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私たちは、コーヒーを注文した。
しばらくすると店員がカップを二つ運んできた。
熱いコーヒーに口をつけ、私はエルウッド様の言葉を待っていた。
「ジェイソンが、どうしてケーキをあらかじめ頼んでいたのか……、それが、少し気になる」
エルウッド様は口を開いた。
いったい彼は、何がそんなに気になっているのだろう。
「もし彼がシルビアに毒を盛るつもりなら、わざわざ食べないとわかっているケーキを注文するのはおかしい。高い金を払ってまでそんなことをする理由なんてない。つまり彼は、ケーキを本当に食べるつもりで、わざわざ事前に注文していたんだ。きっと、シルビアと二人で食べるつもりだったのだろう」
「確かに、そうですね……」
私はエルウッド様の意見には、一理あると思った。
もし今回の騒ぎで毒を盛ったのがジェイソンだとしたら、彼の行動は少し不自然だ。
仮に彼が連行されなかったとしても、あのあと一人でケーキを食べようなどとは普通は思わない。
病院に連れて行かれるシルビアに同行するのが、自然な流れだ。
つまりシルビアが倒れたのは、エルウッドにとって本当に、想定外の事態だったと思われる。
あくまでも憶測の域を出ないけれど、可能性としては充分にあり得る。
「ジェイソンとシルビアの仲は、険悪なように見えました。もしかしたらジェイソンは、仲直りの印として、高級なケーキをあらかじめ用意しておいたのかもしれません」
私は、思いついた予想を口にした。
「うん、あり得そうだね。それなら、彼が事前に高級なケーキを注文していたのにも、納得がいく。そして、そんなことまでした彼が、シルビアに毒を盛るとは思えない」
「確かに、そうですね」
私はエルウッド様の意見に同意した。
「そうなれば、シルビアに毒を盛った人物は、別にいることになる。しかし、この店の店員以外には、彼らのテーブルに近づいた人物はいない。そして、もし店員が毒を盛ったのなら、シルビアと同じグラスに口をつけたジェイソンに何の症状もないのはおかしい」
「ええ、そうですね。同じものを飲んだのに、ジェイソンだけは症状が出ていないなんてことがあるでしょうか……」
「彼があらかじめ解毒剤を飲んでいたのなら、そういう状況になるね。でもそれだと、最初の疑問に戻ってしまう」
「どうして彼は、食べないと分かっているものに、わざわざ大金を払ったのか……」
私は呟いた。
「その通りだ。……まあ、単に少し気になるというだけで、証拠なんて何もない。私の考え過ぎという可能性だって、充分にある」
彼は微笑みながらそう言った。
確かにそうかもしれないけれど、私はエルウッド様の意見が、それほど間違っているとは思わなかった。
証拠がないから憶測の域を出ないけれど、あり得ないことでもないと思えた。
「とりあえず、屋敷に帰ろうか」
「ええ、そうですね……」
私たちは、店を出た。
そして、屋敷に戻り始めた。
エルウッド様は、ジェイソンが高級な素材を使ったケーキを頼んだことが、気がかりみたいだった。
しかし、証拠が何もないので、結論は出なかった。
それから、数日が経った。
私は目覚めて、ベッドから起き上がった。
そして、突然ある考えが思い浮かんだ。
「あの、エルウッド様、先日の事件のことで、ある人物について調べたいのですが……」
私は彼に申し出た。
権力を持っている彼なら、大抵の情報を得ることができる。
もしかしたら、あの人物が今回の事件に関わっているかもしれない……。
*
(※ジェイソン視点)
私は、牢獄での生活に、限界を感じ始めていた。
ここは、地獄だ。
外の世界とは、まるで違う。
ここでは私の権力など、ないようなものだ。
貴族の権力の影響がない以上、私を守るものは何もない。
むしろ、権力を持つ者は、それだけで嫌われる対象になっていた。
当然私も、例外ではない。
毎日のように、酷い扱いを受けていた。
ここでは全員に労働が課せられるが、私の邪魔をしてくるものもいる。
そのせいで、看守に厳しい目で見られたり、中には直接的な暴力を振るう者もいた。
こんな場所、当然今までかかわったことがない私は、恐怖で体が震えていた。
ここでは常識なんてものはない。
今まで権力を笠に着て好き放題振る舞っていた私は、絶好の的だった。
陰湿ないじめから、派手な暴力まで、彼らは私に何でもしてきた。
そして看守は、見て見ぬふりである。
こんな地獄のような毎日が、これからもずっと続くのかと思うと、気が狂いそうだった。
どうしてこんなことになったのか、自分でもわからない。
私は、シルビアに毒なんて盛っていない。
しかし状況は、明らかに私にしか不可能な状態だった。
私の言葉は全て、情けない言い訳にしか聞こえなかったみたいだ。
私は今まで、こんなに虐げられた経験などなかった。
そして、それがこんなにも苦しいものだとは、当然知らなかった。
もしかすると、ソフィアも今まで、辛い思いをしてきたのかもしれない……。
毎日毎日ひどい目に遭って、いつの間にか、そのように思うようになっていた。
ソフィアは家族から、そして私から、酷い扱いを受けてきた。
私は彼女の苦しむ姿を見て、気持ちよくなっていた。
しかしそれは、間違いだった。
今ならそう言える。
こんなにもつらい思いを、彼女は何年もの間してきたのだ。
本当に悪かったと、心の底から思っている。
「ジェイソン様、サンドバッグのお時間ですよ」
男たちが、下品な笑みを浮かべながら私に近づいてきた。
また今日も、地獄のような時間が始まる。
看守の方を見たが、彼は助けてくれるような素振りすら見せなかった。
私は死ぬまで、この地獄から抜け出すことはできないのか……。
しばらくすると店員がカップを二つ運んできた。
熱いコーヒーに口をつけ、私はエルウッド様の言葉を待っていた。
「ジェイソンが、どうしてケーキをあらかじめ頼んでいたのか……、それが、少し気になる」
エルウッド様は口を開いた。
いったい彼は、何がそんなに気になっているのだろう。
「もし彼がシルビアに毒を盛るつもりなら、わざわざ食べないとわかっているケーキを注文するのはおかしい。高い金を払ってまでそんなことをする理由なんてない。つまり彼は、ケーキを本当に食べるつもりで、わざわざ事前に注文していたんだ。きっと、シルビアと二人で食べるつもりだったのだろう」
「確かに、そうですね……」
私はエルウッド様の意見には、一理あると思った。
もし今回の騒ぎで毒を盛ったのがジェイソンだとしたら、彼の行動は少し不自然だ。
仮に彼が連行されなかったとしても、あのあと一人でケーキを食べようなどとは普通は思わない。
病院に連れて行かれるシルビアに同行するのが、自然な流れだ。
つまりシルビアが倒れたのは、エルウッドにとって本当に、想定外の事態だったと思われる。
あくまでも憶測の域を出ないけれど、可能性としては充分にあり得る。
「ジェイソンとシルビアの仲は、険悪なように見えました。もしかしたらジェイソンは、仲直りの印として、高級なケーキをあらかじめ用意しておいたのかもしれません」
私は、思いついた予想を口にした。
「うん、あり得そうだね。それなら、彼が事前に高級なケーキを注文していたのにも、納得がいく。そして、そんなことまでした彼が、シルビアに毒を盛るとは思えない」
「確かに、そうですね」
私はエルウッド様の意見に同意した。
「そうなれば、シルビアに毒を盛った人物は、別にいることになる。しかし、この店の店員以外には、彼らのテーブルに近づいた人物はいない。そして、もし店員が毒を盛ったのなら、シルビアと同じグラスに口をつけたジェイソンに何の症状もないのはおかしい」
「ええ、そうですね。同じものを飲んだのに、ジェイソンだけは症状が出ていないなんてことがあるでしょうか……」
「彼があらかじめ解毒剤を飲んでいたのなら、そういう状況になるね。でもそれだと、最初の疑問に戻ってしまう」
「どうして彼は、食べないと分かっているものに、わざわざ大金を払ったのか……」
私は呟いた。
「その通りだ。……まあ、単に少し気になるというだけで、証拠なんて何もない。私の考え過ぎという可能性だって、充分にある」
彼は微笑みながらそう言った。
確かにそうかもしれないけれど、私はエルウッド様の意見が、それほど間違っているとは思わなかった。
証拠がないから憶測の域を出ないけれど、あり得ないことでもないと思えた。
「とりあえず、屋敷に帰ろうか」
「ええ、そうですね……」
私たちは、店を出た。
そして、屋敷に戻り始めた。
エルウッド様は、ジェイソンが高級な素材を使ったケーキを頼んだことが、気がかりみたいだった。
しかし、証拠が何もないので、結論は出なかった。
それから、数日が経った。
私は目覚めて、ベッドから起き上がった。
そして、突然ある考えが思い浮かんだ。
「あの、エルウッド様、先日の事件のことで、ある人物について調べたいのですが……」
私は彼に申し出た。
権力を持っている彼なら、大抵の情報を得ることができる。
もしかしたら、あの人物が今回の事件に関わっているかもしれない……。
*
(※ジェイソン視点)
私は、牢獄での生活に、限界を感じ始めていた。
ここは、地獄だ。
外の世界とは、まるで違う。
ここでは私の権力など、ないようなものだ。
貴族の権力の影響がない以上、私を守るものは何もない。
むしろ、権力を持つ者は、それだけで嫌われる対象になっていた。
当然私も、例外ではない。
毎日のように、酷い扱いを受けていた。
ここでは全員に労働が課せられるが、私の邪魔をしてくるものもいる。
そのせいで、看守に厳しい目で見られたり、中には直接的な暴力を振るう者もいた。
こんな場所、当然今までかかわったことがない私は、恐怖で体が震えていた。
ここでは常識なんてものはない。
今まで権力を笠に着て好き放題振る舞っていた私は、絶好の的だった。
陰湿ないじめから、派手な暴力まで、彼らは私に何でもしてきた。
そして看守は、見て見ぬふりである。
こんな地獄のような毎日が、これからもずっと続くのかと思うと、気が狂いそうだった。
どうしてこんなことになったのか、自分でもわからない。
私は、シルビアに毒なんて盛っていない。
しかし状況は、明らかに私にしか不可能な状態だった。
私の言葉は全て、情けない言い訳にしか聞こえなかったみたいだ。
私は今まで、こんなに虐げられた経験などなかった。
そして、それがこんなにも苦しいものだとは、当然知らなかった。
もしかすると、ソフィアも今まで、辛い思いをしてきたのかもしれない……。
毎日毎日ひどい目に遭って、いつの間にか、そのように思うようになっていた。
ソフィアは家族から、そして私から、酷い扱いを受けてきた。
私は彼女の苦しむ姿を見て、気持ちよくなっていた。
しかしそれは、間違いだった。
今ならそう言える。
こんなにもつらい思いを、彼女は何年もの間してきたのだ。
本当に悪かったと、心の底から思っている。
「ジェイソン様、サンドバッグのお時間ですよ」
男たちが、下品な笑みを浮かべながら私に近づいてきた。
また今日も、地獄のような時間が始まる。
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