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神の立場
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翌朝。
港に行くと、昨日テヘペロ亭にいた人達が見送りに集まっていた。
船の手配も全部済ませてくれたらしい。大きなお弁当を渡され、僕達は船に乗り込む。
「頑張って来るんだよ!」
「ニーヤ! モミ! お前達が戻るまでにテヘペロ村は俺達がしっかり復活させておくからよ!」「ペロ様! どうかお気をつけて!」
「兄ちゃんも、また一緒に飲もうぜ!」
温かい声援の中、何となくモヤモヤした気持ちになる。
別れの寂しさを感じているのかもしれない。
皆に見送られ、お別れを告げるような鐘がなる。
僕達を乗せて、船は大陸へと出港した。
「大陸にはどのくらいで着くのかな?」
何処までも広がるような海。一時間程進んだだろうか。向こう岸はまだ見えない。
「天気もいいですし、五時間程だと思いますよ」
五時間か。遠いのか近いのか良く分からないな。
「部屋を借りてあるみたいなんで、中で休んでてもよろしいですよ。ペロ様もいらっしゃいますし」
「そうなんですか。じゃあそうさせてもらいます」
五時間も潮風に当たっていたら錆びてしまいそうだ。
部屋で少し横になろう。場所を聞いて船内に下りた。
三畳程の部屋には、簡素なベッドが二つ。
お世辞にもいい部屋、とは言えないけど、この船の中にしては、上等な客室の部類に入るんだろう。真っ白なシーツがそれを物語っていた。
中ではペロ様がベッドの上にちょこんと座っていた。
「ペロ様は島を出るの初めてなんでしょ? 外の景色を見たりしないの?」
甲板で一度も見なかったし、ずっと部屋にいたんだろう。
初めての場所や乗り物とか、普通は興味をそそられる。だけど彼女にはそんな様子は微塵もない。
「目立つの、良くない」
呟くように、ペロ様が放った言葉。僕はそれを聞いて思い出し、そして理解した。
テヘペロ村が襲われた理由。
それは彼女を――神様の子孫、ペロ様を殺すため。
ペロ様は魔王を倒す力を持ってるってニーヤが言ってた。もしペロ様が生きている事が知れれば、また命を狙われる。だからテヘペロ亭の人達も、この部屋を取ったんだ。
ペロ様を隠し、魔物から守るために。
「そうだよね。変な事言ってごめん」
彼女は知ってるんだ。自分の立場を。
何が出来て、何が出来ないのか。
何をするべきか、何をしてはならないのか。
彼女は全部分かっているんだ。
「頭、撫でていいかな?」
ペロ様がコクリと頷く。いつもは勝手に撫でてるけど、今日は違う。
隣に座り、彼女の小さな頭を優しく撫でる。
僕には何も出来ないから、頭を撫でてやるくらいしか。
「洞窟の娘」
突然ペロ様が呟く。洞窟の娘、あの三人の事かな。
「うん。彼女達がどうしたの?」
「初めて、あげたって」
ペロ様の口から出た、意外な一言。
とんでもない話になりそうな気がする。
「そ、そんな事言ってたっけ?」
「何、もらった?」
「な、何だったっけ? 忘れちゃったよ」
ごまかす僕に、彼女は真っ直ぐ僕を見つめ、
「嘘、ついてる」
彼女の青い瞳が、僕を責めた。
「な、内緒なんだ。これは人に言っちゃダメな話なんだよ」
「そう」
どうやら納得したらしい。
何となく、ペロ様には言ってはいけない気がする。
「初めて、気持ちいいって言ってた」
え。まだ終わらないの? 深く掘り下げちゃうの?
だけど、そんな心配は無用だった。
「私も、初めて」
「な、何が初めてなの?」
「頭、撫でてもらうの」
「そうなんだ? 子供の時とか両親にされたりしなかった?」
「両親、いない」
「え、だってそれじゃあペロ様生まれないじゃないか」
「死んだから、覚えてない」
何て言えば良いのか、僕には分からなかった。
こういう時は謝ればいいのか。でも、なんとなくそれも違う気がした。
「よっと」
両脇を抱え、ペロ様を膝の上に乗せる。
「嫌じゃない?」僕がそう聞くと、彼女はコクリと頷いた。
「気持ちいい」
頭を撫でる僕に、ペロ様が初めて口にした自分の気持ち。
無表情な彼女のそんな言葉に、僕は得も知れぬ幸福感に包まれた。
「あら、見て下さいニーヤ」
「何々? あ、凄い光景だね」
「気持ちよさそうですね。二人とも」
「ま、ペロに免じて大人しくしといてあげるわ」
――さん。ケンセイさん。
「ケンセイさん。起きて下さい」
モミさんの声で目が覚める。
「もうそろそろ着きますよ」
「あ、うん。ありがとう」
もう着くのか、随分寝ていたんだな。
膝の上に居たはずのペロ様の姿がない。もう皆甲板にでたのか。
目をこすり、大きな伸びを一つ。部屋を出て甲板に向かった。
甲板に出ると、目の前には陸が広がっていた。遠くの方には、雲を突き抜けた大きな山が聳え立っている。
あの山も通ったりするんだろうか。頂上にはドラゴンなんか住んじゃってたりして。
そんな事を考えるとワクワクしてきた。
まだ知らぬ、ワーワルツの大陸。
この大陸のどこかに、彼女がいるんだ。
初めて出逢った、名も知らぬ魔女が。
港に行くと、昨日テヘペロ亭にいた人達が見送りに集まっていた。
船の手配も全部済ませてくれたらしい。大きなお弁当を渡され、僕達は船に乗り込む。
「頑張って来るんだよ!」
「ニーヤ! モミ! お前達が戻るまでにテヘペロ村は俺達がしっかり復活させておくからよ!」「ペロ様! どうかお気をつけて!」
「兄ちゃんも、また一緒に飲もうぜ!」
温かい声援の中、何となくモヤモヤした気持ちになる。
別れの寂しさを感じているのかもしれない。
皆に見送られ、お別れを告げるような鐘がなる。
僕達を乗せて、船は大陸へと出港した。
「大陸にはどのくらいで着くのかな?」
何処までも広がるような海。一時間程進んだだろうか。向こう岸はまだ見えない。
「天気もいいですし、五時間程だと思いますよ」
五時間か。遠いのか近いのか良く分からないな。
「部屋を借りてあるみたいなんで、中で休んでてもよろしいですよ。ペロ様もいらっしゃいますし」
「そうなんですか。じゃあそうさせてもらいます」
五時間も潮風に当たっていたら錆びてしまいそうだ。
部屋で少し横になろう。場所を聞いて船内に下りた。
三畳程の部屋には、簡素なベッドが二つ。
お世辞にもいい部屋、とは言えないけど、この船の中にしては、上等な客室の部類に入るんだろう。真っ白なシーツがそれを物語っていた。
中ではペロ様がベッドの上にちょこんと座っていた。
「ペロ様は島を出るの初めてなんでしょ? 外の景色を見たりしないの?」
甲板で一度も見なかったし、ずっと部屋にいたんだろう。
初めての場所や乗り物とか、普通は興味をそそられる。だけど彼女にはそんな様子は微塵もない。
「目立つの、良くない」
呟くように、ペロ様が放った言葉。僕はそれを聞いて思い出し、そして理解した。
テヘペロ村が襲われた理由。
それは彼女を――神様の子孫、ペロ様を殺すため。
ペロ様は魔王を倒す力を持ってるってニーヤが言ってた。もしペロ様が生きている事が知れれば、また命を狙われる。だからテヘペロ亭の人達も、この部屋を取ったんだ。
ペロ様を隠し、魔物から守るために。
「そうだよね。変な事言ってごめん」
彼女は知ってるんだ。自分の立場を。
何が出来て、何が出来ないのか。
何をするべきか、何をしてはならないのか。
彼女は全部分かっているんだ。
「頭、撫でていいかな?」
ペロ様がコクリと頷く。いつもは勝手に撫でてるけど、今日は違う。
隣に座り、彼女の小さな頭を優しく撫でる。
僕には何も出来ないから、頭を撫でてやるくらいしか。
「洞窟の娘」
突然ペロ様が呟く。洞窟の娘、あの三人の事かな。
「うん。彼女達がどうしたの?」
「初めて、あげたって」
ペロ様の口から出た、意外な一言。
とんでもない話になりそうな気がする。
「そ、そんな事言ってたっけ?」
「何、もらった?」
「な、何だったっけ? 忘れちゃったよ」
ごまかす僕に、彼女は真っ直ぐ僕を見つめ、
「嘘、ついてる」
彼女の青い瞳が、僕を責めた。
「な、内緒なんだ。これは人に言っちゃダメな話なんだよ」
「そう」
どうやら納得したらしい。
何となく、ペロ様には言ってはいけない気がする。
「初めて、気持ちいいって言ってた」
え。まだ終わらないの? 深く掘り下げちゃうの?
だけど、そんな心配は無用だった。
「私も、初めて」
「な、何が初めてなの?」
「頭、撫でてもらうの」
「そうなんだ? 子供の時とか両親にされたりしなかった?」
「両親、いない」
「え、だってそれじゃあペロ様生まれないじゃないか」
「死んだから、覚えてない」
何て言えば良いのか、僕には分からなかった。
こういう時は謝ればいいのか。でも、なんとなくそれも違う気がした。
「よっと」
両脇を抱え、ペロ様を膝の上に乗せる。
「嫌じゃない?」僕がそう聞くと、彼女はコクリと頷いた。
「気持ちいい」
頭を撫でる僕に、ペロ様が初めて口にした自分の気持ち。
無表情な彼女のそんな言葉に、僕は得も知れぬ幸福感に包まれた。
「あら、見て下さいニーヤ」
「何々? あ、凄い光景だね」
「気持ちよさそうですね。二人とも」
「ま、ペロに免じて大人しくしといてあげるわ」
――さん。ケンセイさん。
「ケンセイさん。起きて下さい」
モミさんの声で目が覚める。
「もうそろそろ着きますよ」
「あ、うん。ありがとう」
もう着くのか、随分寝ていたんだな。
膝の上に居たはずのペロ様の姿がない。もう皆甲板にでたのか。
目をこすり、大きな伸びを一つ。部屋を出て甲板に向かった。
甲板に出ると、目の前には陸が広がっていた。遠くの方には、雲を突き抜けた大きな山が聳え立っている。
あの山も通ったりするんだろうか。頂上にはドラゴンなんか住んじゃってたりして。
そんな事を考えるとワクワクしてきた。
まだ知らぬ、ワーワルツの大陸。
この大陸のどこかに、彼女がいるんだ。
初めて出逢った、名も知らぬ魔女が。
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