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第四節「小竜公の婚約者」
SCENE-087 愛情の証明
しおりを挟む「如実。あなた、これからどうするつもり?」
奈月の腕の中から声を上げた伊月が如実へと向けた双眸は、子猫のように淡いものだったはずの青い色味を、ほのかに暗く、水底へ沈み込んだかのよう深く変化させていた。
その色に、奈月はあっと目を瞠る。
(黒姫奈の色だ)
ドラクレアが記憶している〝黒姫奈の瞳〟と〝奈月の瞳〟は同じ色をしているはずなのに、何かが違って見える。
その〝違い〟が異能の有無――突発性自己喪失型秩序崩壊症候群の発症者だけが持つ特異な青血――によるものなら、これはドラクレアにも再現することができない、唯一無二の輝きだと。
伊月のおとがいを捕まえて、その瞳を心行くまで眺めていたい気持ちを抑えるのに、ドラクレアは苦労した。
「奈月があなたのことを眷属にしたのは異能を封じるのにそれが一番手っ取り早くて確実な方法だったからで、眷属として何かさせたいとかではないから。行く当てがあるなら好きにしていいわよ」
「ない場合は……?」
「〝奈月の眷属〟として、私が飼ってあげる」
いいわよね? と、奈月に拒否させるつもりもない伊月が顔を上げ、しっかりと目を合わせてきたから。伊月の思惑通り、奈月はそれ以外の答えなど持ち合わせていないかのよう、こっくりと頷いてしまう。
「お前の好きにすればいいよ」
正直なところ、伊月がドラクレア以外のものをそばに置くのは気に食わないが。ドラクレアの魔力によって転化した眷属なら、まだ我慢もできる。
ドラクレアはそうやって、いつものように、伊月から愛されるための努力を己に課した。
「行く当ては……今は弟と一緒に桐生のところで暮らしているので、あるといえばあるし、ないといえばないんですけど……これからのことは、私に追捕士としてのライセンスがあるので何とかなる……と、思います」
「あなた、わかってないのかもしれないけど、今はもう人外だから追捕士としてのライセンスは無効になるわよ。神門から仕事を請けるなら、追捕士でも討滅士でもなんでもいいけど〝徒人のライセンス持ち〟と契約して、その使役としてじゃないと」
「あ……」
「あと、あなたを転化させたのは吸血鬼だから、その調子で魔力を無駄にしてたら血への渇望で大変なことになるんじゃない?」
吸血鬼の中にもたちの悪いものはいるが。倭国で徒人を襲い、討滅士の標的とされるような吸血鬼は徒人からの転化者――生まれながらに人外ではない吸血鬼――が大半を占めている。
そうでなければ、黒姫奈のような魔術師でもない生粋の徒人に、国津神の助けがあったとしても、そうそう人外狩りなどできはしない。
突然吸血鬼という人外に成り果てて、面倒を見てくれる先達もいない。
そんな状況に放り出された如実が早晩、望むと望まざるとにかかわらず、妖魔――徒人に害を及ぼす人外――へと堕ちることは目に見えていた。
「頼れそうな相手に心当たりがないのなら、〝吸血鬼の眷属〟としての生活に慣れるまでは奈月のそばにいた方がいいわよ。奈月がダメだと言えば徒人を襲ったりはできなくなるし、眷属としての繋がりから魔力のおこぼれをもらえばそうそう飢えるようなこともないだろうから」
異能者である如実なら、徒人の追捕から逃げ回ることもそう難しくはないのだろうが。血への渇望を抑えることは、ドラクレアほど魔力に恵まれた、〝魔力の枯渇〟によって飢えを覚えることなどありえない位階の吸血鬼であっても難しい。
成り立ての如実に自制を求めるのは酷というものだった。
吸血鬼への転化者が妖魔に堕ちるとき。最初の犠牲者となるのは家族や恋人といった、ごく親しい相手である場合が多いことを考えれば、弟というお荷物を抱えている如実に選択の余地はない。
ドラクレアには、伊月が如実への同情心から手を差し伸べていることもわかっているから、なおのこと。伊月の言葉に大人しく唆されておくことが、如実にとって最良の結果をもたらすと確信していた。
伊月にバレた時が怖いのと、本音としては伊月に他人を近付けたくはないので、〝眷属の主人〟としての影響力を発揮してまで如実の思考を誘導するようなことはしなかったが。
「そういうことなら……弟も、一緒に連れて行っていいですか?」
「もちろん、放り出せなんて言わないわよ」
ドラクレアが誘導するまでもなく、如実は賢明な選択をして伊月を満足させた。
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