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 第四節「小竜公の婚約者」

SCENE-089 親離れ

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「(お前の父親はいいの?)」
「(死にはしないでしょ。いつか、こんな日が来ることを夢見てマテリアルボディを残しておいたんだろうし)」

 久しく使っていなかったマテリアルボディの手入れが充分なら。ドラクレアによって御神木が枯らされたとしても、国津神としての役目から解放されるだけ。

 もしもマテリアルボディの手入れに不備があれば、どうなるかわからないが。もはや襲がどうなろうと知ったことではないと、伊月は奈月の胸に顔を埋めた。



 誰の目にも留まらず、奈月にしか気付きようのない場所で小さく欠伸をもらして。億劫そうに持ち上げられた伊月の手が、奈月の背中をくしゃりと掴む。

 その甘えた仕草に、奈月は堪らなくなって。慎重に様子を伺いながら、すっかり寄りかかってきている伊月のつむじに口付けた。



 ここが出先ではなく、イシュナフの奥宮やエヴナ庭の内であれば、とっくに寝室へ連れ込むくらいのことはしているところだが。伊月にその気がなければどうすることもできはしない。

 奈月は足元の影から伸ばした血薔薇の蔓を、手早く御神木へと巻きつかせた。



 大人の一抱えほどもある幹を力任せにへし折り、魔力を吸い上げて。

 血薔薇の蔓についた魔力の花は、その蕾をほころばせ、咲ききった端から花片を散らしていく。



 霊泉に備蓄プールしていた魔力をごっそり奪われた挙句、生み出すことができる量を上回る勢いで魔力を吸われ続けてしまえば、人造王樹の端末インスミールといえどひとたまりもない。

 御神木が維持していた八坂主の〝意識の器〟――魔力で形作られた現身アストラルボディ――が陽炎のように揺らいで、やがて消失すると。それから間をおかず、御神木を中心に据えた社の境内を覆っていた結界も、ふつりと掻き消えて。

 最後には、ドラクレアの魔法力に屈した御神木そのものが末端から魔素へとほどけて消えていく。



 そうして御神木が枯れ落ちた後には、ドラクレアの血薔薇が咲かせた薔薇の花片しか残らなかった。



「終わったよ」

 伊月が気にするような人目はなくなったことだし。そろそろ許されるだろうと抱き上げた少女の肢体は、奈月ドラクレアが内心期待していたとおり、なんの抵抗もなく奈月の腕の中に収まって。眠たげに傾けた頭を奈月の肩へと乗せてくる。

「あの花片は?」
「うん?」
「襲のマテリアルボディって、霊泉の底に沈んでるって言ってなかった? 埋もれてない?」
「あぁ……そこは気にするんだ?」

 御神木を枯らすついでに至極色の魔水溜まりから至極色の花片溜まりに変えた霊泉の跡地から、亜空間へ。伊月の意を汲む形で、奈月ドラクレアは夥しい量の花片を片付けた。

 ドラクレア自身は伊月の血と魔力にしか興味がないから。如実の非常食にでもすればいいかと、そんなふうに考えながら。

「これでいい?」
「ん……」

 結局、襲の生死については確認しないまま。奈月の腕の中で、伊月はとろりと目を閉じた。


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