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「あなたじゃ彼を幸せにできないわ! だから、彼と婚約破棄して!」

「……はい?」

 突然目の前に現れた女性の言葉に、私は驚いていた。

「えっと、彼って、誰のことでしょうか?」

 私は、当然の質問をした。

「エリオット様のことよ! 私は彼を心から愛しているの! いい加減、彼に付きまとうのはやめてもらえる?」

「ああ……、そういうことですか……」

 私は状況を理解した。
 どうやら目の前にいる彼女は、とんでもない勘違いをしているようだ。
 あ、申し遅れました。
 私、カトリー・ロンズデールです。
 一応、子爵家の令嬢です。
 
 ここは、貴族の人達も通う学園なのですが、学園内では階級に拘らず、皆が平等な立場として接する校風なのです。
 だから、平民である彼女の態度も特に気になりません。
 えっと、彼女の名前は何だったかしら……。
 そうそう、マーシー・オバーフだったわね。
 さっき言っていたエリオット様という人物と彼女は、クラスが同じだったはず。

「さっきからぼうっとして、私の話を聞いてるの!? エリオット様と別れてって言っているの!」

 彼女は下品に怒鳴りながら、ポケットから出した櫛を私に投げてきた。
 しかし私は華麗にそれをキャッチした、つもりだったのだが、受け損なって腕に当たってしまった。
 理想と現実のギャップが思ったよりも開いていたようだ。
 ほんの少しだが、血が出てきている。

「今日はこの辺にしておくけど、一週間以内に彼と別れないようなら、ただじゃ済まないわよ!」

 マーシーはそれだけ言って去っていった。

「さて、どうしましょう……」

 私は悩んでいた。
 出血の方ではない。
 こんなのは絆創膏を貼ればすぐに治る程度のものだ。
 問題は、彼と別れろと言われたことだ。

 彼と別れろと言われても、それは無理な相談である。
 私は彼と別れるつもりはないから、という理由ではない。
 だって、そもそも私と彼は、のだから、別れるも何もないのである。
 もちろん、結婚もしていない。

 そのことを説明しようと思っていたけれど、彼女は去ってしまったので、言う機会を逃してしまった。
 わざわざこちらから出向いて説明するのも面倒なので、放っておいても大丈夫だろう。
 たぶん、そのうち向こうから文句を言いにやってくるので、その時に説明してあげることにしましょう。

「どうやって、あんな勘違いをしたのかしら……」

 まあ、思い当たる節はある。
 彼と私は、確かに仲がいい。
 しかも彼は私のことを溺愛しているので、周りの人が付き合っていると勘違いする気持ちも、わからないでもない。
 私は思わず笑いそうになっていた。
 だって、彼は──。

 いや……、とりあえず今は、傷の手当てをしないと。
 それにしても、彼女の行動には少々不満だった。
 勘違いするのは、まあ許せる。
 それは誰にでもあることだ。
 でも、あんな強引なことをするなんて、どうかしている。

 まあ、私が何かするまでもなく、おそらく彼女には相応の報いが訪れるだろう。
 彼女が心から愛しているという、彼の手によって……。
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