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魔法の剣
ダマされる
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マースドント冒険学校の一階廊下、その一部が崩落していた。
ちょうど、真上にあたる二階部分に人がいなかったから良かったものの、一歩間違えれば怪我人が出ていただろう。
テックは魔法剣を出そうとした。
もしかしたら教職員など学校関係者に見つかり、今いる学校すら通えなくなるどころか、禁術である魔法の使い手として裁かれるかもしれない。
そうした色々を分かっていながら、戦えるのは、それでもテックしかいない。
実戦経験だけなら、きっと教員の中にテックより遥かに上の冒険者出身もいるだろう。しかし、魔法剣はその威力が別格だ。
魔を断つ魔。それが魔法剣の本質なのだ。
「あんさん、やるんなら早よしとくなはれや。こう見えてワイ」
「せっかちなんや」と言うのと拳を繰り出すのが、ほぼ同時だ。
テックは十字剣戒律を横一文字にして、その拳を受け止めた。
そこからは両者の激しい攻防だ。無理せず使いなれた剣で戦う。今回、テックはそう決めていた。
(炎が出なかったら、あの剣じゃ意味がない)
牙の洞窟の一件はテックの心の枷となり、蒼の短剣を選ぶ決断を出来なくしていた。
しかし、第二の刺客は容赦などしない。
「そ、それは。魂の杖」
テックの視線の先には、折れたはずの魂の杖を取り出したシーバースの姿があった。
そして、何の躊躇いもなく、その力を行使したのだ。
「なんだと」
テックは起きた事を受け入れきれず、一瞬、剣を構えるのを忘れた。
シーバースが二人になったのだ。
「ちっ、ハズレか。まあええ。せっかちなワイへの天罰は、こんな程度やねん」
そこから、敵の圧倒は始まった。
学校を食べ始めたのだ。
「食えば食うほど強くなる。せっかちな上に、グルメなワイ。どうよ」
職員に見つかる可能性など、どうやら度外視しているようで、刺客の腕が二倍、三倍となる。
千手観音。シーバースは我々の世界で言うなら、さしずめ千手観音が闇に堕ちたような姿を得た。
無数の手が、食物を求めて気味悪く蠢いていた。
「別に、人も好物やねんぞ」
いけない、とテックは駆け出した。触手のように伸びた敵の腕、それが今、先ほどの面接官のもとへと飛んでいったからだ。
黒ぶち眼鏡が落ち、音を立てて砕けた。
しかし、面接官はどこにもいない。
「言ったろう。貴殿より速く動けると」
その声は、いつかの黒鬼。
第一の刺客、ムオルの声だ。
面接官にしか見えない男、その口から発せられたように、テックには思えた。
「やっと気付いたか、剣の勇者よ」
そう言うと、その姿までもが角の生えた鬼の姿に変わったのだ。
「そんな。もう倒したはずなのに」
テックは訳が分からない。しかしそんなテックをよそに、ムオルは話を続けた。
「シーバース。誰が全力でやれと言った。これは勇者への試練だ。定められただけの力でやれ」
「ワイはせっかちなんや。そんな器用な勝負が出来てたまるかい」
「まあ、それもそうだ、な」
言うや否や、今度は三人が一斉に襲ってきた。ムオルと、二人のシーバースだ。
(なっ。受けきれない)
全身に、痛みが走る。いや、痛みなどと言う生易しい物ではない。
死の感覚。それも天寿を全うする明るい死ではなく、ただ理不尽に迎える望まない死。
「どうした。勝者が正しいんだろ?早く勝てよ」
ムオルは冷酷に言い放った。
「ムオル。お前、不死身なのか」
「いや、某だけではない。全員だ」
死なない刺客。
もし本当ならば、テックは絶対に勝てない。
「知っていたか、勇者よ。ここはお前がいたのとは別の次元。誰も貴殿を助けになど来ぬ」
テックはようやく、合点がいった。刺客は戦いの舞台から既に徹底していた。
面接官に姿を変えたムオル、そしてシーバースに、テックはダマされたのだ。
「ホンマでもあれへん器物に、気遣いお疲れさんやで」
怒りは湧いていた。しかしなお、テックには炎の剣を出せる自信がなかった。
あれは偶然だったのだ。
もっとも、不死身であるならば剣が炎だろうと氷だろうと同じだ。
(ん。氷・・・?)
テックに閃きが走った。凍らせれば、たとえ死なずとも動けない。
(戒律。お前が氷の力なのか?)
テックの問いに、十字剣は答えない。
「我々が勝利する時が来た。貴殿こそが間違っていたのだァ」
叫びが聞こえ、再び三人が急激に間合いを詰めてきた。
「いいから凍れよ!」
テックも叫んだ。
だが、何も凍らない。
【体にまっすぐな何かが差し込んで来る感じだ】
点灯記憶。いつか聞いた言葉が意識を駆け抜けて行く。
不思議と心が落ち着き、己に秘められた氷を放つ力を掴んだ。
後は、解放するだけだ。
「来いよ。だが、永遠に凍れ」
テックがいる世界の、全てが凍った。
「キミ、落とし物だよ」
面接官はハンカチを、テックに渡しに来た。
鬼じゃないよな?
思わず怪しみながら、格子縞のハンカチを受け取ったテックなのだった。
ちょうど、真上にあたる二階部分に人がいなかったから良かったものの、一歩間違えれば怪我人が出ていただろう。
テックは魔法剣を出そうとした。
もしかしたら教職員など学校関係者に見つかり、今いる学校すら通えなくなるどころか、禁術である魔法の使い手として裁かれるかもしれない。
そうした色々を分かっていながら、戦えるのは、それでもテックしかいない。
実戦経験だけなら、きっと教員の中にテックより遥かに上の冒険者出身もいるだろう。しかし、魔法剣はその威力が別格だ。
魔を断つ魔。それが魔法剣の本質なのだ。
「あんさん、やるんなら早よしとくなはれや。こう見えてワイ」
「せっかちなんや」と言うのと拳を繰り出すのが、ほぼ同時だ。
テックは十字剣戒律を横一文字にして、その拳を受け止めた。
そこからは両者の激しい攻防だ。無理せず使いなれた剣で戦う。今回、テックはそう決めていた。
(炎が出なかったら、あの剣じゃ意味がない)
牙の洞窟の一件はテックの心の枷となり、蒼の短剣を選ぶ決断を出来なくしていた。
しかし、第二の刺客は容赦などしない。
「そ、それは。魂の杖」
テックの視線の先には、折れたはずの魂の杖を取り出したシーバースの姿があった。
そして、何の躊躇いもなく、その力を行使したのだ。
「なんだと」
テックは起きた事を受け入れきれず、一瞬、剣を構えるのを忘れた。
シーバースが二人になったのだ。
「ちっ、ハズレか。まあええ。せっかちなワイへの天罰は、こんな程度やねん」
そこから、敵の圧倒は始まった。
学校を食べ始めたのだ。
「食えば食うほど強くなる。せっかちな上に、グルメなワイ。どうよ」
職員に見つかる可能性など、どうやら度外視しているようで、刺客の腕が二倍、三倍となる。
千手観音。シーバースは我々の世界で言うなら、さしずめ千手観音が闇に堕ちたような姿を得た。
無数の手が、食物を求めて気味悪く蠢いていた。
「別に、人も好物やねんぞ」
いけない、とテックは駆け出した。触手のように伸びた敵の腕、それが今、先ほどの面接官のもとへと飛んでいったからだ。
黒ぶち眼鏡が落ち、音を立てて砕けた。
しかし、面接官はどこにもいない。
「言ったろう。貴殿より速く動けると」
その声は、いつかの黒鬼。
第一の刺客、ムオルの声だ。
面接官にしか見えない男、その口から発せられたように、テックには思えた。
「やっと気付いたか、剣の勇者よ」
そう言うと、その姿までもが角の生えた鬼の姿に変わったのだ。
「そんな。もう倒したはずなのに」
テックは訳が分からない。しかしそんなテックをよそに、ムオルは話を続けた。
「シーバース。誰が全力でやれと言った。これは勇者への試練だ。定められただけの力でやれ」
「ワイはせっかちなんや。そんな器用な勝負が出来てたまるかい」
「まあ、それもそうだ、な」
言うや否や、今度は三人が一斉に襲ってきた。ムオルと、二人のシーバースだ。
(なっ。受けきれない)
全身に、痛みが走る。いや、痛みなどと言う生易しい物ではない。
死の感覚。それも天寿を全うする明るい死ではなく、ただ理不尽に迎える望まない死。
「どうした。勝者が正しいんだろ?早く勝てよ」
ムオルは冷酷に言い放った。
「ムオル。お前、不死身なのか」
「いや、某だけではない。全員だ」
死なない刺客。
もし本当ならば、テックは絶対に勝てない。
「知っていたか、勇者よ。ここはお前がいたのとは別の次元。誰も貴殿を助けになど来ぬ」
テックはようやく、合点がいった。刺客は戦いの舞台から既に徹底していた。
面接官に姿を変えたムオル、そしてシーバースに、テックはダマされたのだ。
「ホンマでもあれへん器物に、気遣いお疲れさんやで」
怒りは湧いていた。しかしなお、テックには炎の剣を出せる自信がなかった。
あれは偶然だったのだ。
もっとも、不死身であるならば剣が炎だろうと氷だろうと同じだ。
(ん。氷・・・?)
テックに閃きが走った。凍らせれば、たとえ死なずとも動けない。
(戒律。お前が氷の力なのか?)
テックの問いに、十字剣は答えない。
「我々が勝利する時が来た。貴殿こそが間違っていたのだァ」
叫びが聞こえ、再び三人が急激に間合いを詰めてきた。
「いいから凍れよ!」
テックも叫んだ。
だが、何も凍らない。
【体にまっすぐな何かが差し込んで来る感じだ】
点灯記憶。いつか聞いた言葉が意識を駆け抜けて行く。
不思議と心が落ち着き、己に秘められた氷を放つ力を掴んだ。
後は、解放するだけだ。
「来いよ。だが、永遠に凍れ」
テックがいる世界の、全てが凍った。
「キミ、落とし物だよ」
面接官はハンカチを、テックに渡しに来た。
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