凡人と超人

永井 彰

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代理戦争

第二世界

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 神人が目覚めると、そこは見覚えのない場所だった。気を失ったのだ、と思い出すのは簡単だったが、どう考えても今、自らがいるのは普通の場所ではない。

 銀色に揺らめく海の中にいる、という表現がもっとも的確だな、と神人は思った。

 辺りには誰もいない。もしかしたら、この銀海の世界には神人以外の誰も存在していないのかもしれなかった。

 深呼吸する。気付かない間に、呼吸をする事を忘れて苦しくなっていたのだ。神人に弱点があるとすれば、心が弱い事である。
 弱点を克服するのが優先かもしれないな、と神人は考えた。

「弱さは弱さでしかなく、それが幸福から俺を遠ざけている」

 どうしても幸せになりたい。突き詰めてしまえば、神人が目指しているのはただそれだけの、本質だけ見れば当たり前の事と言えなくもない。手段こそ褒められた物ではないが、雷笛という特別な物質を与えられている時点で、何か凄まじい宿命が、彼を普通とはかけ離れた果てへと導いてしまうのかもしれない。

 幼い頃の神人は、本当に純粋無垢で誰からも好かれる、おとなしく賢い子どもだった。正義感が強く、いじめを見るとまるで手塚治虫のブラック・ジャックがメスを悪党に投げつけて倒すシーンのように、鉛筆を投げつけてはいじめっ子を泣かせていた。
 いつから、歪んだ行いを平然とするようになったか、そのきっかけを神人は思い出したくなかった。途方もなく神人という人格に関わる事に違いないけれども、はっきり言って胸糞が悪い記憶だからだ。
 それでも脳裏をよぎるのは、藤太郎に雰囲気がよく似た、ある少年の姿だ。しかし、それ以上の事を今は思い出したくない、と神人は頭をゆるりと横に振った。

 海の中にいるような感覚で泳ぐ事が出来ると気付き、神人は平泳ぎで進み始めた。どこが入り口でどこが出口か分からないから、進むという動詞で良いのかは微妙な所だが、とにかく神人は動き始めたのだ。

 神雷トール。ここはあの光柱が開いた異次元なのだろうか、と神人は考えた。しかし、それにしては垣間見た異形の生き物たちの姿はなく、また別の異次元のようであった。

 当てもなく、適当に泳いでいく。すると神人は、遠くに人影が見えたような気がした。その影に向かって、ひたすら泳いでいく。神人はクロールで進みたいほど焦ったが、実際に水に近い性質を持つのであろう銀色の物体の中では、平泳ぎでしか進めないようだった。

 そして少しずつ見えてきた人影の輪郭は、どうやら幼い子どものようだ。どこか安堵する神人。万が一、危険な人物だと判断したら戦闘の可能性も視野に入れなければならないからだ。

 しかし、神人はにわかに凍り付いたかのように動かなくなった。

 その子どもは、思い出したくはなかった存在。藤太郎みたいな感じがするという、その子どもだったのだ。

 そこで、暗転した。

 気付くと、小高い丘の元いた所に戻っていた。神雷はまだ鮮やかに天を衝き、その存在感を放っている。もしかしたら、見える者には見えてしまうのではないか、と神人は思った。それほど、いつにもない重圧のような濃厚な気配が、光の柱から溢れているように思えたからだ。

 銀色の海が何なのかは、誰が教えてくれるわけでもない。だから神人が自分で推測するしかないのだが、あいにく神人はまだ雷笛の全てを理解してはいない。
 まずギャラルホルンという笛を授かり、因果の力と銀鳩をそれに込め、その結果として雷が笛に宿った。神人はその記憶をゆっくりと意識の中で辿り直した。

 ギャラルホルンは、元々はこの世界の物ではない。この世界の創造主、つまり本当の、、、神が神人に与えたのだ。因果の力は、その時に神人の中に目覚めた。

 第六感という言葉を知っているだろうか。霊感や直感のように、五感とは別の、常識では説明不可能な感覚のことだ。
 その第六感の更に根源となる、無意識の奥の更に奥。イドと呼ばれる本能に眠っているのが、因果の力のような不思議な能力なのだ。

 人はみな、その力、神通力を持っている。

 かつて神は神人に、人知れず崩壊しつつある世界の救世主にしたい、と告げた。神人は迷わず請け負った。実際、神人ほどの才能がなければ世界は救えないという、単純かつ明白な理由だ。

 そんな遠い過去の記憶を思い出しながら、神人は、ギャラルホルンを扱う厳しい修業の日々を続けて思い出した。

 雷笛となる前のそれは、その時点でただの笛ではなかった。
 すなわち、ギャラルホルン自体にも神通力のような力が備わっているのだが、神人はその正体を知らない。

 その力は引き出せなかったのだ。

 修業は、神に託された内容を忠実にこなした。肉体の鍛練だけでなく、教養も積み、特に人の心を誰よりも勉強した。
 まだ7歳だった神人には、あまりに負担で孤独な道だった。だが、その頃の神人は自らが希望であると信じていたし、救世主になる器なのだと確信していた。

 しかし、10年の修業の日々と、ある少年を巡る出来事。
 それが神人を狂わせ、邪神にしてしまったのだった。
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