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第25話 片腕の本分

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「――――ああ、そうだ。2人共、今日の探索はもうこのくらいで充分だろ? 俺の店に寛ぎに来ねえか? コーヒーも美味えし、イタ飯……もあるんだぜ。」



 ――昼下がり、食堂の飯も平らげてアリノから情報も聞けたヨウヘイは、マユとアリノを自分の店へ誘ってみた。一瞬ペコのしたり顔が脳裏をよぎって顔がくしゃっと引き攣ったが、せめてものサービスと慰労だ。




「――いいのか? 俺は…………元々今日は非番だから今からでも行けるが…………何の店だ。」




 アリノは少し意外そうな表情をしたが、すぐにヨウヘイの申し出に賛同した。




「――――コーヒーの美味いレトロな喫茶店でありんすが、わっちは遠慮しておきんす。今日の探索で得たデータが沢山ありんす。僅かでも情報を整理しないと…………。」




「――おい、マユ……あんたまだ仕事にこだわって…………」





「……これはわっちの使命でありんすから。わっちが中心になってやらないと、何も進まないから――――」





 ――組織の長、そして『悪』を討ちたいという司令官ならば確かにその責任を全うする為に働くのは当然かもしれない。だが、放っておくとまたマユは無理をしそうだ。





 ヨウヘイが、受付嬢の心配する顔を思い浮かべつつも、上手く言い返せないでいると――――





「――おや。良いではありませんか、所長。たまには息抜きぐらい。コーヒーの美味しいお店? ほほう。所長も息抜きをなさろうと少しは意識してくださったのですねえ。」





「――サクライ…………。」





 ――突然、3人の会話の中に対悪性怪物殲滅班スレイヤーズギルドの班長であるサクライが声を掛けて入って来た。金縁の眼鏡の奥には微笑みを浮かべている。





「……私共、対悪性怪物殲滅班の者たちも常々心配しているのですよ。所長が働き過ぎとプレッシャーでいつか潰れてしまうのではないかと。もう少し私を……いいえ。対悪性怪物殲滅班の班員たちやその他の職員たちを信頼して欲しいものです。」




 ――サクライは、大仰に、わざとらしく天を仰いで嘆くように話している。どうやら、少し冗談めかしてはいるが彼もマユを心配しているようだ。





「……わっちは……対悪性怪物殲滅班の班員たちを信頼していねえなんてことは――――」





「――おや、そうですかあ? それならば存外に嬉しいです~!! ささ、今からでも休養して来てください、所長。それに、私だって班長として所長に遅れを取るほど仕事が出来ないつもりはございませんよ? 代わりにデータの処理や資料作成や今後の方針などはやっておきますから! あっ、アリノ=ママニシさんにはこのC型職員証をお渡ししておきますね! 本業をやりつつウチに出入りするには必要なので~。」




「――サクライ。ちょっと、ぬし1人で勝手にわっちの仕事の裁量を決めるなんてことは――――」





「――――それが、対悪性怪物殲滅班の班員の総意だとしても、ですか?」




「――えっ…………。」





 ――物腰柔らかに話を進め、マユを休ませるように取り計らうサクライ。ただ、最後に言った『総意』という台詞には真剣な眼差しが籠っていた。





 ――――一般職員はもちろん、マユ同様、『悪』に憎悪を抱き、1秒でも早く撃滅したいであろう対悪性怪物殲滅班の班員たち。





 その彼らですら、マユのことを…………組織の長として慕っているマユ自身の幸福や安寧を気遣ってくれている。





 自らの片腕、否、それ以上の働きぶりを結果として出して来たであろうサクライの諌言を受けて部下たちの想いを無下にするほど、マユも馬鹿ではなかった。





「――――はあ…………解りんした。少し早く上がるでありんす。今日のところは頼むでありんす。」





 ――マユの言葉に、強い目で訴えていたサクライも、ぱっと明るい笑顔を向けてくれる。




「はい、もちろんもちろん!! というか、たまには私にも班長らしい仕事をさせてくださいよ~。仕事が足りな過ぎて逆に困っていたんですよ? 裁量は分散しなきゃ。」





 ――ヨウヘイも少し安心して、席を立ち上がった。





「――よっしゃ!! じゃあ行こうぜ、マユ、アリノ! 車で20分程度だ!!




「おう。」




「……運転はわっちでありんすのね。まあ、外出する時はいつもそうでありんすが……。」




 マユとアリノも席を立って、食堂から去ろうとする。





「――――ヨウヘイさん。」




「……えっ?」





「――――所長を……ヒビキ=マユを、頼みましたよ――――。」




「――へっ? お、おう……。」





 サクライは、信頼とも脅迫とも似付かない、強い気持ちを込めた表情でヨウヘイに声を掛け、恭しく頭を下げた――――
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