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向けられた視線

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私立夢ノ見山学院高校しりつゆめのみやまがくいんこうこう

 それが俺の通っている学校の名前だ。
 周囲の学校と比べて偏差値が高く、比較的自由な校風な事もあって、志望倍率4倍の人気進学校。本当なら俺の成績でこの門をくぐる事など、天と地がひっくりかえってもありえない(実際に言われた)のだが、見事に合格した。
 家から近いから。という理由は表向き。
 男女比2:8という数字が、俺の純粋な心に火をつけたのだ。
 数が多いんだから、何かあるだろう! 
 きっと薔薇色な高校生活になるだろう! 
 そんな想いで合格してしまうのだから、青少年のリピドーは計り知れない。
 まぁ、俺一人なら無理だっただろうが。

ゆうくんおはよっ」
 挨拶と共に、極自然に、すりよるように俺の腕をつかまえる。それも、一瞬だけ。この絶妙な間の取り方は、もう職人レベルだろう。

 くりっとした子猫のような瞳。少し癖のある髪の毛。
 二ツ橋真ふたつばしまこと。友人であり、恩人でもある。
 この高校に入れたのは、彼の、地獄とも言える強化レッスンのおかげだ。

 彼。
 彼である。
 その外見から女子に間違えられる事もしばしばあり、オナベ説が未だ囁かれてはいるが。
 男だ。
 もろち――もちろん確認済みだ。

「おっす。久しぶりだな」
「本当だよ。春休みも全っ然連絡くれないしさ。たまにメール返してくれたら「寝てた」の一言だけ。寂しかったんだよ」
 真の責めるような瞳が良心を揺する。
 男だと分かっているが、これは中々卑怯だと思うんだ。
「わ……悪かった……よ。そ、そんな事よりあれだ! また一年間よろしくな!」
「うん! これで小学校から合わせて九年連続だね。運命の赤い糸って本当にあるのかもねぇ~」
 野郎×野郎の間にそんなモンがあるなら躊躇なくぶった切る。
 どうせなら腐れ縁と言ってくれ。

「で、夕君は何してたの? まさか本当にずっと寝てたわけじゃないよね? もしかして――彼女とか……出来た……?」
「なわけないだろ。そのまさかだよ」
「ええっ!? ずっと寝てたの!?」
 クラスの何人かが振り返る程の声で、目を丸くしながら真が驚く。
 青春真っ盛りの貴重な連休。
 それを寝て過ごすなんて、言語道断。死んでいるのと同じ――なんて熱い想いは、入学半年でとっくに消えた。
 どれだけ女子が多かろうと、全くフラグが立たないのだから。


「もしかしてアレ? 『明晰夢』だっけ? 本に書いてあったやつ」
 始まりは、図書館で見つけた一冊の本だった。
『ドリームらんどでセカンドらいふっ!』という、いかにも胡散臭い本ではあったが、身の丈に遭わない学校の勉強レベルと、一向に立つ気配すら見せないフラグ。
 厳しい現実からの逃避先を探していた俺は、それに一も二も無く飛びついたのである。

「まさしくだ」
 腕を組み、芝居がげて頷く。
「成功――したの?」
「いや、そこまではいけなかった。胸まではいけたんだが、生憎時間切れで」
「え? 何の話?」
 真が目を丸くしたその瞬間、教室に爽やかな風が吹いた気がした。

「蝶良さんおはようー」
 そんな女子の声に、俺は入り口に視線を向ける。 
 雅蝶良。
 その奇抜な名前には似つかわしくない。清楚で、おしとやかな外見。
 知名度は勿論、男女共に高い好感度はクラスだけにおさまらず、学年の壁をも軽々と越える。男子禁制のファンクラブがあるとかないとか。
「おはよう」
 遠巻きに、彼女を見つめる。
 夢の中で触った、柔らかい胸の感覚を思い出しながら。

「夕君! 胸までいけたって意味分かんないんだけど! 成功したの? 夢は見れたの?」
 真が俺の頬を両手で掴み、自分の方に無理矢理ひねる。
「あ、ああ。成功した」
 成功ってそっちか。俺はてっきり――かと思ったぜ。
 ふふん、とわざとらしく鼻を鳴らすと、真は驚いたように目を見開いたが、何かに気づいたのか、めったに見せない、冷たい眼差しで俺を見つめていた。
「それってさ、夕君は僕と遊ぶよりは夢を見ていたいって事だよね……?」
「え……いや、そういうわけじゃ……」
「はぁ……。僕は夢に負けたのかー。悲しいなー。九年間紡ぎ続けてきた歴史はそんなモノだったのかー……」
「お……おい……」
 遠い目をしながら、フラフラと自分の席に戻っていく真。
 流石に悪かったかな……。春休み中殆どメール返さなかったからなぁ。
 すまぬ、友よ。
 チャイムが鳴り響く中、しょげた友人の横顔を見つめながら、心で詫びた。
 遠くから自分に向けられた視線など、全く気づかずに。
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