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ストーカーのストーカー

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 ピクニックをしようと、騎士団専用乗馬の平原に来て二時間後。
 誘って欲しがっていた大公を待っている私に、気を使ってか騎士団の一人が馬に乗せてくれたのだ。
 だがそれがいけなかった。
 馬に乗せてもらい、昨日の雨でできた大きな水溜りダイブした私は、まるで泥に沈んだのかと言うほど汚れた。

 慌てたババロくんが、どうか風呂に入ってくれと頭を下げた。
 替えの服もないからと断ったが、それでは自分が大公に叱られると食い下がった。
 綺麗好きなハジメも、そんな姿で馬車には乗せられないと腰が重い。
 大公はそこまで綺麗好きではなかったはずだが……。
 ババロくんがあまりにも頼むものだから、仕方ないと頷くと彼はすぐ様私を駐屯所のお風呂に案内した。
 

「俺は着替えをとってきます。この時間は使わないので誰も来ませんよ。」


 お風呂場の前に私を押し込めると、そそくさとその場を後にしたババロくん。
 大公に彼が怒られるのは不憫だし、さっさと入ってしまおう。
 服の泥まで落とそうと、服のままお風呂場へ入った。


「広い、それにやけに豪華ね。」


 まるで懐かしの温泉のような広さのお風呂に感嘆の声を漏らす。
 これだけ広いってことは、団員達の大浴場なのか。
 大公邸のお風呂もすごかったが、このお風呂は建設したばかりなのだろう。
 趣向が新しい。
 だが残念ながら、今日は服と顔を洗うのが目的だ。
 湯船にはつかれそうにない。
 着ていた服とズボンを脱いで、桶にシャワーで水を溜めた。


「うひゃーこれ落ちるかな……。」


 かなり酷く汚れたそれを見て、泥が落ちやすい洗剤でも作るかと心にメモをする。 
 下着姿になった自分と向かい合わせになりながら、ゴシゴシと泥がついた部分を擦った。


「あぁもう!全然落ちない。」


 最悪捨てるしかないなと服に見切りをつけながら、泥で汚れた水を流す。
 新しい水で顔を擦って、使った桶を元の場所に戻そうと立ち上がった。
 その時、ちょうど私の目線くらいの高さに合ったシャワーの留め金に、見覚えのあるものが付いていた。

 うちの会計士兼魔術師に作らせた、小型のカメラである。
 試作段階だったそれは、面白半分に欲しがった友人に貸して以来、存在を忘れていた。
 だが何故こんなところにあるのだろう。
 保護魔法と時空魔法を駆使して作られたそれは、この国で製作するのはほぼ不可能だ。 
 つまりこれは、私がレイに貸したカメラなのである。
 彼女はお風呂場を盗撮する趣味なんてあったのだろうか。
 いや五年で人は変わると言っても、既に決めた相手がいると言っていたレイが、不誠実な真似するはずがない。
 では誰がと言う謎は続く。 
 加えて、私が貸したのは全部で三つである。
 残り二つは一体何処へ?

 考えるよりも行動するが易し。 
 誰かストーカーされている団員がいないか尋ねようと、私は服を持って風呂場の扉を開けようとした。
 だがそれよりも早く、扉がひとりでに開いたのだった。


「は?」
「あ?」


 バッチリと目の合った大公は、私の姿を首を上下して見下ろすと、溜息を吐きながら自分の目を手で覆った。


「何やってんだ。そんな格好で。」
「……あぁ、ごめんなさい。泥で汚れちゃったから、ババロくんがここで洗ってって。」


 驚きのあまり、最初の言葉が出なかった。
 よく考えれば、私は今下着姿だった。
 あの野郎と悪態を吐く大公は、自分が羽織っていた上着を私に投げつけると、大声でババロくんを呼びつけた。


「汗の匂い……会合じゃなくて、訓練してたの?」
「嗅ぐな!」


 投げつけられた服をスンスンすると、彼の掌が私の口元を覆った。
 大きい手の平のせいで、鼻どころか顔の下半分が覆われて苦しい。


「近衛団長が来て、手合わせしただけだ。」


 身体を動かしていたからか若干赤らんだ頬の大公に、私はうんうんと頷いた。
 近衛団長、まだ幼い大公を戦場で育てた元騎士団長である。
 本人達は認めないが、その仲は実の親子のようであると私は思っている。
 私のことも、娘として可愛がってくれていた。
 できれば一目会いたいなと思い馳せながら、大公の服を胸で握りしめた。


「汗クセェから、お前のとこ行く前に風呂に入ろうとしたら、お前がいた。」
「ババロくん、この時間は誰も使わないって思ってたらしいから。」
「確かに、俺はいつもこんな時間にはいらねぇな。」


 一日入らねぇ日もあるって言葉は聞かなかったことにしよう。
 それより重要なのはその前の言葉だ。


「俺はって、ここ貴方のお風呂?」
「あぁ、俺専用だ。」


 その言葉に、どこか思い当たる節が過ぎった。
 大公専用、つまり盗撮されているのは大公だ。
 さらに、大公を盗撮するような人間で、この駐屯所にカメラを設置できる人は多くはない。
 名誉のために言っておく、レイではない。
 ガチャリと勢いよく開いた扉から、ババロくんが入ってきた。


「すみまブフッ!」
「見んな!」


 私のためか、げしげしとババロくんを床に踏みつけている大公。
 ごめんよババロくん。
 彼が持ってきてくれた服に身を包んで、大公に上着を返した。


「ったく!そんじゃ、俺は風呂にはいっからお前ら出てけ。」
「それより先に、私の頼み聞いてくれない?」


 不機嫌そうな顔で私を見下ろす大公に、背伸びをしてボソリと呟いた。


「貴方の寝室に行きたいんだけど……。」


 触れ合った大公の胸が、ドキリと跳ねた気がした。
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