上 下
66 / 92
 第四節「小竜公の婚約者」

SCENE-065 動揺

しおりを挟む

 いつも伊月の好きに選ばせている服を今日はこれ、と指定して。まったく同じではないにせよ、並べばそういうものだとわかる程度に自分とお揃い・・・の格好をさせた奈月が、伊月を奥宮の外へと連れ出したのは朝食後。

 すっかり習慣となっている、食後の一服を済ませてからのことだった。



「どこか行くの?」
「うん」

 どこへ、とは言わず。伊月を奥宮の外へと連れ出した奈月の前に、ティル・ナ・ノーグでは珍しくもない、委託式転移の魔導円が描き出される。

 伊月と奈月。
 伊月の背中にペットか何かのようしがみついている小竜キリエと、伊月の行くところにはとりあえずついてくる双子の弟鏡夜

 ここ数日、すっかりお決まりになっている面子で描き出された〔ポータル〕に乗り込むと。ややもせず、伊月たちが送り届けられた先は、ティル・ナ・ノーグ――人造王樹デミドラシルによって高度な交通管制下に置かれた王庭――ではあまり見かけることのない物理筐体――転送ポート――の中だった。

 頭上と足下。
 閉め切られた筐体の天井と床に大半の要素を刻印されている――都度内容の変わる変数部分は虫食い状に抜けているので、完全な〔ポータル〕というわけではない――魔導円が魔力の輝きを失い、天井近くにパッと開いた表示領域ホロスクリーンに、転送ポートを使った委託式転移ではお約束のインフォメーションが映し出される。

[沖の浜ターミナル 地上60F 第二エアポート]
[AY7530/09/01 09:48 外気温24℃ 湿度56% 曇り]

 間接照明レベルでぼんやりとした光源しかない転送ポートの中に浮かび上がった表示領域。
 そこから読み取った情報に、伊月はすぐ隣に立っている奈月を振り返った。

「ティル・ナ・ノーグの外……?」
「そう言えなくもないね」

 王庭の定義は〝人造王樹デミドラシルの影響が及ぶ範囲〟なので、そういう意味では沖の浜も扶桑庭ティル・ナ・ノーグの中ではあるのだが。
 次元跳躍艦〔ハイブラゼル〕の外にあり、基幹世界アングルボダ・ユガの海に浮いている人工島――沖の浜――には、扶桑庭ティル・ナ・ノーグ王庭律ローカルルールのみならず、基幹世界アングルボダ・ユガ世界律ワールドコードも適用されるので。それを理由にまったき扶桑庭ではない、と見なすこともできた。



 奈月が伊月の手を引いて歩き出すと。物理的に閉じた空間を用意することで転移時の安全を担保している転送ポートの壁と一体化した扉が、魔導円の縁に沿って円く弧を描いた筐体の形に沿ってなめらかに横滑りスライドする。

 奈月に連れられて、伊月が転送ポートの外へ出ると。そこはインフォメーションのとおり、沖の浜ターミナルの高層階にあるエアポートの上だった。



 その場所がティル・ナ・ノーグと呼ばれる末梢世界の外であることは、空を見上げれば一目瞭然。



「大丈夫だよ」
 戸惑う伊月を奈月が宥めるというのも、おかしな話だった。

 普通は逆。
 親譲りの〝竜の因子〟を持ち、吸血鬼としても伴侶への執着が強いうえ、黒姫奈の死によって分霊の一人――ドラクレアにとっては、その〝霊魂の一欠片〟であるキリエ――を真性竜種として目覚めさせてもいる。そんなドラクレアに、伊月のことを自分のテリトリーに閉じ込める理由はあっても、積極的に外へと連れ出す理由はない。

 吸血鬼とはそういうものだという、討滅士として、徒人とトラブルになった吸血鬼を何十人と見てきた伊月の経験に基づいた認識。

 それに反するような振る舞いを見せられて。何かおかしなことが起きているのではないかと、じわじわ膨れ上がる警戒心に纏う空気を張り詰めさせていく伊月のことを、奈月はあやすように抱き寄せた。

 同じように奥宮やエヴナ庭の外へ連れ出されるにしても、行き先がティル・ナ・ノーグのなかであったなら、伊月もここまで不安を覚えはしなかったのに。

 よりにもよって、何故ここなのかと。気持ちの落ち着かない伊月の背中から、しがみついていた小竜キリエが離れていく。



 身軽に飛び上がっていくのではなく、そのまま伊月の影へとぷんっと落ちて。次に姿を現したとき、キリエは〝真性竜種へと先祖返りしたドラクレアの分霊〟としての本性を曝け出していた。



 二階建ての一軒家ほどはあろうかという体躯を伊月の前にペタリと伏せた至極色の竜は、その背に真新しい装具を乗せている。

「ハルカがお前に〔倭〕を寄越したから。根を下ろした場所から動けない〔倭〕に、お前のことを覚えさせに行くだけだよ。これはお前にしかできないことだから……少しだけ我慢して、付き合って?」

 この外出の目的を、ようやく伊月に説明して。奈月は伊月と鏡夜のことを、二人乗りの鞍をつけたキリエに乗せると、自分は伊月から与えられた権限で呼び出した〔イチイバル〕に跨り、至極色の竜と並んでエアポートから飛び立った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】「妹の身代わりに殺戮の王子に嫁がされた王女。離宮の庭で妖精とじゃがいもを育ててたら、殿下の溺愛が始まりました」

まほりろ
恋愛
 国王の愛人の娘であるヒロインは、母親の死後、王宮内で放置されていた。  食事は一日に一回、カビたパンや腐った果物、生のじゃがいもなどが届くだけだった。  しかしヒロインはそれでもなんとか暮らしていた。  ヒロインの母親は妖精の村の出身で、彼女には妖精がついていたのだ。  その妖精はヒロインに引き継がれ、彼女に加護の力を与えてくれていた。  ある日、数年ぶりに国王に呼び出されたヒロインは、異母妹の代わりに殺戮の王子と二つ名のある隣国の王太子に嫁ぐことになり……。 ※カクヨムにも投稿してます。カクヨム先行投稿。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」 ※2023年9月17日女性向けホットランキング1位まで上がりました。ありがとうございます。 ※2023年9月20日恋愛ジャンル1位まで上がりました。ありがとうございます。

●幸せになりたかった彼女は異世界にて幸せを掴み取る●

恋愛
春から念願の大学に入学を果たした女子大生の天宮雪音。 そんな彼女が入学式に向かう途中で急に足元に現れた魔法陣…!! 気がついた時にはもう遅い…………………。 何の術もなく彼女の視界はブラックアウトしていった……………………………………。 そして、あらたに目覚めたとき…彼女はいったい…!? 何の変哲のない女子大生が異世界にて料理、知識、魔法などなど様々な分野で大暴れ!?…かも?? 悪役令嬢?えっ?なんのこと?? 私はしがない一般市民ですが?? そんな女子大生も時には素敵な男性にときめくことも!! 「」→人物の会話 " ” →心の中で思っていること

【R18】ショタが無表情オートマタに結婚強要逆レイプされてお婿さんになっちゃう話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

処理中です...