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【第4章】目の前に見えるもの

第5話

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「ケイ先輩の件、残念だったね……」
「スンッ……うん……」
「カナの気持ち、すごい分かるよ……」

 いつも一緒にいるユメとサキの友達二人が、私と一緒に涙を流してくれている。
 私にいつも「可愛い」と言って、私の存在価値をアピールしてくれる二人だ。
 そして今は、放課後にいつも集まるファミレスで、女子高生三人組で泣いている。
 周りの目を気にすることなんてできない。
 どうだっていい。
 今日はずっと泣きっぱなしで、学校もそれどころじゃなかった。
 理由は簡単。

 ————私の元カレが死んでしまったから。

 すでに彼とは2カ月以上も前に別れた。
 でも、イケメンだし、お金持ちだし、女の子からのウケもいい。
 ちょっと悪そうなところもカッコよくて、私の憧れの人だった。
 そんな人と少しの間だけど、彼女としていられたことは私の自慢だった。
 付き合ってすぐに色んな人に自慢してやった。

 あいつのおこぼれをもらった気がして少し癪だけど。
 ムカつくけど。
 それでも付き合えたんだから私は勝ち組だった。

 でも、そんな私の自慢の人が死んだ。

 学校の階段で足を滑らせてしまい、頭を強く打ち付けてしまったことが原因らしい。
 そんな不注意はしない人だと思っていたのに……

 別れてからもずっと目で追っていた。
 振られてからもずっと好きだった。
 だから自然と涙が溢れてくる。
 そんな私を心配して、二人が一日中私を慰めてくれた。
 可哀想な私。

「ユメ、サキ。……もう大丈夫……」
「カナは強いね」
「うん。本当にすごいと思う。カナには私たちが付いてるから大丈夫!」
「……うん! ありがとう、二人とも」

 今日のところは暗くなる前にバイバイした。
 そして、家に帰って一人になった途端、また涙が止まらなかった。


 それから三日が経った。

「カナ、今日もファミレス寄ってく?」
「え~、今日はカラオケにしようよ!」
「おっ! いいじゃん、いいじゃん! 行こ行こ!」
「私、今ドラマでやってる新曲を歌いたい! ねぇ、カナ。一緒にデュエットしようよ!」
「あの月9のやつでしょ? 私も歌覚えたいし、いいよ~!」

 今日もこうして友達と楽しく過ごして一日が終わる。
 ケイ先輩のことは悲しかったけど、時間の経過が少しずつ忘れさせてくれた。
 今をとことん楽しまないと損でしょ。
 ユメ、サキと一緒に喉が枯れるまで歌いまくった。

「バイバイ、カナ。また明日ね~」
「うん! 二人ともバイバイ」

 二人とは家が反対のため、私一人で帰り道を歩く。
 ちょっと遅くなっちゃったけど、補導されるには、まだちょっと早い時間。
 カラオケは駅からちょっと遠い商店街にある。
 もともとこの商店街自体が空いてるから、カラオケもすぐに部屋に案内してもらえる。
 今は人通りがほとんどない。

 コツ、コツ、コツ、コツ

 足音が妙に大きく響いて聞こえる。
 私のだけじゃない。
 私の後ろからも聞こえる。
 さすがに一人で夜道を歩くのは少し怖い。

 恐る恐る後ろを振り返ってみる。

 サラリーマンらしき男の人だ。
 私を追い越し、そのまま去っていく。

「ふぅ~」

 思わず安堵の息が漏れる。
 この先にある飲食街を抜けて駅まで行けば人通りも増えるし、大丈夫だよね。
 少し早歩きで歩みを進める。

 コツ、コツ、コツ、コツ

 まただ。
 私と同じようなスピードで歩く足音が聞こえる。
 また思い違いかもしれない。
 でも、後ろを振り返ってみても誰もいなかった。
 何かの不具合で点滅を繰り返す街頭が恐怖を煽る。
 さらにスピードを速めて歩く。

 コツ、コツ、コツ、コツ

 ねぇ、なんで?
 なんで、私と同じ速さで後ろを付いてくる音が聞こえるの?

 不気味に感じてしまい、ひとまずその場をやり過ごそうと、路地裏に逃げ込む。

 ここなら通る人もいないだろうし、過ぎ去ってくれるだろう。

「はぁ~、勘弁してよ」

 愚痴をこぼしつつ、壁に身を預けて空を見上げる。
 星が一つも見えず、あるのはどんよりした暗い色の雲。
 空一面に雲が広まっているわけじゃないから、少ししたら月が見えてくるのかな。

 でも、この暗いままじゃ気持ちが晴れないよ。
 早く帰って、お気に入りの入浴剤の入ったお風呂に浸かりたい。

 そう思いながら、通りを目指して目線を向けると、

「キャッ!」

 暗くてよく見えないけど、いきなり目の前に人が立っていたため、思わず驚いてしまった。


「……」


 目の前の影は、何も喋ってくれない。

「あの……」

 このまま目の前にいられると前に進めないため、手を差し出しながら一応声を掛けてみた。

 すると、

「え……?」

 差し出した手がものすごく熱くなった。

 ポタ、ポタ、ポタ……

 何かが下に垂れている。
 元をたどってみると、私の掌が刃物か何かで切られていた。

「……痛っ」

 ようやくそのことに気付くと、途端に激しい痛みが襲ってきた。
 傷はそこまで深くないと思うけど、血が止まらない。
 目の前にいる影の手には、小型のナイフが握りしめられている。

「ひぃぃぃっ!」

 大声で助けを呼びたい。
 でも、声が思ったように出せない。
 カラオケのせいなんかじゃない。
 怖くて声が出せないんだ。
 腰を抜かしてしまい、地面に座り込む。
 影はだんだんと近づいて来る。

「こ、来ないで!」

 精一杯の力で叫んだつもりでも、その声はか細く、すぐに下に落ちて消えてしまう。
 切られていない方の手とお尻を使って、なんとか後ろ方向に逃げる。
 服ごと引きずっていたせいで、ポケットに入っていたスマホが、私と影の間に落ちてしまった。
 せめて、スマホで助けが呼べれば……

 ピロン
 
 そう思った矢先、スマホに誰かからのメッセージが送られて来て、画面が光る。
 影がその画面を見る。

 すろと、なぜだか分からないけど、急に後ずさりし始める。

 胸の辺りを抑えて苦しそうだ。

 急に辺りも明るくなっていく。
 雲に隠れていた月が顔を出し始めたんだ。
 その月の光が、影の足元から上へと伸びていく。

 しかし、すべてを明らかにする前に、影はその場から逃げ出してしまった。

 私は頭の整理が追い付かず、ただ茫然とその場にとどまることしかできなかった。
 うっすらと浮かび上がったシルエット。
 どこかで見覚えのあったものだ。
 あれは……まさか……!


 翌日。

 登校してすぐに、ユメとサキに昨日のことを話した。

「ちょっと、カナ、大丈夫なのそれ?」
「本当に痛そう……」
「だから、問題なのはこの傷じゃないんだって、何度言えば分かってくれるの?」

 さっきからずっとこの調子。
 私が問題にしていることを二人に伝えても、全く信じてくれない。

「だってありえないでしょ」
「そうそう、ありえない。どこかの知らない変質者の人と見間違っただけだよ、きっと。それはそれで怖いけど」
「警察にはちゃんと言ったの?」
「今はそんなことどうでもいいの! お願い、私の言うことを信じて!」
「分かったよ。じゃあ、もう一回聞かせて?」
「だから! 犯人だよ! 私にナイフで襲ってきた犯人! 暗くてよく分からなかったけど、最後に月の光が照らしてくれたおかげで分かったの!」
「その犯人があいつってこと?」
「そう! あの服装と髪型、あれは絶対に間違いない。犯人は絶対に朱宮だよ!」

 興奮のあまりそう叫んでしまった瞬間、教室が一気に静まり返り、私たちに注目している。
 その視線にいたたまれなくなったユメたちは小声で答える。

「カナ、落ち着いて。カナの言いたいことは分かったけど、それだけは信じられないって」
「だからなんでよ?」

「だって朱宮は————」


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