ココア

永井 彰

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人生のカタチ

ココア

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 冷めたココア。

 何も変わらなかった。


 あれから暫くして、出版社から持ち込みを断る電話が入った。

「良きご縁があります事を、心よりお祈り申し上げます」


 私たちも、確かに都合が良いからなと、ココアのように冷めた気持ちで、私は受話器を握り締めていた。


 でも、これで良かったのだ。


 中途半端に助けられて傷付くより、これくらいが当たり前と思えば良い。

 というより、そう思わないと明日に進めない。


 兄は、先日までの勇敢さが嘘のように、また引きこもりになった。

 ドア越しに話し掛ける。

「ご飯、持ってきた。今日はハンバーグよ」


 返事はない。


 ただ、私は焦らなくなった。

 兄の精神は、まだ子どものまま。急に大人になるなんて、無理に決まっていたのだ。


「みんな、おにいの味方だからね」


 気持ちを込めて語りかける。これを続けるのは、たとえ身内でも面倒くささはある。

 気持ちを込めるというのは、思ったより疲れるのだ。

 私は若いからまだ平気な方だけど、父や母は気持ちを立て直すのが本当に大変そうである。


 兄は、家族の事でないと小説に出来ない。

 だから、あれから兄は小説を書かなくなった。


 だけど、ちょっとした変化はあった。

 兄は、たまに自分でココアを入れるようになったのだ。


 細かく言えば、他にも変わった。

 歯みがき粉などを勝手に捨てる事はなくなった。

 たまには、両親と散歩をするようになった。


 引きこもりは大変で、他人の強制でも自分の意志でも、ままならない。

 だから、やっぱりすぐには卒業出来ないみたいだ。


 ただ、私の方にも変化が起きた。


「樫倉さん、いる?」

 ある日の放課後の事だ。

「いるよー」

「話、あるんだけど」

 例の女子たちが、揃っていた。


「あんた、苦労してたんだね」

「え?急にどうしたの」

 なぜか、涙ぐみながらこの間のリーダーっぽい子が熱っぽく言う。

「誤解してた。金持ちで、調子に乗ってるんだってみんな、思ってた」


 近所の人から、我が家の噂を聞き込んだらしい。

 その図太さには半ば呆れるが、「しんどいよお」と叫ぶ兄の話あたりから、話が噛み合わないと思ったのだそうだ。


「みんな、あんたの友だちだ。何でも頼れよ」

 男まさりな口調で、勇ましくそう言ってのける。

 良かった。根っから悪い子じゃなかったんだ。

 そう言うのもなんだから、友情の証の握手を交わし、爽やかにみんなで下校した。


 兄は、あれから色々あり、結局は小説家になった。


 持ち込みに行ったよりずっと小さな会社だけど、ちゃんとした小説家になったのだ。


 冷めたココア。


 今では、忙しくて冷めるまで飲み忘れるらしい。
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