上 下
10 / 11

10.

しおりを挟む
 (※サム視点)

「……婚約者? いったい、どういうことなんだ?」

 おれはボニーに質問した。
 その声は、僅かに震えていた。

「どういうことって言われても、言葉通りの意味だけれど。私、資産家の息子と婚約したの。この前デートした時にね」

 この前デートした時?
 ということは、あの時彼女のとなりにいたやつか!
 そんな……、あいつは、利用している有象無象のうちの一人ではなかったのか?

「私は彼と一緒に、遠くの街で暮らすことになるわ。だからもう、あなたと会うのはこれで最後。今までありがとう。さようなら」

 彼女が何を言っているのか、理解できなかった。
 いや、頭では理解できたのだが、心がそれを拒絶していた。
 君が付き合っていたのは、このおれのはずだろう?
 ほかの男と会っているのは、ただそいつらを利用していただけではなかったのか?
  
 彼女に必死に媚びている有象無象は、見ていて滑稽だった。
 だからおれは、別に彼女がほかの男と会うのも気にならなかった。
 それよりもむしろ、優越感に浸っていた。

 お前たちとおれの間には、越えられない壁があるのだと。
 おれだけが、彼女の特別なのだと、そう思っていた。

 しかし、おれも有象無象のうちの、一人だったというのか?
 
 おれはこれまでに感じたことがないくらい、深く絶望していた。
 そして同時に、自分の中から、黒い感情が沸いてきていることに気付いた……。

 おれは今まで、彼女に手を上げたことなんて一切ない。
 アマンダに手を上げたことはあっても、同じことをボニーにしなかったのには、わけがある。

 それは、彼女が美しいからだ。
 彼女の価値は、その美しさにある。
 わざわざその価値を下げるようなことなんて、おれにはできなかった。

 しかし、その美しい彼女が、おれのもとを去ろうとしている。
 ほかの男のものになろうとしている。
 そんなこと、あっていいはずがない。

 ほかの男のものになるくらいなら……。
 
「ちょっと! 何をするのよ! 離して!」

 気付けばおれは、彼女を押し倒していた。
 彼女に触れている手に、力を込める。

 だんだんと、彼女の顔が歪んでいく……。

 美しいものが段々と醜くなる姿をみて、何とも言えない気持ちになった……。
 
 たぶん彼女のこんな姿を見たのは、おれだけだ。

「はは……、有象無象の男共は、彼女のこんな表情、見たことないだろうな。……おれだけが知っている。おれだけが特別なんだ……」

 おれだけが知っている、ボニーの姿……。

 ボニーを、否、かつてボニーだったものを見下ろしながら、おれは涙を流していた……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私よりも、病気(睡眠不足)になった幼馴染のことを大事にしている旦那が、嘘をついてまで居候させたいと言い出してきた件

よどら文鳥
恋愛
※あらすじにややネタバレ含みます 「ジューリア。そろそろ我が家にも執事が必要だと思うんだが」 旦那のダルムはそのように言っているが、本当の目的は執事を雇いたいわけではなかった。 彼の幼馴染のフェンフェンを家に招き入れたかっただけだったのだ。 しかし、ダルムのズル賢い喋りによって、『幼馴染は病気にかかってしまい助けてあげたい』という意味で捉えてしまう。 フェンフェンが家にやってきた時は確かに顔色が悪くてすぐにでも倒れそうな状態だった。 だが、彼女がこのような状況になってしまっていたのは理由があって……。 私は全てを知ったので、ダメな旦那とついに離婚をしたいと思うようになってしまった。 さて……誰に相談したら良いだろうか。

[完結]要らないと言ったから

シマ
恋愛
要らないと言ったから捨てました 私の全てを 若干ホラー

【完結】あなたに従う必要がないのに、命令なんて聞くわけないでしょう。当然でしょう?

チカフジ ユキ
恋愛
伯爵令嬢のアメルは、公爵令嬢である従姉のリディアに使用人のように扱われていた。 そんなアメルは、様々な理由から十五の頃に海を挟んだ大国アーバント帝国へ留学する。 約一年後、リディアから離れ友人にも恵まれ日々を暮らしていたそこに、従姉が留学してくると知る。 しかし、アメルは以前とは違いリディアに対して毅然と立ち向かう。 もう、リディアに従う必要がどこにもなかったから。 リディアは知らなかった。 自分の立場が自国でどうなっているのかを。

幼馴染の親友のために婚約破棄になりました。裏切り者同士お幸せに

hikari
恋愛
侯爵令嬢アントニーナは王太子ジョルジョ7世に婚約破棄される。王太子の新しい婚約相手はなんと幼馴染の親友だった公爵令嬢のマルタだった。 二人は幼い時から王立学校で仲良しだった。アントニーナがいじめられていた時は身を張って守ってくれた。しかし、そんな友情にある日亀裂が入る。

(完)私を裏切る夫は親友と心中する

青空一夏
恋愛
前編・中編・後編の3話 私を裏切って長年浮気をし子供まで作っていた夫。懲らしめようとした私は・・・・・・ 異世界中世ヨーロッパ風。R15大人向き。内容はにやりとくるざまぁで復讐もの。ゆるふわ設定ご都合主義。 ※携帯電話・テレビのある異世界中世ヨーロッパ風。当然、携帯にカメラも録音機能もありです。

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちたら婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

処理中です...