16 / 35
DEAD END?
血を吸う鬼と護身刀 15
しおりを挟む
黒龍叶をマフラーのよう首に巻き、肩へしがみつかせた状態で。なんの配慮もなく脱ぎ落とした浴衣の下からは、傷痕だらけの肢体が覗く。
血液を触媒に術を使う性質上、普段から生傷は絶えないものの。それとこれとはあまり関係がなかった。
血統そのものからして血を操ることに長けた「鬼王の忌子」であれば、指先をほんの少し傷付けるだけで必要充分な量の触媒を取り出してしまえる。だから、体に痕が残るような傷は「術の行使」以外の理由でつけられたものが大半。
どれをとっても、屈辱的な手傷の残滓だ。
「お前、生傷以外も治せたりしない?」
鏡に向かって伸ばした指先でなぞるのは、一際大きな首元の傷。冗談抜きに死にかけたのは一度や二度のことではなく。背中や足にも、おいそれと人目に晒せないような大きさの傷痕が残ってしまっている。
「できなくはないけど……」
「けど?」
その全てを消し去ってしまうことができるなら。それなりの代償を支払う覚悟もあった。
「そんな目で見ないで」
連れ歩きやすいよう、せっかく縮めた姿を元に戻して。真後ろに立った叶の手の平が、鏡越し視線を交えていた私の目元を覆う。
後ろから覆い被さるよう、回されたもう一方の腕が広げるローブにすっぽりと包み込まれながら。引き寄せられるがまま体を預けた私の耳元でか細く落とされる吐息には、気の早い後悔と諦観が滲んでいた。
「あんまり気持ちのいい方法じゃないんだよ」
正直気が進まない――。
そういう本心が駄々漏れた物憂げな声音に、今更心変わりをされては堪らないと、私は強請るための手を伸ばす。
「叶」
引き寄せた頭は簡単に私の肩へ懐いた。
「綺麗に消せたら、私が死なない程度に好きなだけ血をあげてもいい」
「いらないよ……」
「どうして?」
「すぐにわかる」
目元を覆っていた手が離れると、代わりにのっぺりとした触手がはりつけられて。視界は闇に閉ざされたまま、くるりと向きを変え、持ち上げられた体はすぐさま洗面台のあるカウンターへと下ろされる。
いつの間にか、叶が着ていたはずの黒衣ですっぽりと覆われた体に、カウンターの無機質な冷たさが触れることはなかった。
「どのみち全部はお前の体力がもたないから、今日は一つだけ……ね?」
頑是ない子供へ言い聞かせるよう囁いてくる叶の指先が、首元の傷痕をなぞる。
とりあえずそれだけでも消えるのならと、その言葉に私も渋々頷いて返した。
「お前が動くと危ないから、少し抑えるよ」
そう断りが入れられてから。ほんの一二本ずつ腕や体へ巻きついて、私の体を些細な身動きもままならないほどきつく縛めていったのは、叶が操る触手だろう。
「この絵面、遮那が見たら大騒ぎしそう」
「邪魔されたくないから、空間を閉じてる。終わるまで入ってこれないよ」
「それはそれで騒ぎになりそうだけど……」
「ならやめる?」
「冗談でしょ」
「『できる』なんて、口を滑らせるんじゃなかった……」
私が望むならなんだってできるだけの力があるのだと豪語したその口で、憂鬱な本心を隠そうともせずそんなふうにぼやく叶は、溜息混じりに私の首元へと顔を近付けた。
肌を撫でる吐息のくすぐったさに震えたはずの体は、完全に抑え込まれて実際にはぴくりともしない。
「お前がどうしてもと強請るから、こんなことをするんだからね」
はじめは、血を吸われるのかと思った。
ちょうど傷痕のあるあたりに叶の舌が這わされ、唾液にぬるつく肌へ三度目の牙が突き立てられるまでは。
「あっ――」
けれど、現実はもっと凄惨だった。
血液を触媒に術を使う性質上、普段から生傷は絶えないものの。それとこれとはあまり関係がなかった。
血統そのものからして血を操ることに長けた「鬼王の忌子」であれば、指先をほんの少し傷付けるだけで必要充分な量の触媒を取り出してしまえる。だから、体に痕が残るような傷は「術の行使」以外の理由でつけられたものが大半。
どれをとっても、屈辱的な手傷の残滓だ。
「お前、生傷以外も治せたりしない?」
鏡に向かって伸ばした指先でなぞるのは、一際大きな首元の傷。冗談抜きに死にかけたのは一度や二度のことではなく。背中や足にも、おいそれと人目に晒せないような大きさの傷痕が残ってしまっている。
「できなくはないけど……」
「けど?」
その全てを消し去ってしまうことができるなら。それなりの代償を支払う覚悟もあった。
「そんな目で見ないで」
連れ歩きやすいよう、せっかく縮めた姿を元に戻して。真後ろに立った叶の手の平が、鏡越し視線を交えていた私の目元を覆う。
後ろから覆い被さるよう、回されたもう一方の腕が広げるローブにすっぽりと包み込まれながら。引き寄せられるがまま体を預けた私の耳元でか細く落とされる吐息には、気の早い後悔と諦観が滲んでいた。
「あんまり気持ちのいい方法じゃないんだよ」
正直気が進まない――。
そういう本心が駄々漏れた物憂げな声音に、今更心変わりをされては堪らないと、私は強請るための手を伸ばす。
「叶」
引き寄せた頭は簡単に私の肩へ懐いた。
「綺麗に消せたら、私が死なない程度に好きなだけ血をあげてもいい」
「いらないよ……」
「どうして?」
「すぐにわかる」
目元を覆っていた手が離れると、代わりにのっぺりとした触手がはりつけられて。視界は闇に閉ざされたまま、くるりと向きを変え、持ち上げられた体はすぐさま洗面台のあるカウンターへと下ろされる。
いつの間にか、叶が着ていたはずの黒衣ですっぽりと覆われた体に、カウンターの無機質な冷たさが触れることはなかった。
「どのみち全部はお前の体力がもたないから、今日は一つだけ……ね?」
頑是ない子供へ言い聞かせるよう囁いてくる叶の指先が、首元の傷痕をなぞる。
とりあえずそれだけでも消えるのならと、その言葉に私も渋々頷いて返した。
「お前が動くと危ないから、少し抑えるよ」
そう断りが入れられてから。ほんの一二本ずつ腕や体へ巻きついて、私の体を些細な身動きもままならないほどきつく縛めていったのは、叶が操る触手だろう。
「この絵面、遮那が見たら大騒ぎしそう」
「邪魔されたくないから、空間を閉じてる。終わるまで入ってこれないよ」
「それはそれで騒ぎになりそうだけど……」
「ならやめる?」
「冗談でしょ」
「『できる』なんて、口を滑らせるんじゃなかった……」
私が望むならなんだってできるだけの力があるのだと豪語したその口で、憂鬱な本心を隠そうともせずそんなふうにぼやく叶は、溜息混じりに私の首元へと顔を近付けた。
肌を撫でる吐息のくすぐったさに震えたはずの体は、完全に抑え込まれて実際にはぴくりともしない。
「お前がどうしてもと強請るから、こんなことをするんだからね」
はじめは、血を吸われるのかと思った。
ちょうど傷痕のあるあたりに叶の舌が這わされ、唾液にぬるつく肌へ三度目の牙が突き立てられるまでは。
「あっ――」
けれど、現実はもっと凄惨だった。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
『元』魔法少女デガラシ
SoftCareer
キャラ文芸
ごく普通のサラリーマン、田中良男の元にある日、昔魔法少女だったと言うかえでが転がり込んで来た。彼女は自分が魔法少女チームのマジノ・リベルテを卒業したマジノ・ダンケルクだと主張し、自分が失ってしまった大切な何かを探すのを手伝ってほしいと田中に頼んだ。最初は彼女を疑っていた田中であったが、子供の時からリベルテの信者だった事もあって、かえでと意気投合し、彼女を魔法少女のデガラシと呼び、その大切なもの探しを手伝う事となった。
そして、まずはリベルテの昔の仲間に会おうとするのですが・・・・・・はたして探し物は見つかるのか?
卒業した魔法少女達のアフターストーリーです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
人形の中の人の憂鬱
ジャン・幸田
キャラ文芸
等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。
【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。
【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?
CODE:HEXA
青出 風太
キャラ文芸
舞台は近未来の日本。
AI技術の発展によってAIを搭載したロボットの社会進出が進む中、発展の陰に隠された事故は多くの孤児を生んでいた。
孤児である主人公の吹雪六花はAIの暴走を阻止する組織の一員として暗躍する。
※「小説家になろう」「カクヨム」の方にも投稿しています。
※毎週金曜日の投稿を予定しています。変更の可能性があります。
ブラックベリーの霊能学
猫宮乾
キャラ文芸
新南津市には、古くから名門とされる霊能力者の一族がいる。それが、玲瓏院一族で、その次男である大学生の僕(紬)は、「さすがは名だたる天才だ。除霊も完璧」と言われている、というお話。※周囲には天才霊能力者と誤解されている大学生の日常。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
訛り雀がチュンと鳴く
福山陽士
キャラ文芸
高校一年生の少年の前に雀の妖怪が現れる。それは昔、少年が拾って育てていた雀だった――。
少年が妖怪や幽霊と触れ合う、ひと夏の物語。
※「アルファポリス第7回ドリーム小説大賞」にて大賞受賞作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる