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1.ラヒエ
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貝の国。
そこは土のない、水だけの世界〈ウォーター・ダウン〉の中深部ほどに位置する。正に字のごとく、巨大な貝の中で人が生活している国だ。
勇者ラヒエはその日、貝の国の救世主となった。
並みいる人食い魚たちが押し寄せたウォーター・ダウン史上、稀に見る危機は彼のお陰で乗り切れたと言っても過言ではないのだ。
ラヒエが持つ、人間の物とは思えない、まるで伝説に聞く魔神のように強烈な魔力は、魔法としての形を成していないにもかかわらず敵だけを的確に捉えては消し去っていった。
そして彼はこう言い残し、貝の国を去った。
「私は深海へ行く」
ウォーター・ダウンには、魔力より軽いという水の性質上、深く潜るほどに強い存在がいるという分かりやすいヒエラルキーがある。魔力は相応に周りにある事で、生命が最大に活性化するからだ。
つまり、深海に行く事は猛者たちとの戦いの日々、あるいは死を意味している。
それでもラヒエなら、きっと頂点に立つ。
深海を制する者がウォーター・ダウンを手にする。その共通認識の下で生きるのは、貝の国の人々とて例外ではない。
彼らは快くラヒエを送り出した。
それが何を意味するかも知らないままに。
暫くして、勇者が辿り着いたのは天空を拝む水面の手前。ウォーター・ダウンと外界との境い目だ。
勇者は少しだけ、嘘を吐いていた。しかし最後には深海に向かうので、全くの嘘を言ったのでもなかった。
天を仰ぐのは、ある一人の少女の願いだ。だから勇者はそうした。
そして天を目にした。
それが、意志ある勇者の最後の姿となった。
その傍らには魔神がいたと言う。
魔神はやがて深海に向かう。勇者はその下僕と成り下がるも、魔神に従い同様に深く潜っていった。
そこで魔神は、勇者を喰らう。勇者との契約を破棄する為だ。少女の願いはしかし、叶う事にはなった。魔神は難しい心持ちではあったが、深海の主として君臨した。
長い間、魔神はその力を存分に蓄えた。
深海を制する者がウォーター・ダウンを手にする。
魔神は最早、その域に達しつつあった。魔神は滅びの魔神として、誰もに恐れられた。
貝の国の民は、この一連の事を知る事があっただろうか、いやある筈がない。
しかし待てど暮らせど勇者は帰らず、魔神の名は轟いて止まなかった。そこで貝の国の人々は誰もがこう考えた。
「勇者は魔神にまだ勝てないのだ」
本当の事を知らないままに、貝の国の人々はしかし第二の英雄を求めた。
勇者を探し、共に魔神を滅ぼす英雄を。
そこは土のない、水だけの世界〈ウォーター・ダウン〉の中深部ほどに位置する。正に字のごとく、巨大な貝の中で人が生活している国だ。
勇者ラヒエはその日、貝の国の救世主となった。
並みいる人食い魚たちが押し寄せたウォーター・ダウン史上、稀に見る危機は彼のお陰で乗り切れたと言っても過言ではないのだ。
ラヒエが持つ、人間の物とは思えない、まるで伝説に聞く魔神のように強烈な魔力は、魔法としての形を成していないにもかかわらず敵だけを的確に捉えては消し去っていった。
そして彼はこう言い残し、貝の国を去った。
「私は深海へ行く」
ウォーター・ダウンには、魔力より軽いという水の性質上、深く潜るほどに強い存在がいるという分かりやすいヒエラルキーがある。魔力は相応に周りにある事で、生命が最大に活性化するからだ。
つまり、深海に行く事は猛者たちとの戦いの日々、あるいは死を意味している。
それでもラヒエなら、きっと頂点に立つ。
深海を制する者がウォーター・ダウンを手にする。その共通認識の下で生きるのは、貝の国の人々とて例外ではない。
彼らは快くラヒエを送り出した。
それが何を意味するかも知らないままに。
暫くして、勇者が辿り着いたのは天空を拝む水面の手前。ウォーター・ダウンと外界との境い目だ。
勇者は少しだけ、嘘を吐いていた。しかし最後には深海に向かうので、全くの嘘を言ったのでもなかった。
天を仰ぐのは、ある一人の少女の願いだ。だから勇者はそうした。
そして天を目にした。
それが、意志ある勇者の最後の姿となった。
その傍らには魔神がいたと言う。
魔神はやがて深海に向かう。勇者はその下僕と成り下がるも、魔神に従い同様に深く潜っていった。
そこで魔神は、勇者を喰らう。勇者との契約を破棄する為だ。少女の願いはしかし、叶う事にはなった。魔神は難しい心持ちではあったが、深海の主として君臨した。
長い間、魔神はその力を存分に蓄えた。
深海を制する者がウォーター・ダウンを手にする。
魔神は最早、その域に達しつつあった。魔神は滅びの魔神として、誰もに恐れられた。
貝の国の民は、この一連の事を知る事があっただろうか、いやある筈がない。
しかし待てど暮らせど勇者は帰らず、魔神の名は轟いて止まなかった。そこで貝の国の人々は誰もがこう考えた。
「勇者は魔神にまだ勝てないのだ」
本当の事を知らないままに、貝の国の人々はしかし第二の英雄を求めた。
勇者を探し、共に魔神を滅ぼす英雄を。
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