幸福の定義

葉月+(まいかぜ)

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走馬灯の途中

走馬灯の続き(本編完結)

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 目を閉じ眠ってしまったルカと一緒に少し眠って、目覚めたゼスは驚いた。抱きしめていたはずのルカが首だけになってしまっていたから。とても酷く心の底から驚き飛び起きて――けれどすぐさま、床に転がる体を見つけほっと息を吐いた。
 死神は誰しもが死体へ命を吹き込む術を知っている。だからゼスはルカの「身体」が全て揃っていることに安堵して、今までただの一度だって使ったことのない魔法を――それがただ「動く死体」を作り出す術でしかないことはすっかり忘れたまま――ルカへとかけた。
 噛み切った唇から垂れる血をルカに含ませ、ゼスは切り離されてしまった首と胴体の切断面を合わせてやる。すると、我が意を得たりとばかりに動き出した黒衣は――それまでルカが傷を負ったどんな時とも同じように――両者の間を取り持つよう――足りなくなった何かを埋めるよう――するすると包帯じみて首の切り口を覆った。

「ルカ」

 そして、愛しい「おばかな死神」に喚ばれ、「ルカ」は目を開けた。
 分け与えられた血を媒介として死神の力を流し込まれる死体は、血を与えた死神が意識して力の供給を断つまで生きていられる。主たる死神が殺さない限り死ぬことのない従順な下僕――「動く死体」とは、本来そういうものだった。

「ちゃんとくっついた…?」

 せっかく最後にいい思いをして、今度こそ本当に死んでしまったつもりでいたルカは、目覚めたその瞬間にはどういうわけかゼスがやらかしたことを誤りなく――自分が「動く死体」にされてしまったのだということを――理解していた。つまり、間違いなく「生き返った」のだと。
 生前の記憶どころか死んだ後の記憶まで完璧に残っている理由は分からないが、それ自体は些細なことだと――生まれた時から死神でしかないゼスよりも遥かに深くしっかりと、死神が持つ様々な力や扱うことのできる魔法について理解している――ルカは、一旦思考を纏めた。すなわち結論からして、これは「結果オーライ」というやつだろうと。
 なにせルカは、今度こそ本当に生殺与奪の権利をゼスに握られてしまったのだから。ゼスが心の底からルカを憎み「死ね」とでも思わない限り、もう何をしようと死んでしまうことはない。最早ルカでさえ、ルカを殺すことはできなくなってしまっていた。
 不安要素があるとすればゼスの間抜けっぷりが唯一にして最も悪質なそれだった。けれどゼスの「うっかり」で死んでしまうならそれはそれで仕方のないことだろうと、ルカはあっさり自分を納得させる。
 言うなればそれが「惚れた弱み」というやつだった。

「ねぇ、ルカってば」
「…起こして」

 自分自身の血溜まりに横たわっていたルカは、親に甘える子供のようゼスへと手を伸ばした。
 差し伸べられた手へ応えたゼスは――いつかルカに教えられていたとおり――ルカの体を、抱きしめるよう支えながらゆっくりと起こしてやる。
 ルカはなんだかおかしくなって、座り込むゼスの首元へすり寄りながらくすくす笑った。

「ルカ?」

 どうしたの? と声音だけで尋ねてくるゼスを血に塗れた両手で抱きしめて。

「なんでもない。――生き返らせてくれてありがとう、ゼス」
「どういたしまして…?」

 ルカが「なんでもない」と言うなら本当に何でもないのだろうと、よく躾けられたゼスは思った。そこに疑問を挟む余地などない。
 だから、ゼスは「そういえば…」と、ルカに聞いておきたかったことを思い出した。

「ねぇ、ルカ」
「なぁに? ゼス」
「愛してる、はどういう意味?」
「…それはね、」

 ゼスの期待をルカが裏切ったことはない。ゼスに尋ねられれば、ルカはどんなことにだって答えることができた。

「あなただけが特別に好き、ってことよ」

 そしてゼスは、そうやってルカに教えられたことだけは何一つ忘れない。ただの一言たりとも、取り零してしまうことさえなかった。

「ルカは僕が特別に好き?」
「あなただけが好きよ、ゼス」

 ゼスのためなら死んだっていいと思えるくらいに――心の底から、ルカはゼスのことを愛していた。そしていつか、ゼスが「愛」という感情を真実理解する日が来るなら、その時ゼスに愛されるのは自分だと確信を持ってもいる。
 ゼスは必ず、私のことを愛するようになる。何故なら自分だけが、ゼスにそれを教えることができるのだから――そう、ルカは考えた。

「僕もルカのことを愛してるよ」

 だから今は、中身のない真似っこの言葉だって構わない――充分だった。

「知ってる」

 ルカが狂おしいほどにゼスを愛しているという事実は、「神」にだって変えようのないことなのだから。

 それからしばらく経って、ルカのことが心配になり様子を見に来たエスターは、二年ぶりに足を踏み入れることができた「家」で、血だらけになった部屋とベッドの上で抱き合う男女の姿を見つけ思わず悲鳴を上げた。

「何やってんだよお前!?」

 男女――勿論、ゼスとルカでしかない二人――のうち、女は床にできた血溜まりと無関係でないことがあからさまなほど血に塗れている。
 そんなルカの姿自体は、エスターも見慣れていた。けれどここに、ルカに殺されるべき人や死神はいないのだ。そしてルカは、たと何があろうとゼスを傷付けはしない――そう確信してもいるエスターの中で、その血は一目見た時からルカのものと決まっていた。
 致死量どころか体中の血液が流れ出していたとしてもおかしくはないほどの血溜まりを広げ、それでも平然としきった顔でゼスに跨り抱きついている――よくよく見なくともあられもない格好のルカに、エスターはひくりと表情を引きつらせた。
 これが全くの他人相手であれば、「失礼しました」――あるいは、「ごゆっくり」――と、速やかに扉を閉めて出て行ってしまうところだ。

「見てわからない?」

 顔を上げたルカは――それでもまだゼスと体を密着させたまま――濡れた唇を舐めながらエスターの顔を仰ぎ見た。
 されるがままになっていたゼスはあわあわと、ルカの腰に回していた手で口を覆う。
 いい歳した死神の赤面なんてものをうっかり目にしてしまったエスターは、「もううんざりだ」とばかりに息を吐き床を指差す。
 床と、そこに広がる血溜まりを。

「どうか教えて頂けないでしょうか」
「仕方ないわねぇ」

 まぁいいでしょうと鷹揚に笑い、ルカは簡単に事の次第を説明した。
 自殺したルカが「動く死体」として蘇生されたことを聞いてしまえば、婀娜っぽく笑う女が初心な死神の唇を執拗に舐めまわしていたことにも納得してしまう他ない。「動く死体」が「動く死体」であり続けるために必要な力は、死神の体液に多く溶けているものだから。大量に血液を失ったルカが通常供給される以上の力を求めたとしてもおかしくはない――理屈は通った。
 けれど――だからこそ――自分の目の前で「それ以上」のことは致してくれるなよと、エスターは半ば懇願じみてルカへと厳命した。ゼスはともかく、ルカの容姿はその気も必要もない第三者の劣情を煽るに充分すぎるものだったから。
 勿論ルカも、自分の体でゼス以外の誰かを喜ばせてやるなんてことは御免だった。それがたとえエスターであろうと、ルカはゼス以外の男に体を許すつもりなどないし、これまでだってそうだったのだから。

「足りない分は食事で賄うから、何か作ってよ。エスター」
「仕方ねぇなぁ…」

 少しでも多くの力を得ようと、ルカがゼスに抱きついて離れないことくらいには目を瞑ろうと、エスターは譲歩した。そもそも抱きつき抱きつかれているくらいなら、以前からそれなりに見られていた光景でもある。

「リクエストは?」

 失われた日々を恋しく思っていたのはなにも、ルカに限ったことではない。




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