Lost Precious

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#1

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「数が多い! 連携していくぞ!」

 赤髪の剣士は後方の仲間に叫ぶと同時に、魔物の群れへと駆け出した。
 幅広の大剣が魔物達を薙ぎ払うその様は、斬り潰す――と表した方が適切な程。
 重量感のある大剣を、剣士はいとも軽々と振って見せる。それでも、全てを倒し切るのは容易ではなかった。

 同族の血飛沫を浴びながらも、その攻勢が止むことは無い。
 まるで雪崩の様に押し寄せる群れに、剣士が飲み込まれそうになった刹那。巨大な火柱が上がった。 

 剣士が視線を送る先、黒のローブに覆われた術士の表情は見えない。
 骨をも焼き尽くす業火はその形を変え、津波の様に群れを飲み込んでいく。

 わずか一体の巨大な魔物だけを残して。

「そんな! フィルスの魔法でも無傷だなんて……」

 僧服に身を包んだ女性が驚きの声を上げる。眼前に現れたその魔物には、火傷一つ見当たらない。
 だが、そんな女性の心配を鼻で軽く笑い飛ばして、剣士が言った。

「問題ねーよ。レン。やっちまえや」
 

 雲の隙間から零れた月明りが、白銀の鎧を照らす。
 一瞬で魔物の懐に飛び込んだレンは、すでに腰の剣に手をかけていた。
 ユグドラシルの枝で作られたその剣の柄には、女神ネクマルの胸像が飾られている。
 世界に二つとない、歴代勇者が使用していた【聖剣】。

「女神の加護よ! 魔を薙ぎ払え!」

 一閃。その剣撃は一筋の光となって、魔物の身体を両断する。
 戦闘の終わりを告げるように、レンは仲間達に笑みを向けた。


「勇者様。お怪我はありませんか!?」

「ありがとうイーナ。僕は大丈夫。それより、ガリウスの方を」

「大した事ねーよ。いつもの事だ」

 先頭に立つ事が多いのも勿論だが、その性格による所も大きいのだろう。
 力に任せて粗雑に切り込むガリウスは、致命傷はほぼ無いものの、小傷を負うのは珍しくなかった。

「『いつもの事だ』じゃありませんよ! ガリウスさんはもっと気を付けてくれないと困ります! その油断がですね…」

 イーナが小言交じりに癒しの呪文を詠唱する。
 魔法士は数多く居るものの、生死を司る回復術士は珍しく、その中でも彼女は群を抜いて優秀な術士だった。

「フィルスもありがとう。助かったよ」

 レンの言葉にフィルスは、ともすれば無反応にも取れる程微かに頷いただけ。
 目深に被ったローブと極端に口数の少ないその振る舞いは、他者との繋がりを拒絶しているようでもある。

 しかしその実力は折り紙つきで、『生涯を魔法に捧げてもまだ届かぬ』と揶揄される程難しい魔法士の更に上――魔導士の称号を授かりし術士として、その右に並ぶ者はいないとさえ言われている。

「まぁなんだ。だけどこの調子なら、俺達は歴代最速で魔王を討伐した『勇者ご一行』として伝説になっちまうんじゃねぇか? なぁ勇者様よ!」

 ガリウスが背中を叩いた衝撃に、レンは若干体勢を崩しかけた。
 イーナ曰く、ガリウスは生まれてこの方匙などを持った事はないから、加減の仕方がわからないのだ――と。

 王国軍への入隊試験で気に入らない上官を打ち倒した挙句、騒ぎを聞きつけ駆け付けた王直属の騎士団を返り討ちにし、最後は団長に制止されたものの、その強さを認められ、副騎士団長に抜擢される。
 軍内部において、ガリウスは既に伝説であった。


「伝説はさておき――そうだね。一日でも早く、世界に平和を届けられたら嬉しいよ」

 まだ若干幼さが抜けきっていない整った顔と、細く柔らかな金髪は母親ゆずりか。
 レンは他の三人の様な、華やかな経歴は持ち合わせていなかった。

 強大な魔力も、卓越した剣技も、軍師さながらの知恵も。

 彼には何もなかった。
 早くに父を亡くし、母と二人で慎ましくも平凡で、幸せな。普通の若者だった。

――一年前『勇者』に選ばれるまでは。
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