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 私が部屋で本を読んでいると、アンドレさんが慌てた様子でやってきた。

 よほど慌てていたのか、彼はノックもせずに私の部屋に入ってきた。
 しかし、ここは私の部屋ではなく、牢獄なのだから、そもそもノックは必要ない。
 あまりにも居心地がいいので、つい自分の部屋だと錯覚してしまう。
 この牢獄に閉じ込められている囚人ではなく、この部屋に住んでいる住人だという気持ちになるのも、仕方のないところだ。
 
「アンドレさん、どうしたのですか? ずいぶんと慌てている様子ですが」

 ちょうどコーヒーを淹れたところだったので、彼にもコーヒーを渡し、私も自分の分を入れて席に着いた。

「はあ……、美味しいですねぇ」

 私は一口飲んで、大きなため息とともに呟いた。

「あ、豆を変えたのですか? 以前飲んだものよりも、いい香りがしますね」

 アンドレさんはどうやら、違いの分かる男のようである。

「そうなんですよ。今回の豆は、当たりですね」

「貴女の淹れ方が上手だというのも、このコーヒーが美味しい要因の一つだと思いますよ」

「あらまあ、褒めたってなにも出ませんよ。あ、このコーヒーに合うビスケットがあるので、お出ししますね」

「あぁ、そんな、お構いなく……」

 私は席を立って、ビスケットを用意した。
 そして、それを机の上に置いて、再び席に着いた。

「あぁ、美味しいわ。このコーヒーと、よく合うでしょう?」

「ええ、そうですね。ビスケットのほんのりとした甘さが、コーヒーの匂いや味を引き立て、また、コーヒーの微かな苦みが、ビスケットの甘みを引き立てていますね」

「アンドレさん、評論家みたいですね。そんな難しい顔をせずに、リラックスしましょう。あぁ、このコーヒーの香りが、私の心を穏やかにしてくれるのよねぇ」

「確かに落ち着く香りですね。あぁ、本当に美味しい……」

 私はたちはコーヒーとビスケットを食べながら、ゆったりとした時間を過ごしていた。

「……って、落ち着いている場合ではないんですよ! 大変なんです! 衝撃的な事実が明らかになったのです!」

「な、なんですか、衝撃的な事実って……」

 私はアンドレさんに尋ねた。

「貴女のお母様の死因が、判明しました」

 彼は、真剣な顔でそう言った。
 そういえば死因は、検視結果の報告を待っていると、以前にアンドレさんが言っていた。
 しかし、出血量が少ないことから、心臓を撃たれたことによるショック死だろうと、私たちは見ていた。
 どうして今更、お母様の死因が判明したくらいで慌てるの?
 しかしその疑問の答えは、すぐにアンドレさんが口にした。

「実は、死因はショック死ではありませんでした」

 アンドレさんは、静かにそう告げた。
 部屋には、沈黙が流れる。
 私はあまりのショックに、口を開くことができなかった。

 ショック死ではなかった、ですって?

 意味が分からない。
 お母様は、お父様に心臓を撃たれたのよ。
 銃弾は確かにお母様の体を貫通していた。
 弾も薬莢も、使用された銃も見つかっている。
 お父様も、銃で撃ったことは認めている。
 あの出血量の少なさから、出血多量ということはありえない。
 
 いったい、どうして……。
 
 もし死因が出血多量だとしたら、一つの可能性があることに、私は思い至った。
 それは、お母様が殺されたのは、あの場所ではないということだ。
 別の場所で殺されて、あの部屋のベッドの上に移動させられた。
 それなら、あの出血量の少なさにも、納得ができる。

 いや、やっぱりありえないわ、そんなこと!

 私は、馬鹿なの?
 どうやらまだ、頭が混乱しているみたいだわ。
 お母様が別の場所で撃たれたというのはありえない。
 だって、銃弾は、お母様が被っていたシーツと、お母様自身の体と、その下のマットレスを一直線に貫通していたのよ。

 ほかの場所で撃たれたのなら、あんな状態にはならない。
 何度も撃って、それぞれ銃弾が貫通してできた穴の場所や、弾の入射角を一致させるなんて、不可能だからだ。
 あれは、一発の弾丸で、貫かれた状況を指し示している。
 お母様は、あのベッドの上で撃たれた。
 それは、間違いのない事実だ。

 それなら、お母様の体から流れた大量の血を、拭き取ったの?

 いや、それこそありえない。
 シーツやマットレスにしみ込んだ血を完璧に拭き取るなんて不可能だ。
 そもそも、そんなことをするメリットがどこにもない。
 ショック死ではないという事実は、検視結果によっていずれ明らかになっていたのだから。
 時間やリスクを冒してまで、そんな偽装をする利点は何一つない。

 しかし、ショック死ではないという検視結果は、揺るがない事実である。

 どうして、現場にはお母様の血が、ほとんどなかったの?
 出血多量で死んだのなら、今の状況はつじつまが合わない。
 ところが、お母様の出血が少なかった原因は、アンドレさんから告げられた言葉によって、すぐに解決した。
 しかしそれは、新たな疑問を生み出す言葉でもあったのだった。

「彼女の死因は、です」

 もう、意味が分からない。
 銃で撃たれたのに、窒息死?
 いったい、どういうことなの?

 次々と知らされる驚きの事実に、私は息が詰まりそうになっていた……。
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