽しむと、スイちゃんを胸に抱き、アーネストの元に戻る。
 「へぇー、凄いなぁ。男らしいや、先生は。おまけにスライムにも好かれるんだぁー、ホントスゲ~ヤ」
 僅か数分の間に、随分株が下がったようだ。別にいいじゃん。平和的な解決方法じゃないか。
 「でも、イレーヌの姐さんはなんて言うかな、嫌がると思うなー」
 まぁ、そうけど、名前もつけちゃったし、なんとかするよ、。

 「元の場所に捨てらっしゃい。」
 お、イレーヌ姐さん、開口一番にそれですか。猫みたいな感じなのかな?
  ちゃんと、面倒見るから!!と駄々をこねたら、イレーヌはしぶしぶながら、認めてくれた。
 他の3人には金を用意出来た事を褒めらて、スイちゃんを連れ来た事を、思いっきり罵倒された。
 どうやらスライムは猫というより、カエルや鼠に近い認識らしい。リリーにいたって診察室よりだしたら殺すとまで言っている。(スイちゃんではなく、私の事を殺すらしい。)
 夜になり、彼女達は仕事を始める。
 私はベットにしている診察台に横たわり、今日あった事、この世界に来てからの1週間を思い返す。
 スイちゃんは水のでない洗面台で休んでいる。スライムって寝るのかな?
 不意に、自分が泣いている事に気付く。

 私は帰れない。親にも会えない。友人にも、恋人は・・・  元々いないが、ともかく、私は帰れない。
 日本で築いてきた、私の生活には二度と戻れない。
 泣き叫び、恨みをぶちまけたい。しかし、私はそれすら出来ない。
  二階で「仕事」をしている彼女、彼女達の事を考える。
 彼女達は私をこの世界に呼んだ仇だろうか、それともこの世界で私を受け入れてくれた恩人だろうか?
 そうではない、彼女達は私の患者だ。幸せの定義は分からないが、彼女達の健康を守るために私は在るのだと誓う。
 その日、窮屈な診察台の上で、私はいつまでも泣いていた。
 ・・・涙くらいで決意が流れることはないけれど、いちまでも泣いていた。
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