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 (※執事ロイ視点)
 
 私は舞台上にある透明なボックスの中から、辺りを見渡した。
 
 観客からは、たくさんのブーイングやヤジが飛んできていた。
 せっかくのショーが、しかも、楽しみにしていた最後の演目が突如中断したからである。

 離れた客席にいる観客たちも、これがショーを盛り上げるための演出ではないと気づいたらしい。
 ジャックの奇術が失敗に終わったことは、団員たちの焦る様を見て、薄々感じとったようだ。

 しかし、観客たちはジャックが死んでいるとは、さすがに思っていないようである。
 発作か何かで倒れた、くらいにしか思っていないのだろう。
 近くで見なければ、ジャックが撃たれて死んでいることはわからない。

 さすがにジャックが死んだとわかっていたら、観客たちもこんなリアクションにはならないだろう。
 悲鳴をあげたり、身の危険を感じてその場から逃げ出したりと、もっと騒然となっていたに違いない。
 しかし、幸い今はそのようなパニックは起こっていない。
 帰る様子の客もいないようで、ブーイングや怒声を舞台に向かって飛ばしながら、これからショーはどうするのか、そのアナウンスを待っているような状態である。

 まさか、ジャックが死ぬことになるなんて……。
 
 私は、キャサリンお嬢様のことを裏切り、深く傷つけた彼のことが嫌いだった。
 少しは恨みもした。
 しかし、彼が亡くなっても、もちろん喜びはしなかった。

 深い悲しみにくれるなんてことはないが、少なからず同情した。
 彼は普通に死んだのではなく、弾丸に貫かれてその命を落としたのだ。

 彼が着ている衣装を少しめくったとき、下に着ていた服には大量の血が滲んでいた。
 つまり、即死ではなかったということだ。

 もし撃たれたショックによる即死だったのなら、心臓もすぐに止まるので、ここまでの血が流れるようなことにはならない。
 おそらく、彼は弾丸に体を貫かれたのちも、意識があっただろう。
 きっと、苦しかったに違いない。
 
 その痛みは、きっと私が想像しているよりも、壮絶なものだったのだろう。
 彼はとんでもない痛みを感じて、苦しみながら死んだのだ。
 さすがに、同情くらいはする。
 そして、彼にこんな苦しみを与えた犯人を、必ず見つけようと思った。

 私は今一度、状況を整理してみることにした。

 まず、ジャックが舞台に立ち、この透明なボックスの中へと入った。
 そして、そのボックスは外側から鍵がかけられた。
 当然、中から鍵は開けられない。
 鍵をかけた男はすぐに舞台から下がった。
 そして、舞台の上にいたのは進行役の男と、ボックスの中に入ったジャックという状況になった。

 そんな状況で、煙幕によってジャックが入ったボックスは見えなくなった。
 煙幕の範囲は舞台上だけで、離れた客席にまでは及んでいない。
 さすがにプロなので、その程度の調整は造作もないことなのだろう。

 そして、その煙幕で舞台上の様子が見えない状況の中、一発の銃声が聞こえた。

 今ならわかる。
 あれは、演出などではなかったのだ。
 そして、煙が晴れると、そこには倒れているジャックがいた。
 
 そのあと、私は彼の近くにかけよって初めて、彼が銃弾に貫かれたことによって命を落としたのだと気づいた。
 しかし、彼が入っていたボックスには、銃弾によってできた穴なんてなかった。
 いや、そもそも、このボックスは銃弾を通さないほど頑丈にできている。
 それなのに、ジャックの体は銃弾に貫かれていた。

 私は事実を確認するために、進行役の男にいくつか質問することにした。

「私は、ジャックを撃った犯人を、見つけたいと思っています。そこで質問なのですが、煙が晴れたあと、本来ならどのような状況になっていたのですか? 彼がボックスの中から脱出しようとしていたのは、何となくわかったのですが……」

「ああ、その通りだよ。煙が晴れたら、ジャックはすでに脱出しているはずだった。そして、無人のボックスを見て、観客は驚くはずだったんだがな……」

「その脱出の経路を教えていただけませんか? 犯人を特定するためには、とても重要なことなのです」

「……舞台の床が抜けるようになっているんだよ。だから、鍵がかかっているボックスの中からでも、外に出ることができる。舞台の下からは細い一本道で、ほかの団員たちが待機している裏に出られるんだ」

「なるほど……。それでは、次はあなたに聞きたいのですが……」

 私は、ジャックが入ったボックスに鍵をかけた男の方を向いた。

「鍵は、それ一つだけですか? それとも、予備のものもあるのですか?」

「予備はありません。僕が持っているこの一つだけです。落としたり壊したりするなんてヘマはしませんからね」

「そうですか……。それで、わかりましたよ。銃弾が貫通しないほどの、頑丈なボックスの中に入ったジャックの体を、どうやって銃弾で撃ち抜いたのか……。そして、その犯人も……」
 
 私は、進行役の男と鍵を持った男を、交互に見ながらそう言った。
 二人は、驚いている様子だった。
 
「まさか、さっきの短いやり取りだけで、何もかもわかったっていうのか? 職業柄、色々な奇術のタネを知っているおれですら今回は、壁をすり抜けられる魔法のような弾丸が存在するんじゃないかって思い始めていたところだぞ?」

 進行役の男が、とても信じられないといった様子で、私に向かってそう言った。
 鍵を持っている男は、緊張しているような面持ちで、黙ってこちらを見ている。

「それでは、説明いたしましょう。銃弾を通さないほど頑丈なボックスの中にいたジャックが、どのようにしてその体を撃ち抜かれたのか。その方法、そして、その方法を用いた犯人を……」

 私は、自身の推理を静かに語り始めた……。
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