いわゆる異世界転移

夏炉冬扇

文字の大きさ
上 下
156 / 862

156:常識の範囲

しおりを挟む
くったりとした彼女を抱え、家に戻り
寝床に寝かしつけた。
腕を離すと小さく丸まり、クーっと深い寝息を立てている。
かわいいな。
このまま見ていたいが、上の様子も気になるので、
頬に口づけを落とし戻ることにする。

「兄さん!姉さんは?」
「寝ている。酒は?飯も足りているか?」
「ええ、もう充分です。いま、面白いことを発見したんですよ!
見ててください!」

タオルにコップ一杯の水をしみ込ます。

『水よ、コップに戻れ』

水が当然、コップに戻る。

「要は、石を使うときと同じなんですね。それよりも柔軟性がある。
ただ、石を使わないだけだ。さっきのずぶぬれ状態は
元の水の量が分からないから駄目でしたが。」
「ああ、それは簡単だ。私も使っただろう?”適当”もしくは”いい感じ”とかだ。
彼女がよく使う言葉だな。そうすれば、量を把握していなくても移動はできる。」
「なるほど!」
「ただ、複雑なものではダメだ。莫大な量もな。
砂漠の砂全部とか、年予算20年分のリングとか。
一度見て把握できるならいいと思うがな。
あくまでも常識の範囲だ。
水と泥の混じったものなら、水だけ、泥だけと
移動できるが、融合して違うものになっているもの、酒などは無理だ。
移動と分離は違う。
王都のソースの卵だけというのもな。何と言ったか?乳化しているそうだ。
あと、質量保存の法則だとかいったな。
そのものが増えることはないし、減ることはない。
彼女がめったに使わない言葉だが、これは絶対だそうだ。
声を出すこと。緊急時は仕方がない。
声色を変えるのがいい。命令形でな。」
「モウ殿は学院の出なのですか?」
「いや、そういうものではないらしい。彼女の話はたいていが、たぶん、だ。
故郷では広く浅く見聞きしただけだと。ああ、だから彼女の話を、
その専門の人間には話すなと、恥をかくからといつも言われている。」
「あははは、姉さんの話の真実は4割でしたか?」
「違うぞ、3割だ。」
「それでも、素晴らしいことには変わりない。
 組み合わせの発想がいいのです。アイスをいただいたのは2回目ですが、
これに酒を掛けて食べるなど、だれも思いつかない。」
「そんなことはないらしいぞ、いつか誰かが気付くとな。
ただ、彼女が知っているだけだ、そういう使い方もあると、な。
彼女が一から研究をしてなにかを作ったわけではない。あらゆることが、たぶんなんだ。
だから、なにかあっても彼女を責めないでくれ。
セサミナが姉と慕うのはかまわない、ルグとドーガーが上官として尊敬するのもかまわない。
だが、彼女の知識を特別視しないでくれ。神聖視しないでほしい。
過ぎたるものは彼女を傷つける。彼女が傷付くことは許されない。
それだけは、それだけは。
マティス・ダーマトナティスナの名においてお願いしたい。」

貴族の名は、特別だ。
その名において何かを願うというのは、
絶対といってもいい。あらゆる流れがその願いに動く。
流れが止まらないように願った者のあらゆるものが注がれて行く。
コットワッツ領国を離れ、自分の名にどれほどの力があるかわからないが、
いままで、名を使った願いなぞしていない。
彼女のためだけだ。少しくらいは効力は有るだろう。

「兄さん、姉さんは姉さんです。
特別視や神聖視しているわけではない。みな、姉さんが好きなんですよ?
兄さんが頭を下げることはない。」
「マティス様、奥方様を赤い塊殿を尊敬することは、武を目指すものなら
誰でも持つものなのです。それが特別視だとは思わない。」
「そうです。ルグさんは少し違ったことで尊敬を持っているようですが。」
「ドーガー、黙れ!」
「あなたが頭を下げるとは。面白いものが見れましたね。
そんなことより、ふれんちとーすとなるものがどのようなものかを、
さわりだけでも教えていただきたい。」
「・・・甘いものだ。プリンを含ませたパンだ。それとしょっぱい肉を付けろといっていた。」
「なんと、甘いプリンのパン?それにしょっぱい肉?
ますますわかりませんね。うーん、聞くんじゃなかった。
あ、モウ殿はわたしと手合わせしてもらえないでしょうかね?」
「手合わせならいいんじゃないか?お前は棒術ができるな?
できればそれで相手をしてやってくれ。私のは槍なのでな。
強い相手とすればまた腕も上がるだろう。」
「奥方様は拳術遣いではないのですか?」
「彼女の師がそれで、師の対戦相手が棒術遣いなのだ。
動きを真似するだけだったが、それなりに鍛錬できたと思う。
ふふん、棒術の師は私というわけだ。」
「ほぉほぉ、棒術とは。これは楽しみですね。」
「我々もお願いしたい!」
「ワイプとの手合わせを見てからのほうがいいぞ?」
「?そうですか?ではそのあとで!」

ワイプが笑っている。
それはそうだろう。
2人はまだ鍛錬不足だな。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

手足を鎖で縛られる

和泉奏
BL
嫌だといっても、あいつに抱かれる。 「よく似合ってる」 そう囁いて彼は俺の手首の鎖に口づけた。 【紙書籍通販】https://libra.sc/products/detail/880 毎日更新18時 (イラスト:赫屋様)

【完結】10引き裂かれた公爵令息への愛は永遠に、、、

華蓮
恋愛
ムールナイト公爵家のカンナとカウジライト公爵家のマロンは愛し合ってた。 小さい頃から気が合い、早いうちに婚約者になった。

和風MMOでくノ一やってたら異世界に転移したので自重しない

ペンギン4号
ファンタジー
和風VRMMO『大和伝』で【くノ一】としてプレイしていた高1女子「葵」はゲーム中に突然よく分からない場所に放り出される。  体はゲームキャラそのままでスキルもアイテムも使えるのに、そこは単なるゲームの世界とは思えないほどリアルで精巧な作りをしていた。  異世界転移かもしれないと最初はパニックになりながらもそこにいる人々と触れ合い、その驚異的な身体能力と一騎当千の忍術を駆使し、相棒の豆柴犬である「豆太郎」と旅をする。

冷徹女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女に呪われ国を奪われた私ですが、復讐とか面倒なのでのんびりセカンドライフを目指します~

日之影ソラ
ファンタジー
タイトル統一しました! 小説家になろうにて先行公開中 https://ncode.syosetu.com/n5925iz/ 残虐非道の鬼女王。若くして女王になったアリエルは、自国を導き反映させるため、あらゆる手段を尽くした。時に非道とも言える手段を使ったことから、一部の人間からは情の通じない王として恐れられている。しかし彼女のおかげで王国は繁栄し、王国の人々に支持されていた。 だが、そんな彼女の内心は、女王になんてなりたくなかったと嘆いている。前世では一般人だった彼女は、ぐーたらと自由に生きることが夢だった。そんな夢は叶わず、人々に求められるまま女王として振る舞う。 そんなある日、目が覚めると彼女は少女になっていた。 実の姉が魔女と結託し、アリエルを陥れようとしたのだ。女王の地位を奪われたアリエルは復讐を決意……なーんてするわけもなく! ちょうどいい機会だし、このままセカンドライフを送ろう! 彼女はむしろ喜んだ。

【完結】8私だけ本当の家族じゃないと、妹の身代わりで、辺境伯に嫁ぐことになった

華蓮
恋愛
次期辺境伯は、妹アリーサに求婚した。 でも、アリーサは、辺境伯に嫁ぎたいと父に頼み込んで、代わりに姉サマリーを、嫁がせた。  辺境伯に行くと、、、、、

【完結】聖女が世界を呪う時

リオール
恋愛
【聖女が世界を呪う時】 国にいいように使われている聖女が、突如いわれなき罪で処刑を言い渡される その時聖女は終わりを与える神に感謝し、自分に冷たい世界を呪う ※約一万文字のショートショートです ※他サイトでも掲載中

憧れの召喚士になれました!! ~でも、なんか違うような~

志位斗 茂家波
ファンタジー
小さい時から、様々な召喚獣を扱う召喚士というものに、憧れてはいた。 そして、遂になれるかどうかという試験で召喚獣を手に入れたは良い物の‥‥‥なんじゃこりゃ!? 個人的にはドラゴンとか、そう言ったカッコイイ系を望んでいたのにどうしてこうなった!? これは、憧れの召喚士になれたのは良いのだが、呼び出した者たちが色々とやらかし、思わぬことへ巻き添えにされまくる、哀れな者の物語でもある…‥‥ 小説家になろうでも掲載しております。

処理中です...