マテリアー

永井 彰

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グランド・アーク

科学者たち

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 スフィアのパーティーが、ようやく全員、無事に合流した。

 そして、氷の迷宮の第一層、その全貌もまた明らかとなったのだ。

「やはり、全面的に氷ですね」
「窓もない室内だから、照明だけはあるな。敵さんも妙な親切だぜ」
「宮殿の入り口らしき扉、開きそうにない」
「悪い人形さんが閉じ込めてきたプリね」
「我々は進むしかないのだな」
「ボク、足手まといにならずに頑張ります」

 そうしてそれぞれが口々に宮殿に対する印象や、戦いへの意気込みなどを口にしていると、どこからともなくゾーンが現れた。

【我が名はゾーン。大魔王ワレス様の第一のしもべにして、災厄の人形なり】

「な、何ですか、この頭に響く声は」

 スフィアだけではない。一様に、脳を直接揺らすような声が響いてくるのだ。

「そんで、災厄のなんかが俺たちに何用だ」

 スフィアとゼロ、そしてダランを除いては、ゾーンを見た事すらない。そして、スフィアやゼロでさえ、ゾーンはワレスが操る魔法人形であるらしいくらい事しか知らなかったのだ。
 そのため、それはワルガーでなくとも、ごく自然な疑問なのだろう。

【グランド・アーク。ここがその場所なのは分かるな。そしてアークはもう、目覚めつつある】
「目覚める。それは一体―――」

 マジルの問いなど見透かしていたかのように、ゾーンは、むしろ穏やかに質問を手で制した。

【グランド・アークは命を持つ。スプリガンが作り、神が完成させた地上の奇跡。私にはキサマたちを全員、この場で抹殺する力を得ている。それもアークの恵み、なのだァア】

 言うなり、ゾーンは戦いを挑んできた。弱すぎて先に進ませる価値などない、スフィアたちをそう判断したのだ。

 ゾーンは巨大な氷の塊に魔力を帯びさせ、氷大砲とでも言うべき勢いで、スフィアたちに発射した。
 しかしそれはフェイント。そちらに気を取られている隙に背後や側面に回り込んでは次々に殴る、蹴る、投げ飛ばすと、ゾーンはやりたい放題だ。
 そして、氷塊が来るタイミングすら計算しており、物理攻撃に対する追撃としてスフィアたちをもれなく打ちのめしていく。


 格上。その表現が唯一にして最大の、スフィアたちに対するゾーンなのである。

【まだ本気ではないぞ。これで1割だ】

「な、なんだとプ」
「実力が―――違いすぎンぜ」

 ゾーンは不遜を隠さない、冷酷にして尊大な人形の笑みを浮かべた。

【オールディント。出来損ないの半端な賢者。早くキサマも、大魔王様に下るのだ。素晴らしい力を頂けるだろう】
「オールディントを知っているのか?何者だ、あなたは」
【ワーレン。その転生体が大魔王様だ】

 オールディントの記憶を持たないゼロには、何の事だかさっぱりだ。
 

 だが、白衣の男オールディント=ゼライールはゼロの心の世界で絶望していた。

「ワーレン。ワーレンが全ての黒幕だと?」

 ワーレン。それは、オールディントが死の直前に魂の杖の研究を託した、マテリアー王国の科学者にして無二の親友である男の名なのだ。

「だ、大丈夫かカニ。気をしっカニ持て」

 成り行きで同じ世界にいるだけのクワイダンには、それらしい慰めの言葉くらいしかないのだ。

◇◇◇

 ワーレン=ガルボア。古代マテリアー王国で彼は、オールディントに並ぶ天才科学者と言われていた。そのため、何かと彼と比べられる事は多かったのである。
 だが良き戦友として切磋琢磨する幸せを味わっていたという点に関しては、決してワーレンは不幸でなく、むしろ幸福に分類されるべき人間に違いなかった。

「ワーレン。魔力制御装置の出力原理なんだが、ここがルルカ反応で短縮出来ないかと思うんだ。キミ、どう思うかい」
「うーん。それよりはむしろ反応触媒なんじゃないかな。わざわざ経路を変えなくても、ヒルデニウムがあればルルカ反応の5倍は速くなったはずだ」

 ワーレンに不幸があったとすれば、その生い立ちだ。彼は本来、王族に仕える事が出来ない奴隷だったのである。

「うう。っくそ、くそ、クソが。アイツ、俺が実績に繋がらない地味な反応しか見つけないのを笑ってやがる。あの目はそうだ。―――オールディント、オールディントめ」

 実際、過去を抜きにしてもワーレンが発見する成果は地味で、有用な割には特定の分野にしか貢献しない、尖った研究と見なされる活動ばかりであった。
 ただ、尖っていると思われたのは何もワーレンが悪いわけではない。
 オールディントが優秀すぎたのだ。

(俺が今を見ているのに、オルディは1000年先を見ている。それが俺には恐ろしい。アイツは歴史に残り、俺は、俺は)

 しかし、オールディントは出ていってしまった。そして秘匿とはされていたが、実は故人となっていたのがワーレンの耳に入ったのは、彼がちょうど50歳を迎えた、ある秋の朝の事だ。

「俺は―――欺かれていた。勝ち逃げ野郎、卑怯な天才。あは、あはははは」

 ワーレンの精神に、ぴしりとヒビが入った。奴隷であった事を隠し続けてきたのも、ワーレンの心を手遅れなほどに歪ませてきたのだった。
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