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オトナになるって
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始業式が終わり、教室に戻ると、恒例の自己紹介タイムが始まった。
これまでも度々やってきたはずだが、何度やっても苦手だ。
「夜見夕です。よろしく」
無難な挨拶で形式的な拍手を貰い、席に戻る。
総員三十二名の内、たった四人しかいない男子の一人が一発ギャグを飛ばし、笑いが巻き起こる光景に、あれくらいコミュ力が高ければ、高校生活も楽しいものになるんだろうなぁ――と思ったりもした。
その後は、特に目を見張る自己紹介などはないのだが――。
「雅蝶良です」
教室に響く、凛と透き通るような声。
それは俺の視線を上げさせるには充分すぎた。
「初めましての方も、そうでない方も、これから一年間よろしくお願いしますね」
そんな他愛もない彼女の挨拶に、まるで宝くじにでも当たったかのような盛り上がりっぷりだ。
定まらない視点で薄ら笑いを浮べる、妄想垂れ流し系男子――村上よ。
残念だが、お前が想像しているような展開にはならないから。
そして安心しろ、お前だけじゃない。誰も彼女に触れる事すら出来ないのだ。
ひらひらと舞う蝶を捕まえるには、素手じゃ無理だ。
現実は甘くない。
だけど、現実じゃなかったら――。
『別に興味ないし的オーラ』を発しながら、極めて控えめに、俺は彼女の肢体を目に焼き付けたのだった。
「夕君、一緒に帰ろ」
HR終了後、満面の笑みを浮かべ真が言った。どうやら機嫌は直っているらしい。
「ああ。ちょっと腹減ったな。何か食っていくか? 春休みのお詫びもかねて、何かおごるぞ」
「本当?じゃあ駅前の――」
「フランソワーズカフェは無しな」
「ええ~! あそこのポットケーキ食べたかったのに……」
がっくりと落ちた肩が、真の落ち込み度を示す。
この男、女っぽいのは見た目だけではない。食べ物の趣味までも『女子かっ!』と突っ込みたくなる程だ。
ちなみにフランソワーズカフェとは一見の男子がまず立ち入る事の無い小洒落たカフェ。
ポットケーキとは深い陶器を入れ物にしたスイーツである。
ボリューミーだが、お昼に食べる物ではない。
じゃあいつ食べるんだと言われても分からない。
男ならガツンと丼物――と言う俺の意見は却下され、間をとってファーストフード店に来た。
『真が女だったら』
そんな事をふと思う時がある。
エビアボガドバーガーとハニーアップルパイにミルクを乗せたトレイを見た今とか。
ちなみに俺はキングバーガーとコーラだ。
「それにしても――雅さん綺麗だよねぇ~」
「えっ!?」
「え? そんな驚くような話? 綺麗だと思わない?」
「いや、そりゃ綺麗だけど……」
驚いたのは、真が女子に興味を持ったと言う事に対してだ。
小学三年から九年間(記憶があるのは七年間)一緒にいるが、真の口から特定の女子の名前が出たのは初めてかもしれない。
真さえも魅了する雅蝶良恐るべし――と思っていたのだが。
「あんな人になりたいなぁ……」
ため息混じりに呟いた真の言葉に、コーラをむせそうになったのは言うまでも無い。
「そういえば夕君。明晰夢でどんな夢を見たの?」
「え。あ、ああ。そりゃあ――リアルだったよ」
このタイミングで、『雅蝶良の乳を揉んだ』なんて流石に言えない。
元々隠すつもりはなかったのだが、思わず濁してしまった。
「へぇ。じゃあ『FWK』とか乗った?」
『フライング・ウインド・キッカー』
通称FWK。
真が口にしたそれは、ガキの頃に見た漫画にインスパイアされて妄想した、空飛ぶスケボー。そんなモノをノートに書いては、妄想を膨らませていたっけ。
「懐かしい話だな。すっかり忘れてたよ」
きっと夢は叶うと信じて疑わなかった、純粋な頃。
あの頃なら、真っ先に空を飛んでいただろう。
それが――なんだあの夢は!?
夢と言う言葉を使うのも躊躇するような俗物的な欲望。
「夕君……泣いてるの?」
「いや、これは微かに残っていた純粋の欠片だ……」
すまない。幼少の俺。
こんな男に育ってしまって――本当にすまない――。
これまでも度々やってきたはずだが、何度やっても苦手だ。
「夜見夕です。よろしく」
無難な挨拶で形式的な拍手を貰い、席に戻る。
総員三十二名の内、たった四人しかいない男子の一人が一発ギャグを飛ばし、笑いが巻き起こる光景に、あれくらいコミュ力が高ければ、高校生活も楽しいものになるんだろうなぁ――と思ったりもした。
その後は、特に目を見張る自己紹介などはないのだが――。
「雅蝶良です」
教室に響く、凛と透き通るような声。
それは俺の視線を上げさせるには充分すぎた。
「初めましての方も、そうでない方も、これから一年間よろしくお願いしますね」
そんな他愛もない彼女の挨拶に、まるで宝くじにでも当たったかのような盛り上がりっぷりだ。
定まらない視点で薄ら笑いを浮べる、妄想垂れ流し系男子――村上よ。
残念だが、お前が想像しているような展開にはならないから。
そして安心しろ、お前だけじゃない。誰も彼女に触れる事すら出来ないのだ。
ひらひらと舞う蝶を捕まえるには、素手じゃ無理だ。
現実は甘くない。
だけど、現実じゃなかったら――。
『別に興味ないし的オーラ』を発しながら、極めて控えめに、俺は彼女の肢体を目に焼き付けたのだった。
「夕君、一緒に帰ろ」
HR終了後、満面の笑みを浮かべ真が言った。どうやら機嫌は直っているらしい。
「ああ。ちょっと腹減ったな。何か食っていくか? 春休みのお詫びもかねて、何かおごるぞ」
「本当?じゃあ駅前の――」
「フランソワーズカフェは無しな」
「ええ~! あそこのポットケーキ食べたかったのに……」
がっくりと落ちた肩が、真の落ち込み度を示す。
この男、女っぽいのは見た目だけではない。食べ物の趣味までも『女子かっ!』と突っ込みたくなる程だ。
ちなみにフランソワーズカフェとは一見の男子がまず立ち入る事の無い小洒落たカフェ。
ポットケーキとは深い陶器を入れ物にしたスイーツである。
ボリューミーだが、お昼に食べる物ではない。
じゃあいつ食べるんだと言われても分からない。
男ならガツンと丼物――と言う俺の意見は却下され、間をとってファーストフード店に来た。
『真が女だったら』
そんな事をふと思う時がある。
エビアボガドバーガーとハニーアップルパイにミルクを乗せたトレイを見た今とか。
ちなみに俺はキングバーガーとコーラだ。
「それにしても――雅さん綺麗だよねぇ~」
「えっ!?」
「え? そんな驚くような話? 綺麗だと思わない?」
「いや、そりゃ綺麗だけど……」
驚いたのは、真が女子に興味を持ったと言う事に対してだ。
小学三年から九年間(記憶があるのは七年間)一緒にいるが、真の口から特定の女子の名前が出たのは初めてかもしれない。
真さえも魅了する雅蝶良恐るべし――と思っていたのだが。
「あんな人になりたいなぁ……」
ため息混じりに呟いた真の言葉に、コーラをむせそうになったのは言うまでも無い。
「そういえば夕君。明晰夢でどんな夢を見たの?」
「え。あ、ああ。そりゃあ――リアルだったよ」
このタイミングで、『雅蝶良の乳を揉んだ』なんて流石に言えない。
元々隠すつもりはなかったのだが、思わず濁してしまった。
「へぇ。じゃあ『FWK』とか乗った?」
『フライング・ウインド・キッカー』
通称FWK。
真が口にしたそれは、ガキの頃に見た漫画にインスパイアされて妄想した、空飛ぶスケボー。そんなモノをノートに書いては、妄想を膨らませていたっけ。
「懐かしい話だな。すっかり忘れてたよ」
きっと夢は叶うと信じて疑わなかった、純粋な頃。
あの頃なら、真っ先に空を飛んでいただろう。
それが――なんだあの夢は!?
夢と言う言葉を使うのも躊躇するような俗物的な欲望。
「夕君……泣いてるの?」
「いや、これは微かに残っていた純粋の欠片だ……」
すまない。幼少の俺。
こんな男に育ってしまって――本当にすまない――。
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