ココア

永井 彰

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優しさのカタチ

なんでも

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 兄は、私と話さなくなった。

 きっと、嫌いになったんだろう。
 兄は居場所がなくなる事を望まない。

 居場所が必要だから、引きこもりになったのだ。

 兄は引きこもりだけど、お風呂やトイレなどは使える。


 嫌味とか、悪口ではない。


 悪い場合にはそれすら出来なくなるほど、思うように動けなくなるらしい。
 引きこもりという状態は、既に普通とは違う世界なのだ。何が起きるかは分からない。
 本人にさえ、分からないのだ。

 でも、毎日はお風呂に入れない。引きこもりになってしまうのは、行動出来ないということだ。
 だから、くさい日もある。
 ゴミも捨てられないから、普通の人たちが思うよりもずっと臭う。

 「ゴミ屋敷みたい」とPTAの偉い人にも言われた。


 兄は、くさくても何も出来ない。
 それほど、何も出来ないのだ。


 近所付き合いはやっぱり出来ないし、散歩も出来ない。
 テレビはたまに見るらしいけど、そのたびに面白いと思えないようで、すぐ電源をオフしてしまう。

 ただ、そんな兄でも、兄だ。
 また話せるようにならないと。

 私のせいで死んでしまったりするのは悲しい。


 どうすれば良いのか。


 天恵に聞いてみた。

 センセイだと、大人だ。
 だから逆に、兄と上手く行ってないと思われるのは恥ずかしい気がした。

「なんでもだと思う」

 あっさりと、天恵は分からない答えをくれた。

「なんでも」
「そう、なんでも」
「なんでもしてあげる、ってコト?」
「なんにもしないも含めて、本当になんでも」

 最終的に、余計にわけが分からなかった。


 なんでもをしてみた。


 ココアに、いつもは入れないハチミツを入れる。甘すぎるというイタズラだ。
 傷付いて、怒るかもしれない。

 いじめと感じやすい人は、イタズラもいじめと受け取りやすい。
 これも、センセイが教えてくれた。

 でも、それだけじゃダメなのかもしれない。

 センセイは正しいけど、正しいのが答えとは限らなくい。
 そして、ぶつかり合ってでも関わらないといけない瞬間が、今なのかもしれない。


 ただ、ちょっとした奇跡が起きた。


「いつものより、おいしい」

 ドア越しではなく、自分から扉を開けてくれた。
 そして、真っ直ぐに私の顔を見た。

 兄は不器用に笑ったように見えた。

 きっと、笑ったのだろう。

 あまりに笑った思い出がなくて、まだ上手く笑えないのだろう。


 私もココアを入れてきて、一緒に飲んだ。


 色々な話をした。

 学校での生活や、将来のこと。お父さん、お母さんがずっと心配していること。引きこもり支援団体のこと。

 今まで言いたかった事を、全部しゃべった。


 兄はうなずいていた。


 そんな兄がいなくなったのは、その翌日だった。
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