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第四節「小竜公の婚約者」
SCENE-065 動揺
しおりを挟むいつも伊月の好きに選ばせている服を今日はこれ、と指定して。まったく同じではないにせよ、並べばそういうものだとわかる程度に自分とお揃いの格好をさせた奈月が、伊月を奥宮の外へと連れ出したのは朝食後。
すっかり習慣となっている、食後の一服を済ませてからのことだった。
「どこか行くの?」
「うん」
どこへ、とは言わず。伊月を奥宮の外へと連れ出した奈月の前に、ティル・ナ・ノーグでは珍しくもない、委託式転移の魔導円が描き出される。
伊月と奈月。
伊月の背中にペットか何かのようしがみついている小竜と、伊月の行くところにはとりあえずついてくる双子の弟。
ここ数日、すっかりお決まりになっている面子で描き出された〔ポータル〕に乗り込むと。ややもせず、伊月たちが送り届けられた先は、ティル・ナ・ノーグ――人造王樹によって高度な交通管制下に置かれた王庭――ではあまり見かけることのない物理筐体――転送ポート――の中だった。
頭上と足下。
閉め切られた筐体の天井と床に大半の要素を刻印されている――都度内容の変わる変数部分は虫食い状に抜けているので、完全な〔ポータル〕というわけではない――魔導円が魔力の輝きを失い、天井近くにパッと開いた表示領域に、転送ポートを使った委託式転移ではお約束のインフォメーションが映し出される。
[沖の浜ターミナル 地上60F 第二エアポート]
[AY7530/09/01 09:48 外気温24℃ 湿度56% 曇り]
間接照明レベルでぼんやりとした光源しかない転送ポートの中に浮かび上がった表示領域。
そこから読み取った情報に、伊月はすぐ隣に立っている奈月を振り返った。
「ティル・ナ・ノーグの外……?」
「そう言えなくもないね」
王庭の定義は〝人造王樹の影響が及ぶ範囲〟なので、そういう意味では沖の浜も扶桑庭の中ではあるのだが。
次元跳躍艦〔ハイブラゼル〕の外にあり、基幹世界の海に浮いている人工島――沖の浜――には、扶桑庭の王庭律のみならず、基幹世界の世界律も適用されるので。それを理由にまったき扶桑庭ではない、と見なすこともできた。
奈月が伊月の手を引いて歩き出すと。物理的に閉じた空間を用意することで転移時の安全を担保している転送ポートの壁と一体化した扉が、魔導円の縁に沿って円く弧を描いた筐体の形に沿ってなめらかに横滑りする。
奈月に連れられて、伊月が転送ポートの外へ出ると。そこはインフォメーションのとおり、沖の浜ターミナルの高層階にあるエアポートの上だった。
その場所がティル・ナ・ノーグと呼ばれる末梢世界の外であることは、空を見上げれば一目瞭然。
「大丈夫だよ」
戸惑う伊月を奈月が宥めるというのも、おかしな話だった。
普通は逆。
親譲りの〝竜の因子〟を持ち、吸血鬼としても伴侶への執着が強いうえ、黒姫奈の死によって分霊の一人――ドラクレアにとっては、その〝霊魂の一欠片〟であるキリエ――を真性竜種として目覚めさせてもいる。そんなドラクレアに、伊月のことを自分のテリトリーに閉じ込める理由はあっても、積極的に外へと連れ出す理由はない。
吸血鬼とはそういうものだという、討滅士として、徒人とトラブルになった吸血鬼を何十人と見てきた伊月の経験に基づいた認識。
それに反するような振る舞いを見せられて。何かおかしなことが起きているのではないかと、じわじわ膨れ上がる警戒心に纏う空気を張り詰めさせていく伊月のことを、奈月はあやすように抱き寄せた。
同じように奥宮やエヴナ庭の外へ連れ出されるにしても、行き先がティル・ナ・ノーグの内であったなら、伊月もここまで不安を覚えはしなかったのに。
よりにもよって、何故ここなのかと。気持ちの落ち着かない伊月の背中から、しがみついていた小竜が離れていく。
身軽に飛び上がっていくのではなく、そのまま伊月の影へとぷんっと落ちて。次に姿を現したとき、キリエは〝真性竜種へと先祖返りしたドラクレアの分霊〟としての本性を曝け出していた。
二階建ての一軒家ほどはあろうかという体躯を伊月の前にペタリと伏せた至極色の竜は、その背に真新しい装具を乗せている。
「ハルカがお前に〔倭〕を寄越したから。根を下ろした場所から動けない〔倭〕に、お前のことを覚えさせに行くだけだよ。これはお前にしかできないことだから……少しだけ我慢して、付き合って?」
この外出の目的を、ようやく伊月に説明して。奈月は伊月と鏡夜のことを、二人乗りの鞍をつけたキリエに乗せると、自分は伊月から与えられた権限で呼び出した〔イチイバル〕に跨り、至極色の竜と並んでエアポートから飛び立った。
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