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一日の始まりは

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「てっふっらっちぁ~ん!」
「ひぃいいいいいいいい!?」 
 背後から追いかける俺を見て、必死に逃げる蝶。
 このシチュエーションは俺の深層心理の表れなのだろうか。
 いや違う、単純に男が備える狩猟本能がそうさせるのだろう。
 勿論、俺も男だ――捕まえたい。
 狩猟をするのは、飢えを満たす為。
 蝶を狩るのは、蜘蛛だ。
 さしずめ俺は、飢えた蜘蛛。
――アイム・ア・ハングリー・スパイダー。

「ていっ!」
 左手を前方に突き出し、イメージする。
「きゃっ!?」
 突然目の前に現れた、真っ白いネットのようなものに彼女がつっこむ。
 粘性のある糸は、もがく彼女の足を、手を。肢体を絡め取り、完全に身動きを封じる。
 後は、いただくだけだ。
――今日も腹を減らした、一匹の蜘蛛《オレ》が。
 普段は決して見られない、露出の高い衣装を着た、彼女の身体に手を伸ばす。
 だが、その手が触れる事はなかった。

「い、嫌……。やめ……やめて……」
 綺麗な顔に恐怖を貼り付け、哀願の涙を零す。
 そんな雅蝶良に、俺は手を伸ばす事は出来なかった。
 湧き上がる、苛立ち。
 夢なのに、いや、夢だからこそ、それはないだろ。と。
 本気で嫌がってる女に手を出せるほど、俺の性癖はひねくれちゃいない。

「……全てが上手くいくわけじゃないって事か」  
 張られた蜘蛛の糸を消し、ため息を一つ。
 ここで優しく接すれば、多分普通に先へ進めるルートも存在するような気もするが、もうそんな気分じゃない。
 あの泣き顔は、あまりにリアルすぎる。

 生まれた罪悪感を振り払うように、FWKを転回した。
 もう一度飛び回って忘れよう。
 そう思っていたのだが、それは叶わなかった。
 不自然に差した影に上を向くと、俺の頭上に何かが居た。
 振り下ろされた何がが頭蓋を砕く衝撃と共に、闇が広がった。


「くっ! はあっ!?」
 ベッドから飛び起きた俺は汗だくだった。思わず頭を触るが、何も変わった所はない。
「夢……か……」
 リアルすぎるのも困りモノ。
 そんな当たり前の事を呟くくらいには、衝撃的だった。
 時間を見ると、まだ午前四時。もう一眠りできる。
 眠れるかどうかは、別として。

 
 結局、眠れなかった。
 早寝だし、十分に睡眠をとったのも理由の一つだろうが、一番の理由は夢の内容だ。
 前半は最高だったけど後半はトラウマもの。
 同級生を泣かせた後は、何かに潰されて死ぬとか、悪夢と呼んでもいいだろう。

「あら。珍しいわね。夕ちゃんがこんなに早くおりてくるなんて」
 階段を降りると、黒いネグリジェ姿の母と出くわした。
 扇情的なその格好に、一瞬ドキッとした自分が悲しい。
 確かに美人。だが母親だ。
 実の母に、ほんの僅かでも心が乱れたという事実は、何とも言えない物悲しさを連れてくる。

「まぁ。たまにはな」
 いつもより素っ気無く返事を返し、洗面所へ向かう。
 多分、今日はあまり良い一日にはならないだろう。
 そう思った俺は、いつもより長めに、仏壇に手を合わせたのだった。


 朝のニュース番組を眺めながら味噌汁を啜る。
 俺は和食派だが、目の前に座る妹はそうじゃない。
 今日も相変わらず不機嫌そうに、トーストに赤と黄色のジャムを山盛りにしている。
 苺ジャムが途中で切れたから、マーマレードを追加したらしい。
 我が家では、食パンより先にジャムが無くなる。
 こいつのせいである。将来は絶対肥満児だ。賭けてもいい。

「……何?」
 敵意のこもった一瞥を貰った。
 いつもの事だが、今日は一段とイラつく。
 憂さ晴らしのために暴言を吐いてやろうと思ったが、鳴り響いたインターフォンのチャイムに救われた。どうせ口喧嘩をしたって、もっと気分が悪くなるだけなのだ。

 残りの朝食をかきこみ、席を立ったその時。母の言葉が、俺の足を止めた。
「夕ちゃん。お友達来てるわよ」
「友達? 真か。何だろう」
 友達。と言われて真の名前がすぐに出てくる位、俺の友人関係は豊かではない。
 だが、それは母も承知の上。
 真の名前を言わなかった事には気づかないまま、玄関に向かう。
「まこちゃんじゃないわよ。女の子」
 背後から聞こえた、そんな母の言葉も、もう遅い。

「おはよう。夜見君」
 玄関に居た彼女は、眩しすぎる笑顔でそう言った。
――今日は、どんな一日になるってんだ?
 俺を待っていたのは、雅蝶良。
 夢の中で会った、彼女だった。
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