90 / 100
グランド・アーク
大魔王ワレス
しおりを挟む
ワーレンは、それまで存在した事のない何かに転生した。
見た目には限りなく人間に近いが、その瞳は深紅に染まり、まだ赤ん坊である背中には小さな漆黒の翼が生えていた。
(ん?記憶も自我も消えてない。転生は失敗か)
だが、幼体なので器官が発達しておらず、話す事は出来ない。それに移動も、かろうじてハイハイがやっとだ。
「あー、あーうー」
人が来たら、恐らく終わりである。隠し部屋なのでそんな可能性は限りなく低いけれども、ワーレンだった存在は出来るだけ声を出さないように気を付けた。
そして3日が過ぎた。
その者は、若き日のワーレンに瓜二つとなるほどに急激な肉体の成長を見せた。よって、それに伴って翼も成長するかと思われたが抜け落ちた。
その結果、端から見れば深紅の瞳である事と、はっとするほど白い髪である以外は、完全に人間のように見えるようになっていた。
「ワーレンでは、もう都合が悪いな。見た目が若すぎる。ワンレイ、ワラーン、ワレス、―――そうだ、ワレス。我が名はこれより大魔王ワレスだ」
ワーレンが身に付けていた白衣を着た、狂気の大魔王ワレスがここに誕生したのだ。
当然ながら、その後マテリアー王国でワーレンの姿を見た者はいない。
ただ、ワーレンの面影がある若者が、ある日、大量の人形を城に持ってきた。当時の王国の民の中にはそんな変わり者を珍しがる者もいた。
その変わり者こそが大魔王として名を馳せる前のワレスであるとは、誰も知らないのである。
(2000年。お前が1000年先を見ていたのなら、我は2000年先を見る。―――皮肉なものだな。そのための布石がお前だ、オールディント)
人形の1体にオールディント=ゼライールの魂と、扱い兼ねるほどの大量の魔力を込めていた。ただの魔力ではない。ワレス自身が持つ、
狂気を含んだ制御しがたい魔力だ。
オールディントの魂は無念のため、マテリアー王国の近くをさ迷っていたのだ。その無念が仇となり、大魔王に拾われたのである。
そうして作られた人形こそがゼロだ。しかしワレス自身は、人形に名前を与えなかった。それがワレスなりの、ワーレンだった者なりの復讐だったのだ。
しかし大魔王として君臨するための力はまだ付いていないと考えていたワレスは、それ以上の目立った行いを長く控えてきた。
それを2000年にも及ぶ、『大魔王の沈黙』と魔物たちは呼んでいる。
そしてその『沈黙』が破られたのがマテリアー王国壊滅の日、である。
科学者として紛れ込むのが劇場としては理想だったが、吟遊詩人で妥協した。魔法で若さは偽装出来ても、昔と比べて科学が発達した王国の現状を把握しきれていなかったからだ。
そんな事をいちいち調べたところで、圧倒的な力でねじ伏せるのだから無意味。ならば知る必要などない、という事なのだ。
しかしマテリアー王国が随分と繁栄していた事は知り及んでいた。なぜなら、魔法人形には一応、人を強く逞しくする良い魔力も放たれるように細工がしてあったからだ。
黄金時代を作らせ、それを破壊する。ワレスの狂気はそれほどまでの、大それた物だった。
大魔王である存在が、人間の国王の前で詩を吟じた。それはワレスがまだワーレンだった頃からあった長詩『永遠の言葉』だ。
2000年も安置され続け、人形からの良い魔力が満たされた不思議な搭はいつしか魔法の搭と呼ばれていた。
何もかもがマテリアー王国の光の時代の象徴。そして、これから大魔王という闇に壊されていく舞台だ。
そして滅亡と、姫の逃亡があった。
◇◇◇
だが魂の杖を取り損ねたのはワレスの失敗だ。ジルアファン家が魂の杖を扱う事しか、知らなかったのだ。
(あれだけ重宝したかつての我、ワーレンにすら伏せられた祖先の秘密。それが一筋の希望に杖を与えてしまった)
太陽の国バルターク、その王宮で大魔王は過去を、己の歩みを振り返っていた。
「オールディント。―――死してなお、我が道を妨げる不届きものめ」
ゼロに眠る、ワーレンのライバルは今、ゼロを通して自らの新たな脅威になろうとしている。そんな予感がワレスにはある。
「アイナム!我がしもべよ。ゾーンが所に行き、きゃつを助けよ」
「え、アタシまで戦わせるなんてぇ、さっすがワレス様。徹底してザコカスにも手を抜かない控えめなお方」
舌足らずで妖艶な話しぶりは魔物を魅了する。それもまたアイナムがかつて、大魔王の第一のしもべとして暗躍した証左だ。
「アイナム様ぁ、ワシもお供に」
「アイナム、アイナム様。アイナム様ぁあ」
「同族を切り捨てた素晴らしい狂気の姫に、闇の祝福あれ」
魔物たちからは満場一致で、アイナムを讃える声が上がる。しかし彼女は更に妖艶に、魔物たちを制した。
「あらぁん、アンタたちがそんなではアタシは死にに行くも同然。愛して欲しかったら讃えるべきは大魔王さま、ただお一人。死にたくないなら二度とアタシを褒めるんじゃあないよ」
バルタークには確実に、闇の軍勢が根付き始めていた。
見た目には限りなく人間に近いが、その瞳は深紅に染まり、まだ赤ん坊である背中には小さな漆黒の翼が生えていた。
(ん?記憶も自我も消えてない。転生は失敗か)
だが、幼体なので器官が発達しておらず、話す事は出来ない。それに移動も、かろうじてハイハイがやっとだ。
「あー、あーうー」
人が来たら、恐らく終わりである。隠し部屋なのでそんな可能性は限りなく低いけれども、ワーレンだった存在は出来るだけ声を出さないように気を付けた。
そして3日が過ぎた。
その者は、若き日のワーレンに瓜二つとなるほどに急激な肉体の成長を見せた。よって、それに伴って翼も成長するかと思われたが抜け落ちた。
その結果、端から見れば深紅の瞳である事と、はっとするほど白い髪である以外は、完全に人間のように見えるようになっていた。
「ワーレンでは、もう都合が悪いな。見た目が若すぎる。ワンレイ、ワラーン、ワレス、―――そうだ、ワレス。我が名はこれより大魔王ワレスだ」
ワーレンが身に付けていた白衣を着た、狂気の大魔王ワレスがここに誕生したのだ。
当然ながら、その後マテリアー王国でワーレンの姿を見た者はいない。
ただ、ワーレンの面影がある若者が、ある日、大量の人形を城に持ってきた。当時の王国の民の中にはそんな変わり者を珍しがる者もいた。
その変わり者こそが大魔王として名を馳せる前のワレスであるとは、誰も知らないのである。
(2000年。お前が1000年先を見ていたのなら、我は2000年先を見る。―――皮肉なものだな。そのための布石がお前だ、オールディント)
人形の1体にオールディント=ゼライールの魂と、扱い兼ねるほどの大量の魔力を込めていた。ただの魔力ではない。ワレス自身が持つ、
狂気を含んだ制御しがたい魔力だ。
オールディントの魂は無念のため、マテリアー王国の近くをさ迷っていたのだ。その無念が仇となり、大魔王に拾われたのである。
そうして作られた人形こそがゼロだ。しかしワレス自身は、人形に名前を与えなかった。それがワレスなりの、ワーレンだった者なりの復讐だったのだ。
しかし大魔王として君臨するための力はまだ付いていないと考えていたワレスは、それ以上の目立った行いを長く控えてきた。
それを2000年にも及ぶ、『大魔王の沈黙』と魔物たちは呼んでいる。
そしてその『沈黙』が破られたのがマテリアー王国壊滅の日、である。
科学者として紛れ込むのが劇場としては理想だったが、吟遊詩人で妥協した。魔法で若さは偽装出来ても、昔と比べて科学が発達した王国の現状を把握しきれていなかったからだ。
そんな事をいちいち調べたところで、圧倒的な力でねじ伏せるのだから無意味。ならば知る必要などない、という事なのだ。
しかしマテリアー王国が随分と繁栄していた事は知り及んでいた。なぜなら、魔法人形には一応、人を強く逞しくする良い魔力も放たれるように細工がしてあったからだ。
黄金時代を作らせ、それを破壊する。ワレスの狂気はそれほどまでの、大それた物だった。
大魔王である存在が、人間の国王の前で詩を吟じた。それはワレスがまだワーレンだった頃からあった長詩『永遠の言葉』だ。
2000年も安置され続け、人形からの良い魔力が満たされた不思議な搭はいつしか魔法の搭と呼ばれていた。
何もかもがマテリアー王国の光の時代の象徴。そして、これから大魔王という闇に壊されていく舞台だ。
そして滅亡と、姫の逃亡があった。
◇◇◇
だが魂の杖を取り損ねたのはワレスの失敗だ。ジルアファン家が魂の杖を扱う事しか、知らなかったのだ。
(あれだけ重宝したかつての我、ワーレンにすら伏せられた祖先の秘密。それが一筋の希望に杖を与えてしまった)
太陽の国バルターク、その王宮で大魔王は過去を、己の歩みを振り返っていた。
「オールディント。―――死してなお、我が道を妨げる不届きものめ」
ゼロに眠る、ワーレンのライバルは今、ゼロを通して自らの新たな脅威になろうとしている。そんな予感がワレスにはある。
「アイナム!我がしもべよ。ゾーンが所に行き、きゃつを助けよ」
「え、アタシまで戦わせるなんてぇ、さっすがワレス様。徹底してザコカスにも手を抜かない控えめなお方」
舌足らずで妖艶な話しぶりは魔物を魅了する。それもまたアイナムがかつて、大魔王の第一のしもべとして暗躍した証左だ。
「アイナム様ぁ、ワシもお供に」
「アイナム、アイナム様。アイナム様ぁあ」
「同族を切り捨てた素晴らしい狂気の姫に、闇の祝福あれ」
魔物たちからは満場一致で、アイナムを讃える声が上がる。しかし彼女は更に妖艶に、魔物たちを制した。
「あらぁん、アンタたちがそんなではアタシは死にに行くも同然。愛して欲しかったら讃えるべきは大魔王さま、ただお一人。死にたくないなら二度とアタシを褒めるんじゃあないよ」
バルタークには確実に、闇の軍勢が根付き始めていた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
愛していないと嘲笑されたので本気を出します
hana
恋愛
「悪いが、お前のことなんて愛していないんだ」そう言って嘲笑をしたのは、夫のブラック。彼は妻である私には微塵も興味がないようで、使用人のサニーと秘かに愛人関係にあった。ブラックの父親にも同じく嘲笑され、サニーから嫌がらせを受けた私は、ついに本気を出すことを決意する。
お馬鹿な聖女に「だから?」と言ってみた
リオール
恋愛
だから?
それは最強の言葉
~~~~~~~~~
※全6話。短いです
※ダークです!ダークな終わりしてます!
筆者がたまに書きたくなるダークなお話なんです。
スカッと爽快ハッピーエンドをお求めの方はごめんなさい。
※勢いで書いたので支離滅裂です。生ぬるい目でスルーして下さい(^-^;
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる