マテリアー

永井 彰

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グランド・アーク

クルセイダー

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「また弱くなってしまったプリ」

 スプスーが悪魔化デモナイズに払った代償。それは自らの魔力の限界、すなわち蓄えられる魔力の最大値だ。
 その事は、スプスーが魔術師として力を失っていく事を意味している。使えば使うほど弱くなる悪魔化は、スプスーにとっては出来れば使いたくない禁じ手なのだ。

 マジルは今度こそ、気絶していた。悪魔の攻撃で気絶しないワルガーの方が異常なのだ。


 十字軍クルセイダー

 ワルガーがヒルミスに落ちのびてなお目指していたのは、神聖騎士の頂点のみが入団を許される神のお膝元、天下の強者たちの集まりだった。

 そのために想像を絶する、常人では思い付きもしない修業により、ワルガーは悪魔に対抗する力、霊力れいりょくを帯びた特別な存在なのだ。
 霊力は、身体に人間離れした耐久性を与える。

 さらにワルガーは魔法すら、霊力によって行使する。そのため、生命に体しては魔法を発動することが出来ない。魔力の魔法が生命を癒したり傷付けたりしても構わないのとは、原理が異なるのだ。

「勲章マン、あんた何か隠してんな」

 ワルガーは勘も鋭い。先ほどから、ダランが必殺を試みているのもお見通しだ。

「卑怯に卑怯で返すのは、確かに恥だな」
「まだ舐めた口が利けるか。永遠に黙らせてェぜ」

 だがワルガーは、自らの言葉に反し武器を捨てた。

「気が変わった。好きにしろ・・・・・

 無防備になったワルガーは、それでも傲岸な表情を崩さない。

「おぬし、何が狙いだ」
「何も。いや、強いて言うなら」

 言うや否や、自らの得物であるはずの手斧を改めて拾い、みしみしと音を立て、その柄を右手だけで折った。

「お前の心を完全に折るのさ。こんな風にな」

 ダランは恐怖した。魔物にさえ感じた事のない底知れなさが、この男にはあるという強烈な恐怖だ。
 だが、ダランとて今さら引き返すわけには行かない。

「よろしい。ならば私の全力をお見せしよう」

 冷静だった。
 強敵を目の前にして、こんなにも冷静になれるかとダランは自らの潜在能力に驚いていた。

 そして、翼竜槍ドラコに全ての意識を集中した。

いぶれ。竜円舞曲ドラゴン・ワルツ

 燻製くんせいをご存知だろうか。火で炙り、煙が舞う様を想像してほしい。
 それほどの煙が、濛々もうもうと立ち込める。

 槍を地面に擦らせた摩擦。それが鏡の床から煙を放つほど、強いこすれなのだ。
 相手との距離は十分。煙幕で助走のタイミングは、ワルガーには見えもしないだろう。

 そして、血が飛んだ。


 無力なスフィア姫を、スプリガンは楽しんでいるようだ。その怯えきった顔を見て、悦に浸っている。
 彼女には何の策もない。武器もなく、魔法もない。祈ったところで奇跡を呼べるほど、神への深い信仰もない。

「あなたたちとは、分かり合えないのですか」

 スフィアは知らなければならなかった。

 不可能は可能にならないという事を。

 スプリガンは仲間を呼んできた。悠に30匹はいるだろう。
 そして、例外なくスフィアを見て、にやついている。どう考えても仲間になれる表情ではなかった。

「どうして。スプスーさんは、優しいのに」

 スフィアは知らなければならなかった。

 届かない言葉は、あるという事を。

 スプリガンたちにとって、妙な才能を持つスプスーは異分子以外の何者でもない。そうでなければ、見つからないように狡猾に、スフィアを拉致するはずはないのだ。

「妖精さん。人間は変わりました。話を聞いてください」

 スフィアは、次第に現実が見えてきた。

 彼らはもう、妖精ではないのだと。

 次々に巨大化を始めるスプリガンたち。戦闘能力に変化はないが、単なる愉悦、それだけのために彼らは魔法を行使した。


 幼い姫が、もっと幼かった頃。

 レゼットはまだ、王子だった。
 そして、その日は王妃の命日だった。

 若くして一人娘を生み、そのまま息を引き取った悲劇の王妃。当時は新聞記者らが殺到していた。
 空気が読めない野次馬というのは、いつの時代にもいるのである。

 しかし、時間は全てを薄めていった。

 新聞記者たちも保身のためだけの、上っ面の道徳や作法を学んだ。そして、王となるための激務は、どんなに義理堅くても時に亡き妻を忘れさせてしまうのだった。

 ただそれとは別に、スフィアが次第に母に似てきた事がレゼットを勇気づけたという良い変化もあった。

 スフィアもまた、そうした時代の目撃者であり、当事者だったのだ。


 そんな、王妃の命日の事である。

「スフィ。私はこれから、お前に大切な事を伝えねばならない」
「愛する父さま。何なりとお申しになってください」


 なぜか、スフィアはその先が思い出せなかった。悪い思い出ではなさそうだし、大事な記憶のはずなのに、今まで何かが彼女の心に蓋をしていたのだ。

 だが、今ようやく、それを思い出した。

 そして、スフィアの体からは金色の光が放たれたのだ。

「私は魂の器。全ての悪を討つため、来るべき時に魂の杖をその身に宿す者」

 スフィアにもう、恐怖はないのだった。
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